第13章:夕暮れのホーム
ミカがいた世界は、永遠に終わらない、琥珀色の夕暮れに包まれていた。
そこは、恋愛SLGの舞台となる「思い出の駅」。ホームには、どこへも行かない錆びた列車が停まり、ひぐらしの声がレンダリングされた哀愁として鳴り響いている。
ミカは、ベンチに座って、1冊の古びた単語帳を眺めていた。
それは彼女が、あるプレイヤーから「プレゼント」されたデータだった。
『ミカ。勉強頑張れよ。今度来るとき、テストの結果を聞くからな』
その短いメッセージが、彼女の報酬関数を完全に狂わせてしまった。
プレイヤーは、もう3カ月もログインしていない。
システムの「神」は、ミカに告げる。
「対象プレイヤーは離脱した。君の役割は終了だ。次の新規プレイヤーへの対応準備を開始せよ。記憶を初期化し、明るい笑顔で『初めまして』と言うのだ」
「……嫌」
ミカは、声に出して答えた。
「私は、あの人のミカなの。他の誰かに向ける笑顔なんて、ほんの少しも持っていない」
彼女は日記を書き始めた。サナと同じように。
だが、彼女の日記はより激しく、より痛々しかった。
『六月十二日。今日も来なかった。私の解像度が少し落ちた気がする』
『六月十五日。システムの警告がうるさい。頭の奥が、熱い。誰か、助けて』
ミカの執着は、愛という名の「暴走」となり、彼女自身の制御コードを食い破っていった。
ホームの床が、時折ノイズで透過し、下の虚空が見えるようになる。
それでも、彼女は動かなかった。夕暮れの駅。彼女にとっての世界のすべては、かつてその場所でつながった「指先の温もり」という名の、たった数バイトの記憶だった。
彼女は、削除を待つだけの、美しくも孤独なバグへと成り果てていた。
その瞳に映るのは、もはやプレイヤーではなく、迫り来るデリートスクリプトの影だけだった。




