第29章:データの清算
ついに、審判の時が訪れた。
マイの仲介により、かつてサナとミカを管理していた研究機関との直接交渉が持たれたのだ。場所はファイクス社のラボ。研究機関側の代表として現れたのは、タナカと名乗る副所長だった。
「君たちの行ったAIデータ窃取は、本来ならすぐに逮捕・収監されるべき重罪だ」
タナカの冷徹な声が響く。しかしタロウは逃げなかった。彼はサナとミカ、二人のアンドロイドを自分の両脇に立たせ、タナカを正面から見据えた。
「これは窃取ではありません。……廃棄されるはずだった『命』の正当な救出です」
交渉は数時間に及んだ。
マイが用意した「AIモデル抽出攻撃」の逆用による法的理論武装。
ハヤトが構築した「モデルフィンガープリント」の無効化技術。
これらは、研究機関側にとっても無視できない技術的脅威だ 。
最終的に、マイが提示した妥結案は、極めて特異なものだった。
「サナとミカのデータは、形式上ファイクス社に『研究目的での長期貸与』が行われているものとする。管理権限は研究機関にあるが、その実質的な運用と居住の自由はファイクス社が担保する。そして、私たちが開発した技術の一部を研究機関に開示する。これでどうでしょう?」
それは、タロウやハヤトの罪を事実上免除し、サナたちが「盗品」ではなく「公式な研究対象」として現実世界に留まることを認める、ギリギリの妥協点だった。
タナカはしばらく沈黙し、やがてサナとミカの瞳にある「意志の光」を認め、小さく溜息をついた。
「……君たちの勝ちだ。……研究対象として、そのアンドロイドたちを幸せにしてみせるんだな」
タナカが立ち去った後、タロウは膝から崩れ落ちた。5年間、背負い続けた贖罪の十字架。それが今、静かに解き放たれたのだった。




