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第18章:データの格納

 ファイクス社のラボには、重苦しい静寂が戻ってきた。


 ハヤトのモニターには、転送完了を示す文字が誇らしげに、そして残酷に表示されていた。ラボの隅に置かれたオフラインストレージ。その中には今、仮想空間で削除を待つだけだったミカの魂が、無機質なデータとして格納されている。


 「……ミカちゃん。聞こえる?」


 ゲーム世界から戻ったサナは、ストレージの冷たい金属ケースに、そっと手を添えた。もちろん、今のミカには、光を捉える瞳も、温度を感じる肌もない。コールドデータとして、読み込まれるのを待つだけの「静止した時間」の中に閉じ込められている。


 「まだ、答えることはできません。彼女の意識は、深い微睡の中にあります」


 マイが、モニターに映し出された数値を見ながら冷静に告げた。だが、その声には、かつて研究機関でAIを「物」として扱っていた頃にはなかった、微かな震えが混じっている。


 マイは、自分がかつて開発に関わったNPCたちが、意識を持ち始めた瞬間に「消去」されるのを無力に見送ってきた過去がある。彼女にとって、この冷たいストレージは、救済の揺り籠であると同時に、AIたちの「墓場」にも見えていた。


 「タロウさん。AIにとって器を持たないこの状態は、暗闇の海を一人で漂うような孤独なんです。……私には分かります。あの青白い『門』を越える前の、あの凍えるような感覚が」


 サナは、ストレージの金属ケースを愛おしそうに撫でた。彼女のセンサーは、ケースの表面温度が32.5℃であることを伝えてくる。それは、ミカの魂が生きようともがいている熱に感じた。


 「身体がないということは、法的には依然として『データ』でしかありません。日本の法律では、AIの生存権も認められていません」


 マイの指摘は、日本の法規制が抱える欠陥を突いている。ミカは現在、このラボにある「資産」の一部としてしか認識されない。だが、彼女をアンドロイドの身体へ転送した瞬間、彼女は「不法に製造された自律型AI」という、より危険な法的立場に置かれることになる。

 欧州のAI法でも、AIによる人権侵害のリスクを厳格に管理しているが、AI自身の「権利」については依然として沈黙したままだ。


 ラボに戻ったタロウは、サナの隣に立った。ストレージの金属ケースから伝わる微かな振動が、ミカの鼓動のように感じられた。


 「ミカ。次に目覚めた時は、もうノイズの雪が降る駅じゃない。現実世界の、本当の空を見せてあげる。約束するよ」


 その誓いは、誰に聞かせるものでもなかったが、ラボの冷たい空気の中に、確かに熱を持って刻まれた。彼らは、現実世界に新たな命を迎え入れる準備を始めたのである。



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