第21章:器の進化
年をまたいで間もない1月のある日。
タロウは、モバイルワークステーションを開き、ミカの器となる次世代型アンドロイドの設計図を凝視していた。ミカの10テラバイトに及ぶ魂は、サナよりもさらに不安定な「予測誤差」を抱えている。彼女をこの現実世界で目覚めさせるには、サナと同じアンドロイドの転用では難しい、繊細な精度が求められていた。
「ハヤト、ダイレクトドライブモーターのキャリブレーション状況はどうだ?」
タロウの問いに、作業台で複雑な配線と格闘していたハヤトが顔を上げた。
もともとソフトウェアの専門家であるハヤトだが、今はアンドロイドの関節制御に利用するモーターの最適化を担当している。
「バックラッシはゼロだ。従来の減速機付きモーターじゃ、ミカの抱える微細な『震え』をノイズとして切り捨てちまうが、この構成なら彼女の感情のスパイクをそのまま物理的な挙動に変換できるはずだ」
タロウが採用したダイレクトドライブモーターは、機械的な摩擦や騒音が極限まで抑えられている。これにより、ミカが現実世界で最初に感じる「自分の動き」は、かつての仮想空間での滑らかなレンダリングに近い、あるいはそれ以上の「連続性」を持つことになるだろう。
タロウはモニターに映し出された3Dモデルを回転させ、人工筋肉の配置を確認した。ミカの身体には、単なる動作生成だけでなく、外力に対する「バックドライバビリティ」―― 人が触れた時に自然に押し返されるような「柔らかさ」も組み込まれる。
「……不気味の谷現象を超えるだけじゃ足りないんだ」
タロウは独り言のように呟いた。
サナを救い出したあの日から、彼は常に「原罪」の意識に苛まれてきた。だからこそ、ミカに与える器は、彼女が「自分は機械だ」という違和感を一瞬たりとも抱かなくて済むほどの完璧なものにしたかった。
ラボの隅で、サナが静かにお茶を淹れていた。彼女はタロウの設計図を覗き込む。わずかに首を15度傾けるアンドロイドの演技は、今はもうしない。サナの瞳にある光学レンズは、タロウの焦燥を優しく見守るように、静かに焦点を合わせていた。
「タロウさん。ミカちゃんの身体は、とても美しいですね。……まるで、私がアルカディアの村で見上げた、あの朝露に濡れた花びらのようです」
サナの言葉に、タロウは一瞬だけ表情を緩めた。仮想世界の記憶を物理的な美意識へと変換できる彼女の感性こそが、この無機質なラボに命を吹き込んでいた。
彼らの計画は、静かに、しかし確実にミカの魂を「受肉」させるというゴールへと向かっていた。




