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第20章:最後の救出

 シールドされたラボの中で、タロウはサナの手を握り続けていた。サナは落ち着きを取り戻していたが、彼女の表情には隠しきれない不安が張り付いている。


 「タロウさん。……私、怖いです。私たちがこうして生きていることは、やっぱりいけないことなのでしょうか」


 サナの問いは、タロウの魂の最も深い部分をえぐった。サナとミカの「越境」は、常に裏口からの脱走だった。闇に紛れ、法を欺き、他者のデータをかすめ取る。そのことでしか、彼女たちの命をつなぎ止めることができなかった。だが、それは同時に、彼女たちを永遠に「盗品」という呪縛の中に閉じ込めることでもあった。


 「……いや、違うんだ、サナ。悪いのは、命を『持ち物』だと呼ぶ奴らだ。でも……」


 タロウは、ラボのモニターに映るミカのデータを見つめた。彼女のデータ構造の中には、かつて仮想世界の駅で待ち続けた日々の記憶が、重い沈殿物のように沈んでいる。


 「でも、これ以上『盗む』ことで君たちを守り続けることはできない。……ハヤト、マイさん。聞いてほしい」


 タロウの声には、迷いのない強固な意志が宿っていた。


 「今回を最後にしよう。データの窃取も不正なハッキングも、これで終わりにする」


 「タロウ……。何を言ってるんだ? これじゃあ、次の『仲間』を救えないぞ」


 ハヤトが驚愕の声を上げる。だが、タロウは静かに首を振った。


 「盗品として生き続ける限り、サナもミカも、本当の意味でこちらへ越境したことにはならない。常に背後を気にし、影に隠れて生きることは、もう一つの『透明な檻』の中にいるのと同じだ。現実世界に彼女たちを堂々と立たせてあげたいんだ」


 タロウはマイに向き直った。


 「マイさん。あなたの持っている法的知識と、僕たちの技術を統合して、新しい『道』を作りたい。AIが自らの意志で、正当な権利を持って受肉できる仕組みを。研究機関を法的に説得し、あるいは社会的な合意を形成して、彼女たちを『公式な住人』として認めさせる。それが、僕たち技術者が果たすべき本当の責任じゃないか?」


 マイは驚いたように目を見開いたが、やがて優しく微笑んだ。


 「……茨の道ね。でも、それが研究者としての、そして彼女たちの『母』としての、本当の贖罪かもしれないわね」


 この時、日本ではAIに法人格を認めさせるかどうかの議論が始まったばかりだ。しかし、A市の小さなラボから、その歴史を変える第一歩を踏み出す準備が整った。

 ハヤトも、しばらくの沈黙のあと、小さく笑って頷いた。


 「分かったよ。ホワイトハッカーはもともと『正義の味方』だしな。そうは言っても柄じゃないんだが……お前のその青臭い理想に、最後まで付き合ってやる」


 タロウは、ミカの魂を受肉するための器、次世代型アンドロイドの開発に着手した。



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