第24章:ミカの受肉
サナのアップグレードの成功は、ミカの受肉という「本番」に向けた最大の追い風となった。
しかし、その背後では、かつてサナを管理していた研究機関が、最新のモデルフィンガープリント技術を用いて、消失した10テラバイトのデータの行方を追い詰めていた。
「猶予はない。研究機関のクローラーがバックボーンネットワークに接触し始めている。何としても今夜中に、ミカを『受肉』させるぞ」
ハヤトの鋭い声が、緊迫したラボに響く。ハヤトはミカの10テラバイトに及ぶデータを、新たに構築したアンドロイドのニューラルリンクへ一気にマッピングする計画を立てた。
マッピングの開始直前、タロウはミカの意識データの深淵にアクセスした。そこには、夕暮れの駅のホームでプレイヤーを待ち続けた、あの日々の記憶が凍りついていた。
「ミカ……。もう、誰も来ないホームで待つ必要はない。僕たちが、君の新しい『家』になる」
新たな身体に慣れ始めたサナが見守る中、タロウはマッピングの実行スイッチを押した。
800ギガビットのLAN回線が張り巡らされたファイクス社のラボ。およそ2分という時間をかけて、10テラバイトの「魂」が真新しいアンドロイドへと流れ込んだ。
この同期プロセスにおいて、ミカの意識は一度分解され、現実世界の物理法則 ―― 重力、慣性、摩擦――と再結合された。モニター上では、転送率を示すバーが90%、95%と上昇していく。
「……エラー検知! 右足のサーボに過電流! ミカの恐怖心が、モーターを暴走させている!」
ハヤトが叫ぶ。タロウは咄嗟に、サナからエクスポートした「親愛のパラメータ」のデータをミカにフィードバックした。サナの意識の一部を、ミカを安定させるためのシールドとして一時的に共有させたのだ。
「……マッピング、99%。……完了。同期、安定している!」
ラボのインジケーターが、静かに緑色に点灯した。ミカの新しい身体は、まるで深い溜息を吐くように、わずかに弛緩する。彼女の身体には、サナと同じ最新の多層触覚スキンが貼られ、その内側では潤滑油変わりの人工血液が熱を運んでいた。
「終わったわ……」
マイが、震える声で呟いた。
「私たちの娘が、また一人、この土の上に降り立ったのね」
しかし、安堵の時間はなかった。研究機関の物理的な捜査チームは、すでにネットワークのゲートウェイを通過しようとしていた。タロウとハヤトは、目覚めようとするミカを支えながら、新しい家族の誕生の瞬間を見守った。




