表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹な義弟公爵、心の声がダダ漏れです。溺愛が全部聞こえてますよ  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第2話 朝食は氷点下



私は震える手で、銀のカトラリーを握りしめた。


金属の冷たさが指先に染みる。

広い食堂には、カチャン、という食器が触れ合う微かな音だけが響いていた。

天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられているけれど、今の私にはそれが鋭利な氷柱に見えて仕方がない。


昨晩の嵐が嘘のように、窓の外には朝の光が射し込んでいた。

けれど、室内の気温は冬のように低い。

理由は明白だ。

長テーブルの向かい側、上座に座っている人物が冷気を放っているからだ。


「…………」


義弟のルーカスは、一言も発さずにナイフを動かしている。

整えられた銀髪、陶器のように白い肌、そして感情を一切映さない氷のような瞳。

彼は今朝も完璧に「氷の公爵」だった。


私は縮こまりながら、目の前の空の皿を見つめる。

昨晩、離れが半壊したため、私は本館の客間に泊められた。

そして今朝、家令に「閣下が朝食を共にせよと仰せです」と告げられたのだ。

拒否権などあるはずがない。


(怒られるのかな……)


昨日の騒動について、改めて説教をされるのかもしれない。

あるいは、離れの修理費を請求されるのか。

胃が痛い。

食欲なんてあるはずもなく、私はただ嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のような心境で俯いていた。


すると、向かいで椅子が引かれる音がした。

ビクリと肩が跳ねる。

顔を上げると、ルーカスが立ち上がり、無言でこちらへ歩いてくるところだった。

彼の足元から、床にうっすらと霜が広がっていくのが見える。

冷気が近づいてくる。


(な、なに?)


彼は私の席の横で立ち止まった。

威圧感が凄まじい。

見上げると、彼は冷酷な眼差しで私を見下ろしていた。

そして、無言のまま私の皿をひったくった。


「えっ」


彼は中央の大皿から、湯気の立つ温野菜と、透き通るような黄金色のスープを私の皿へ盛り付け始めた。

手つきは優雅だが、有無を言わせぬ迫力がある。

たっぷりと盛られた皿が、私の前にドン、と置かれた。


「食え。……残すなよ」


低い声。

拒絶は許さないという命令口調だった。

私の細い体を見て、嘲笑っているのだろうか。

「みっともないから少しは肉をつけろ」という嫌味かもしれない。

私は怯えながら、小さく「はい」と頷いた。


その時だった。


『あああ、手が震えている! 怖がらせてしまった!』


まただ。

昨晩と同じ声が、頭の中に直接響いてきた。


『すまないエレナ、だが食べてくれ。君は痩せすぎだ。ウエストなんて俺の片手で折れそうじゃないか。見ていて心配で心臓が痛い』


ルーカスの表情は能面のように動いていない。

冷ややかに私を見据えたままだ。

けれど、脳内に流れてくる声は必死そのものだった。


『このスープは領地特産の薬草と最高級の鶏ガラを三日煮込んだ特製だ。滋養強壮にいいし、昨日の感電のショックも和らぐはずだ』


『本当はパンケーキも用意させたかったが、胃が弱っているかもしれないから消化にいいメニューにしたんだ。気に入ってくれるだろうか? 不味いと思われたらどうしよう。シェフをクビにするべきか? いや、俺が味見した時は完璧だったはずだ』


情報量が多い。

そして思考の速度が速い。

私は瞬きをして、目の前のスープを見た。

これが、そんなに手間のかかったもの?

嫌がらせで無理やり食べさせるわけではないの?


『……どうした? 食べないのか? やはり俺がよそった料理など汚らわしいか? すまない、だが毒見は俺が済ませた。安全だ。頼むから一口だけでも……』


声がどんどん悲痛になっていく。

目の前のルーカスは、「早くしろ」と言わんばかりに眉をひそめているのに。

このギャップは一体なんなのだろう。

もしこれが幻聴だとしたら、私の願望は随分と具体的で図々しい。


私は意を決して、スプーンを手に取った。

黄金色の液体をすくい、口へと運ぶ。


「……っ」


温かい。

そして、驚くほど優しい味だった。

鶏の旨味がじんわりと体に染み渡り、薬草の苦味は全く感じない。むしろ香ばしい香りが鼻を抜けていく。

昨晩の恐怖で冷え切っていた胃袋が、内側から解けていくようだ。

美味しい。

公爵家の本館では、いつもこんなに美味しいものを食べているのだろうか。


自然と、強張っていた頬が緩んだ。

私はスプーンを下ろし、ルーカスに向かって頭を下げた。


「……美味しいです。ありがとうございます」


お世辞ではなく、本心からの言葉だった。

すると、ルーカスの目がわずかに見開かれた。

彼は口元を手で覆い、ふいっと顔を背ける。


「……そうか」


そっけない返事。

また機嫌を損ねてしまっただろうか。

不安になった直後、脳内に爆音の絶叫が響いた。


『天ッ使ーーーーーー!!!』


「っ!?」


私は思わずスプーンを取り落としそうになった。


『笑った! エレナが笑った! しかも俺の目の前で! 俺が勧めたスープを飲んで! 「美味しい」って言った! 可愛い! 無理! 尊い!』


『待ってくれ、今の笑顔の破壊力はなんだ? 聖女か? いや女神だ。直視したら目が潰れる。あぶない、魔力が暴走して食堂ごと氷漬けにするところだった』


ルーカスは背を向けたまま、小刻みに肩を震わせていた。

周囲のメイドたちは「閣下が苛立っていらっしゃる……!」と青ざめているけれど、私には違う景色が見えていた。

聞こえてくる声が本当なら、彼は今、感動で打ち震えていることになる。


『もっと食べてくれ。その笑顔のためなら、俺は国中の鶏を捕まえてきてもいい』


『ああ、神よ。今朝の俺は勝った。昨日の失態を取り戻したぞ』


ルーカスはゆっくりと振り返り、咳払いを一つした。

表情は相変わらず氷点下だが、耳の先がほんのりと赤い気がする。

彼は冷徹な声音を崩さずに告げた。


「……ならば、全部平らげろ。栄養失調で倒れられては迷惑だ」


『おかわりもあるぞ! デザートの果物も最高級だ! ゆっくり食べてくれ、俺はずっと見ていたいから!』


私は呆然としながら、再びスプーンを動かし始めた。

一口ごとに、彼の心の声が『いいぞ』『可愛い』と合いの手を入れてくる。

なんだか、すごく食べにくい。

けれど、不思議と悪い気はしなかった。


昨日の雷で私の頭がおかしくなったのでなければ。

この冷徹な義弟は、もしかすると、とんでもなく不器用なだけなのかもしれない。

スープの温かさが、胸の奥まで広がっていくのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ