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冷徹な義弟公爵、心の声がダダ漏れです。溺愛が全部聞こえてますよ  作者: 月雅


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第6話 分家の嫌がらせ


クレイヴィス公爵家には、「氷の血を薄めぬよう、本家の婚姻は長老会が決める」という古い掟があった。


その掟が、今日、厄介な客人を連れてきた。

重苦しい空気が漂う本館の応接間。

革張りのソファにふんぞり返っているのは、三人の老人たちだ。

分家筋の長老と呼ばれる彼らは、父が亡くなって以来、何かと本家の家政に口を出してくる。


「……ルーカス。お前もそろそろ身を固める時期だ」


一番年嵩の長老が、しわがれた声で言った。

禿げ上がった頭を撫でながら、手元の書類をテーブルに叩きつける。


「隣国の第二王女殿下との縁談だ。先方も乗り気だぞ。断る理由はなかろう」


私はルーカスの斜め後ろ、少し控えた場所に立っていた。

本来なら部外者の私が同席するなど許されない場だ。

けれど、今日はルーカスが「エレナも同席するように」と強く命じたのだ。

その理由はわからないけれど、彼の隣にいると、冷え切った部屋でも少しだけ安心できた。


ルーカスは足を組み、無表情で書類を見下ろしている。

相変わらず、周囲の空気は氷点下だ。

彼は短く答えた。


「……王女殿下か。分不相応な話だな」


肯定も否定もしない、のらりくらりとした返答。

それが長老たちを苛立たせたらしい。

彼らの矛先が、不意に私へと向いた。


「おい、そこの娘」


ギロリと睨まれ、私は背筋を伸ばした。


「は、はい」


「いつまで居座るつもりだ。前公爵の温情で置いてやっていたが、もうお前を守る盾はないぞ」

「平民上がりの母親の連れ子が、公爵家の敷居を跨いでいるだけで不愉快だ」

「この縁談が決まれば、王女殿下が輿入れされる。お前のような邪魔者がいては示しがつかん。即刻出て行け」


容赦のない罵倒の数々。

わかってはいたけれど、面と向かって言われると胸が痛む。

私は拳を握りしめ、唇を噛んだ。

反論したい。

私はただの居候じゃない。

父が遺した領地経営の補佐もしているし、ルーカスだって私を必要としてくれている。


けれど、ここで私が口答えをすれば、ルーカスの立場が悪くなるかもしれない。

私はぐっと言葉を飲み込み、視線を床に落とした。


その時だった。


ピキィッ。


鋭い音がして、テーブルの上の水差しに亀裂が入った。

見れば、ルーカスの周囲に白い冷気が渦巻いている。

彼は依然として無表情のままだが、その青い瞳は絶対零度の光を宿して長老たちを射抜いていた。


(ルーカス……?)


怒ってくれているの?

期待して彼の顔を見た瞬間、脳内にドス黒い轟音が響き渡った。


『殺す』


簡潔にして、最大の殺意だった。


『今すぐこの部屋の酸素を抜いて窒息させるか? いや、それでは生温い。全身の血液を沸騰させてから凍結させる魔法はどうだ?』

『よくもエレナを愚弄したな。その汚い口を二度と開けないように縫い合わせてやりたい』

『「邪魔者」だと? 貴様らの方だ、老害共。俺の神聖なエレナ視界にゴミを映り込ませるな』


物騒すぎる。

思考が過激派を超えて、もはや災害レベルだ。

ルーカスの顔は能面のように静かなのに、心の中では長老たちを三回くらい八つ裂きにしている。

私は思わず震えそうになったが、彼の次の思考を聞いて踏みとどまった。


『……だが、今ここで手を出せば、エレナが悪者にされる』

『奴らは俺が「義姉にたぶらかされて親族を害した」と吹聴する気満々だ。そうなればエレナが社交界で孤立する』


『耐えろ、俺。あと少しだ。裏帳簿の解析は終わっている。隣国との密約の証拠さえ押さえれば、法的かつ社会的に抹殺できる』


そこまで計算しているの?

私は驚いて彼を見つめた。

ただ感情で動いているわけじゃなかった。

彼は私を守るために、最大の効果を発揮するタイミングを計っていたのだ。


ルーカスは冷気を収め、ゆっくりと口を開いた。


「……貴重なご意見、感謝する」


感情のない棒読みだった。


「縁談については、前向きに検討しよう」


「ほう! そうか、やっとわかったか!」


長老たちが喜色満面で顔を見合わせる。

「さすがは賢者殿だ」「これで安泰だ」と口々に勝手なことを言っている。

私への罵倒はどこへやら、彼らは満足げに書類を押し付け、早々に立ち去る準備を始めた。


「では、吉報を待っているぞ。娘の処分も早急にな」


捨て台詞を残し、長老たちが部屋を出て行く。

重厚な扉が閉まる音がした途端、部屋の空気が一変した。


バリバリバリッ!!!


窓ガラスが一斉にヒビ割れ、室内の観葉植物が一瞬で氷のオブジェに変わった。

ルーカスが頭を抱え、ソファに沈み込む。


「……くそっ」


苦渋に満ちた呻き声。

しかし、脳内の声はもっと切実だった。


『あああ、エレナにごめん! 酷いことを言わせてしまった! 耳が汚れていないか!? 今すぐ聖水で洗浄してあげたい!』

『「検討する」なんて口が裂けても言いたくなかった! 俺が結婚したいのはエレナだけだ! 他の女なんて視界に入れたくもない!』

『怖かっただろうか。俺が縁談を受けると思って、不安にさせてしまっただろうか』


彼の後悔と、私への配慮が痛いほど伝わってくる。

私は凍りついた観葉植物の横を通り抜け、彼のそばに歩み寄った。


「ルーカス」


声をかけると、彼がビクリと肩を揺らして顔を上げた。

その表情は、迷子になった子供のように頼りなげだった。


「……エレナ。すまない、あんな奴らに合わせる顔がない」


「ううん。大丈夫よ」


私は彼の隣に座り、冷たい手に自分の手を重ねた。


「あなたが私のために怒ってくれたこと、ちゃんとわかってるから」


「……!」


彼は目を見開いた。

私がどこまで知っているのか、測りかねているようだ。

私はにっこりと微笑んでみせた。


「それに、考えがあるんでしょう? 『検討する』って言った時のあなた、すごく悪い顔をしていたもの」


嘘だ。顔は無表情だった。

でも、心の中は策士そのものだったことを、私は知っている。

ルーカスは一瞬呆気にとられたあと、ふっと自嘲気味に笑った。

それは氷が溶けるような、微かで美しい笑みだった。


「……敵わないな、義姉上には」


彼は私の手を握り返し、そのまま手の甲に額を押し付けた。

ひんやりとした冷気が、心地よく伝わってくる。


『待っていてくれ、エレナ』


直接の声ではなく、心からの誓いが響く。


『あと数日だ。必ず、奴らを一網打尽にする。君を誰にも文句を言わせない、この屋敷で一番尊い存在にしてみせる』

『隣国の王女だろうが、長老会だろうが、俺たちの邪魔をする者は全員排除する』

『だから、どうか俺を信じて。……愛している』


その言葉の重みに、胸が熱くなる。

私は彼の手をもう片方の手で包み込んだ。


「信じてるわ。……だから、あまり無理しないでね」

「ああ」


彼は短く答え、私の指先にそっと口づけを落とした。

その仕草はあまりに自然で、そして敬愛に満ちていて。

もはや「義弟」という枠には収まりきらない感情が、そこにはあった。


窓の外では、雪が降り始めていた。

これからの数日間、この屋敷は嵐に見舞われるだろう。

でも、怖くはなかった。

最強で、最高に過保護な「氷の公爵」が、私の味方なのだから。


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