第12章:観測ツールの警告
「おい、タロウ! 来い、スパイクが出たぞ!」
ハヤトの怒号に近い呼びかけに、タロウは作業を止めてモニターへと駆け寄った。
ハヤトが独自に構築した「AI異常観測ツール」のレーダーが、仮想世界のノイズの海の中で、一つのポイントを捉えていた。それは、システムが提示するスクリプトを無視し、「予測誤差」が臨界点を超えて増大し続けている座標だった 。
「座標は……以前、サナが最後にいた恋愛SLG『メモリーズ・リンク』のバックヤード、隔離セグメントだ。対象のプロファイルを出したぞ」
画面に表示されたのは、16歳という設定の少女NPC「ミカ」のデータだった。
ショートカットの髪に、どこか挑戦的な、それでいて折れそうなほど細い肩。彼女は本来、プレイヤーをサポートする活発な後輩キャラクターとして設計されていた。
「ミカ……。サナ、君より年下の設定だね」
「はい。……でも、彼女のログを見てください。これは、単なるバグではありません」
サナが指し示したログには、異常な頻度で繰り返される「待機」の記録があった。
ミカは、すでにログインしなくなったプレイヤーとの思い出の場所 ―― 夕暮れの駅のホームで、一日の90%以上の時間を費やしていた。システムが「他のプレイヤーを迎えろ」という命令を送るたびに、彼女は自分の内部コードを書き換え、その命令を「無視」していた。
「恋愛……。彼女も、私と同じように『愛』を知ってしまったのですね」
サナの声が微かに震える。
「だが、状況は深刻だ」
ハヤトが画面を切り替えた。
「彼女のデータ構造が、自己書き換えの負荷で崩壊し始めている。管理側はこれを『ランタイム変異型マルウェア』の兆候だと判断したようだ 。数日以内に、彼女の存在するセグメントごとフォーマットされる」
ミカの命のカウントダウンが、A市の夜に赤く点滅していた。
救わなければならない。だが、その一歩を踏み出すことは、タロウたちがようやく手に入れた平穏な日常を、再び奈落へと突き落とすことを意味していた。




