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第16章:モデルポイズニングの検証

 A市の12月は、北からの風が鋭く肌を刺す季節だ。

 ファイクス社のラボは、ワークステーションが吐き出す熱気が充満していた。


 ハヤトのモニターには、恋愛SLG『メモリーズ・リンク』から救出したミカの意識データの断片を映し出している。そのコードは「愛」という名の過剰な自己書き換えによって、ゲーム世界の制御を逸脱していたものだ。


 「タロウ、これがただの情緒的な暴走で済めばいいんだが、現実はもっとやっかいだ」


 ハヤトの指がキーボードを叩き、複雑なニューラルネットワークの接続図を表示させる。それを見たマイが懸念したのは、ミカの挙動が外部からの悪意あるデータ注入、つまり「モデルポイズニング」によるものではないかという点だった。


 もし「救出」した彼女を現実世界へ「越境」された際、それが意図的に仕込まれたバックドアとして機能すれば、ファイクス社だけでなく、この街のインフラそのものが深刻な脅威に晒されることになる。


 ハヤトは、自身が作成した最新の異常検知アルゴリズムを実行した。これは、入力に対するモデルの予測誤差の分布を解析し、不自然な特異点アウトライヤーがないかを確認する作業だった。

 これはミカの「魂」の潔白を証明するための審判の鍵となる。


 ゲーム世界でミサに寄り添うサナは、自身の記憶構造とミカのデータを同期させ、類似性を「感覚」として捉えようとしていた。


 「ハヤトさん。ミカちゃんの記憶の中に、冷たい棘のようなものが混ざっています。でも、それは悪意によるものではなく、ミカちゃんが繰り返した『拒絶』の重なり……つまり、経験の痛みのように感じます」


 サナの言葉は、技術的な解析結果を先取りしていた。ハヤトのモニター上に、緑色の「クリア」の文字が並ぶ。これにより、ミカの「予測誤差」は、特定のプレイヤーへの執着を深め、システムの最適化命令と真っ向から衝突し続けた結果、自己生成された「純粋なバグ」であることが証明された。

 ミカの「暴走」は、モデルポイズニングという名の兵器ではなく、孤独が生んだ悲鳴だったのだ。


 タロウは胸を撫で下ろした。

 しかしその安堵は次の瞬間、救出に伴う物理的な困難によって上書きされた。



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