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冷徹な義弟公爵、心の声がダダ漏れです。溺愛が全部聞こえてますよ  作者: 月雅


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第5話 勘違いの密会


「閣下、例の件ですが……手はず通りに」

「ああ、裏で処理しておけ。誰にも気づかれるなよ」


風に乗って聞こえてきたのは、そんな秘密めいた会話だった。


午後の日差しが降り注ぐ、公爵家の広大な庭園。

私は散歩の途中、綺麗に刈り込まれた生垣の向こうに、二つの人影を見つけて足を止めた。


一人は、見間違いようもない。

銀色の髪を陽光に輝かせる、義弟のルーカスだ。

そしてもう一人。

彼の前に跪き、親しげに見上げているのは、燃えるような赤髪の美女だった。

体にフィットしたドレスを纏い、妖艶な笑みを浮かべている。


(……綺麗な人)


胸の奥が、チクリと痛んだ。

普段、女性を氷の視線で追い払う彼が、あんなに近い距離を許している。

「裏で処理しろ」「誰にも気づかれるな」という言葉。

それは公務の話かもしれないけれど、二人の雰囲気は、どこか共犯者のような親密さを帯びていた。


(そうよね。ルーカスだって年頃の男性だもの)


恋人の一人や二人、いて当たり前だ。

今まで私が知らなかっただけ。

あるいは、私という邪魔な同居人がいるせいで、屋敷の中では会えなかったのかもしれない。


『愛している』

『世界一可愛い』


ここ数日、頭の中に響いていたあの甘い言葉たち。

あれはきっと、不遇な義姉に対する同情か、あるいは彼なりの家族愛の表現だったのだろう。

それを私は、勝手に舞い上がって、特別な意味があるのだと勘違いしていた。


(恥ずかしい……)


私は音を立てないように、ゆっくりと後ずさった。

邪魔をしてはいけない。

それに、これ以上あの光景を見ていたくなかった。


自室として与えられている客間に戻ると、私は静かに息を吐いた。

そして、部屋の隅に置いてあったトランクを取り出した。


「……準備、しなきゃ」


いつまでも公爵家に甘えているわけにはいかない。

ルーカスには彼の人生がある。

恋人がいるなら尚更、血の繋がらない義姉が屋敷をうろついているのは迷惑だろう。

幸い、夜会のあと、いくつかの商会から「働きに来ないか」という手紙をもらっていた。

元公爵令嬢という肩書きと、実家で鍛えられた帳簿管理のスキルがあれば、住み込みで働く場所くらい見つかるはずだ。


私はクローゼットを開け、数少ない私服をトランクに詰め始めた。

あの美しいミッドナイトブルーのドレスには触れない。

あれは高価すぎる。

置いていくべきだ。


「お世話になりました、って手紙を残して……」


明日、彼が公務に出ている間に出て行こう。

そう決めて、ハンカチを畳んでトランクに入れた時だった。


バンッ!!!!


轟音と共に、客間の扉が乱暴に開かれた。

驚いて振り返ると、そこには鬼のような形相のルーカスが立っていた。

肩で息をしており、いつもの冷静さは微塵もない。

彼の視線が、私の足元のトランクに釘付けになる。


「……何をしている」


地を這うような低い声。

けれど、同時に部屋の温度が急激に下がっていく。

窓ガラスに、ピキピキと霜が走る音がした。


「ルーカス? どうしてここに……」


「質問に答えろ。それは、なんだ」


彼はトランクを指差した。

その指先が震えている。

私は平静を装って、努めて明るく答えた。


「荷造りよ。そろそろここを出て、自立しようと思って」

「……なぜだ」

「だって、あなたにも迷惑でしょう? 私がいれば気を使うし、それに……その、恋人の方とも、ゆっくり過ごせないと思って」


私が気を使って言ったつもりだった言葉。

それが引き金だった。


ヒュオオオオオッ!


部屋の中に、雪嵐のような冷気が吹き荒れた。

本棚の本がバタバタと落ち、花瓶の水が一瞬で凍りつく。

ルーカスは蒼白な顔で、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。


『恋人!? 誰のことだ!? あの赤髪の女か!?』

『あれは密偵だ! 部下だ! 仕事だ! 君に贈るための「身を守る魔石」を裏ルートで探させていただけだぞ!?』


え。

私は強風に煽られながら、目を見開いた。


『君がまた雷に打たれたり、変な男に絡まれたりしないように、最高級の防御魔石をペンダントにして渡そうとしていたんだ!』

『サプライズにするつもりだったのに! なぜ恋人なんて誤解を!?』


『嫌だ! 出て行かないでくれ! エレナがいない世界なんて、俺には氷河期と同じだ!』

『死ぬ! 君がいなくなったら俺は孤独で凍え死ぬ! いや、その前に暴走してこの国ごと凍らせてしまう!』


ルーカスの心の叫びが、暴風音に混じってガンガン響いてくる。

誤解だった。

しかも、あの密談は私のプレゼントのためだったなんて。


「る、ルーカス! 待って、私の勘違いだったわ!」


私は叫んだが、パニック状態の彼の耳には届いていないようだった。

部屋の床から天井まで、白い氷が侵食していく。

彼は自分の殻に閉じこもり、魔力の暴走を止められなくなっている。


『嫌われた。俺がコソコソしていたからだ』

『もう終わりだ。エレナは俺を置いていく。俺はまた一人ぼっちだ』


彼の絶望が、冷気となって物理的に私を拒絶しようとしていた。

寒い。

このままでは、部屋ごと二人とも凍ってしまう。

言葉だけじゃ、届かない。


私はトランクを蹴り飛ばし、冷気の渦の中心へ飛び込んだ。


「馬鹿ルーカス!」


凍りついた彼の体に、正面から抱きつく。

冷たい。

まるで氷塊に触れたようだ。

けれど、私は腕に力を込め、彼の背中を強く叩いた。


「聞いて! 出て行かないわ!」

「……え?」


私の体温が伝わったのか、彼の震えが一瞬止まる。

私は彼の胸に顔を埋めたまま、大声で告げた。


「誤解してごめんなさい! あなたに大切な人ができたと思って、邪魔したくなかっただけなの! 嫌いになんてなってない!」

「……エレナ?」

「だから、この寒いのを止めて! 私、凍っちゃう!」


私が訴えると、荒れ狂っていた風がピタリと止んだ。

部屋を覆っていた氷が、さらさらと光の粒子になって消えていく。

ルーカスはおずおずと、私の背中に手を回してきた。


「……本当に、出て行かないのか?」

「行かないわよ。あなたが追い出さない限り」


私が顔を上げて睨むと、彼は泣きそうな顔で、けれど安堵に満ちた瞳で私を見つめ返した。


『よかった……』


その心の声は、震えていた。


『心臓が止まるかと思った。エレナが出て行くなんて悪夢だ』

『温かい。エレナが俺を抱きしめている。夢じゃないよな?』

『……もう二度と、コソコソするのはやめよう。プレゼントも堂々と渡す。だからお願いだ、俺のそばにいてくれ』


彼の腕に力がこもる。

痛いくらいの強さだったけれど、私は抵抗しなかった。

冷え切っていた彼の体が、私の体温で少しずつ温まっていくのがわかる。


「……もう、誤解させないでね」

「ああ。誓う」


ルーカスは私の肩に額を押し付け、深いため息をついた。

その耳は真っ赤で、氷の公爵の面影はどこにもない。

散らかった部屋と、ひっくり返ったトランク。

片付けは大変そうだけれど、私の心は不思議と晴れやかだった。


(まったく、手のかかる義弟なんだから)


私は彼の背中をポンポンと優しく叩きながら、苦笑した。

この不器用な人を置いて自立するなんて、今の私にはとてもできそうになかった。


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