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冷徹な義弟公爵、心の声がダダ漏れです。溺愛が全部聞こえてますよ  作者: 月雅


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第4話 氷の独占欲


『誰だあの男。殺すか? いや、社会的に抹殺しよう』


物騒極まりない声が、私の脳内に直接響いた。

それは、きらびやかな王宮の広間とはあまりに不釣り合いな、冷徹な死の宣告だった。


シャンデリアが眩い光を放つ、王宮の大ホール。

今夜は建国記念の夜会が開かれており、着飾った貴族たちが談笑している。

私は、ルーカスが用意してくれたミッドナイトブルーのドレスを纏い、ホールの端で息を潜めていた。


(……目立ちたくないのに)


周囲からの視線が痛い。

「あれは誰だ?」「クレイヴィス公爵家の義姉君か?」「なんと美しい」

そんな囁きが聞こえてくる。

あの土色のドレスを着ていたら、きっと「なんて無様な」と言われていただろう。

ルーカスのおかげで最悪の事態は回避できたけれど、これはこれで居心地が悪い。


肝心のルーカスは、国王陛下への挨拶のため、少し離れた場所にいた。

彼の周りには常に人垣ができている。

若き宰相にして、氷の公爵。

遠目に見る彼は、完璧な立ち振る舞いで貴族たちをあしらっていた。

無表情で、冷たく、そして美しい。


(やっぱり、かっこいいな)


ふと、そんな感想が漏れる。

けれど、先ほどの心の声を聞く限り、彼の内面は今、修羅場らしい。

一体誰を見て「殺す」なんて思ったのだろう。

私がきょろきょろと視線を彷徨わせた、その時だった。


「やあ、エレナじゃないか」


背後から、馴れ馴れしい声がかかった。

振り返ると、そこには見覚えのある赤毛の男が立っていた。

元婚約者の、男爵家の三男だ。

半年前に「君のような地味な女とは結婚できない」と一方的に婚約破棄してきた彼が、なぜここに。


「……お久しぶりです」


私は努めて冷静に、社交辞令としての挨拶を返した。

関わりたくない。

そう思いながら距離を取ろうとしたが、彼はニヤニヤと笑いながら一歩踏み込んでくる。


「見違えたよ。まさか君がそんなに磨けば光る宝石だったとはね」


彼の視線が、私の胸元や腰のラインをねっとりと舐め回す。

不快感で鳥肌が立った。

かつて私を「芋臭い」と罵った口で、よくもまあ。


「君も寂しかっただろう? 僕もだよ。どうかな、今から抜け出して、昔のように語り合わないか? 公爵家の義姉という立場なら、僕との復縁も――」


彼は言いながら、私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

私は反射的に身を引く。

触られたくない。

そう思った瞬間、ホールの空気が変わった。


ザッッッッ!!!!


突風のような音がして、男爵子息の動きが止まる。

いや、止まらざるを得なかったのだ。

彼の伸ばした手の先、私との間の空間に、目に見えるほどの白い冷気の壁が出現していたから。


「……俺の連れに、何の用だ」


地獄の底から響くような声。

気づけば、私の隣にルーカスが立っていた。

いつの間に移動してきたのか、全く気配を感じなかった。

彼は無表情のまま、男爵子息を見下ろしている。

その青い瞳は、完全に据わっていた。


「ひっ、こ、公爵閣下……!?」


男爵子息が情けない悲鳴を上げて尻餅をつく。

周囲の貴族たちも、異様な冷気にざわめき始めた。

シャンデリアの光が、ルーカスの周囲でだけ鈍く凍りついているように見える。


「エレナ。……怪我はないか」


ルーカスは私の方を見ずに、男を睨みつけたまま問いかけた。

声は低く、怒りを孕んでいる。


「え、ええ。大丈夫よ」


私が答えると、彼はわずかに肩の力を抜いた。

しかし、脳内に流れ込んでくる声は、さっきよりも激しさを増していた。


『触れられなくてよかった! あと一秒遅かったら、あの腕ごと凍結粉砕していただろう』


『なんだあの下品な男は。エレナを見る目が汚らわしい。網膜を焼き尽くしてやりたい』


『「復縁」だと? よくもぬけぬけと。エレナを捨てておいて、美しくなったから寄ってくるなんて寄生虫以下だ。我が国の貴族名鑑から今すぐ抹消する手続きに入ろう』


思考が物騒すぎる。

でも、そのすべてが「私を守るため」の怒りであることに、胸が熱くなる。

ルーカスは冷ややかな瞳で、怯える男爵子息を一瞥した。


「……私の義姉は、貴殿のような者と語り合う時間など持ち合わせていない。二度と近づくな」


「は、はいぃぃッ!」


男爵子息は転がるようにして逃げ去っていった。

周囲の貴族たちも、「氷の公爵がお怒りだ」と遠巻きに離れていく。

私の周りに、ぽっかりと空白地帯ができた。


ルーカスはゆっくりと私の方を向いた。

その顔は依然として無表情だ。

でも、差し出された手は、微かに震えていた。


「……帰るぞ。気分が悪い」


ぶっきらぼうな言葉。

けれど、私にはその裏にある本音が聞こえている。


『もう限界だ。これ以上ここにいたら、嫉妬で王宮ごと凍らせてしまう』


『俺以外の男がエレナを見るなんて耐えられない。本当は誰にも見せたくなかった。ドレスが似合いすぎていて辛い』


『エレナの手を握りたい。でも俺の手は冷たいだろうか? 嫌がられないだろうか?』


私は迷わず、彼の手を取った。

ひんやりとした冷たさが伝わってくる。

でも、それは不快な冷たさではなかった。


「ええ、帰りましょう。ルーカス」


私が握り返すと、彼の手が一瞬だけ硬直した。

そして、恐る恐る、けれど強く握り返してくる。

私たちは腕を組み、静まり返ったホールを堂々と歩き出した。


馬車に乗り込むと、ルーカスは深く息を吐き出し、座席に沈み込んだ。

そして手で顔を覆ってしまう。


「……すまない。騒ぎにしてしまった」


絞り出すような謝罪。

公爵家当主として、公衆の面前であのような威圧行動は褒められたものではない。

彼は自己嫌悪に陥っているのだろうか。


『最低だ俺は。エレナのせっかくの夜会を台無しにした。怖がらせただろうか。乱暴な男だと思われただろうか』


『でも、あの男がエレナに触れようとした瞬間、理性が弾け飛んだ。自分でも止められなかった』


『守れてよかった。……本当に、守れてよかった』


彼の心の奥底から漏れ出した、安堵の響き。

それはとても切なくて、愛おしい音色だった。

私は隣に座る彼の肩に、そっと頭を預けた。


「ありがとう、ルーカス。助けてくれて嬉しかったわ」


素直な気持ちを伝えると、彼の体がビクリと跳ねた。

顔を覆った指の隙間から、真っ赤になった耳が見える。


『うわああああああああああああああああああ!!!!』


本日最大の絶叫が脳内を駆け巡った。


『肩! エレナの頭が俺の肩に! 重みを感じる! いい匂いがする! 心臓がうるさい! 誰か俺を氷漬けにして止めてくれ!』


『嬉しい? 俺が助けて嬉しかったと言ったのか? 幻聴か? いや、この温もりは現実だ』


『生きててよかった』


もはや公爵の威厳など欠片もない、ただ恋する少年の叫び。

私は笑いをこらえるのに必死で、彼の腕をさらに強く抱きしめた。

窓の外には、冬の星空が広がっている。

私のドレスと同じ、深い青色の夜空。

寒いはずの帰路は、彼の騒がしい心の声のおかげで、少しも寒くなかった。


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