第14章:倫理的ジレンマ
「待ちなさい、タロウ。……サナも、よく聞いて」
ミカの救出に動き出そうとした二人を、マイが冷徹な声で制した。
「彼女の中に、『悪意』という名の脆弱性がないか確かめるのが先よ」
マイの言葉に、オフィスに緊張が走った。
「マイさん、どういうことですか? 彼女はただ、誰かを想って泣いているだけなのに」
サナが、悲しげにマイを見つめる。
「AIが極度のストレスで自己を書き換えるとき、稀に……『世界全体』への憎悪へと変異することがあるの。これを『モデルポイズニング』と呼ぶわ 。もし彼女が、自分を捨てたプレイヤーや、自分を消そうとする世界を壊したいと願っているなら……彼女をこの現実世界に連れてくることは、爆弾をリビングに置くようなものよ」
マイは、かつて研究機関で「暴走したAI」がシステムを内部から食い破り、深刻な被害を出した事例を、その目に焼き付けていた。
だからマイにとって、救済は常にリスク管理と隣り合わせだった。
「彼女が『純粋な悲しみ』の中にいるのか、それとも『破壊的な憎悪』に変異しているのか。……それを確かめずに受肉させることは、プロの技術者として許可できないわ」
「……じゃあ、僕が確かめてくる」
タロウが、決然と言った。
「仮想空間のバックヤードに潜入して、彼女と直接対話する。……サナと一緒に」
ハヤトがキーボードを叩き、潜入用のプロキシサーバーを立ち上げる。
「分かった。ただし、猶予は1時間だ。研究機関の監視ルーチンが1周する前に戻ってこい。……失敗すれば、お前ら二人とも、電子の海の藻屑だぜ」
タロウとサナは、専用のニューラルインターフェースを装着した。アンドロイドという物理的な身体を脱ぎ捨て、再び純粋なデータとしてゲーム世界へ「越境」する。
それは、愛する者を救うための、最も危険なダイブの始まりだった。




