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異世界漫画喫茶へようこそ!〜今日も珍客がやってくる〜  作者: 影道AIKA


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第007話 暴竜と静かすぎる店内

“静かすぎる”って、悪いこととも限らない。

今日は、暴竜みたいな常連のおかげで、店の静けさがちょっとだけいい方向に転んだ日の話。

チリン、と扉が鳴いた。


 トーワはドリンクバーの補充からカウンターへ戻る途中で足を止めた。

 黒いジャケットに群青の短髪、金色の目──ドラグだ。


「よう」


「……“来店、完了”」


「それ台詞にする意味あるか?」


 ドラグは返事をせず、いつものように漫画棚の前に立つ。

 背表紙を指でなぞりながら、目的のシリーズを迷いなく抜き出した。

 新刊コーナーから一冊、続き物の棚から一冊。

 その動きは、もう完全に“常連の手つき”だ。


 カウンターへ来ると、漫画を二冊置いて短く言う。


「三時間。仕切り席」


「あいよ。いつもの列、いつもの席空いてる」


「……“定位置は、心を落ち着かせる”」


「またどっかの漫画の台詞引っ張ってきたな」


 鍵を受け取り、ドラグは仕切り席へ向かった。

 椅子に座る前に、必ず一度だけ周りを見渡し、

 「邪魔になっていないか」を確かめるのも、いつもの習慣だ。


***


 その日の《Book Road》は、いつもよりさらに静かだった。


 カラオケ小部屋は利用者ゼロ。

 個室は埋まっているが、ドアはしっかり閉じられ、音は漏れてこない。

 仕切り席にはドラグのほかに、勉強中の学生と、分厚い本を読む中年客が一人ずつ。


 ページをめくる音、氷のカランという音、椅子がきしむ小さな音。

 どれも控えめで、店全体が“息をひそめている”ようだった。


「店長ー……」


 ミカがほうきを抱えたまま、カウンターに半分もたれかかる。


「今日、静かすぎません?」


「静かな店だからな、ここ」


「いつもの静かと違うんですよ。なんか……“テスト前の教室”みたいな静けさです!」


「たとえが生々しい」


 ミカは仕切り席の方向をちらっとのぞく。


「原因、ドラグさんじゃないです?」


「なんでだよ」


「だって、あの人、ページめくる時の音すら、ほぼ無音ですよ?

 あれ見てると、周りの人も“自分もうるさいかな……”ってなって、どんどん静かになってる気が」


「……まあ、気持ちは分からなくもない」


 ちょうどそこへ、帳簿を抱えたエイルが通りかかった。


「どうしたの、二人してこそこそして」


「店が静かすぎ問題、発生中です!」とミカ。


「いいことじゃない。騒がしくなるよりマシよ」


「でも、“ささやき声すら罪”みたいな空気なんですよ!?」


「図書館か」


 エイルは仕切り席の列を一度見回す。

 ドラグはいつものように深く座り、漫画を読んでいる。

 学生は、シャープペンを動かし続け、中年客はページの端を何度か行き来している。


「……ああ、これは確かに“ドラグ静音モード”ね」


「静音モード!?」とミカ。


「ドラグが真面目に読み始めると、

 周りの人が妙に気を遣って、全員静かになる現象」


「そんな現象あるんです!?」


「前にもあったでしょう。ほら、“くしゃみ我慢大会”になりかけた日」


 トーワは記憶をたどる。

 くしゃみを堪えた客の顔が、何人か脳裏に浮かんだ。


「あったな……あの日は誰も鼻をかまないから、逆に心配だった」


「そういう時こそ、店側が“普通にしていいですよ”って空気出したほうがいいわ」


「どうやって?」


「簡単。スタッフがいつも通り話す。まずミカ、そこから立ち上がりなさい」


「え、立つのが仕事ですか!?」


「立つのは仕事の前段階よ」


「説教の入り方だな」とトーワ。


***


 三人がそんなことを話していると、

 ドラグが一度だけ顔を上げた。

 視線の先には、ドリンクバーで氷を入れようとしている学生の姿。


 学生は、氷の音がうるさいんじゃないかと気にしているのか、

 ありえないくらいそっとレバーを押していた。


「……“もっと、押していい”」


 ドラグが、仕切り席から低く一言。


 学生はビクッとして振り返る。


「えっ、あの……自分ですか?」


「……“氷は、鳴るものだ”」


 意味は分からないが、妙に説得力だけはある台詞。

 学生は戸惑いながらも、少しだけ強くレバーを押した。


 カラン、と、いつもより自然な音が鳴る。


「……“それでいい”」


「……ありがとうございます?」


 よく分からない感謝が発生した。


 カウンターから見ていたミカが、ぱっと顔を輝かせる。


「店長! 今の、ちょっと良かったです!」


「何が?」


「“静かすぎ空気”、一瞬でちょっと和らぎました!」


「たしかに」とエイルも頷く。


「ドラグの一言が、『普通にしていいですよ』の合図みたいになってたわね」


「じゃあ、今日のテーマは“ドラグに任せる日”ですか!?」


「全部任せるのはやめろ」とトーワ。


***


 それからしばらくして、

 今度は別の客がカウンターへ来た。

 さっきの中年客だ。


「あの……すみません」


「はい、どうしました?」とトーワ。


「隣の人……すごく静かで、ページを戻ったり進んだりしてて……もしかして“気に入らなかったのかな”って」


「どの席?」


「仕切り席の、一番奥の……」


 トーワは視線だけで確認した。

 ドラグだ。

 読み返しが多いのは彼の癖で、別に文句があるわけではない。


「たぶん、その漫画、だいぶ気に入ってますよ」


「えっ、そうなんですか?」


「ドラグは嫌いなやつは一気に飛ばす。

 ページを行ったり来たりしてる時は、好きで噛みしめてる時だ」


「そうなんですね……ちょっと安心しました」


 中年客が席へ戻ろうとすると、

 ドラグ本人が、タイミングよくカウンターへやってきた。


「……“いいシーンは、二度読むべきだ”」


「あ、隣の者です。あの、その……」


「……“あなたのページも、いい音だった”」


「……ありがとうございます?」


 また「よく分からないけど褒められた気がする」場面が発生した。


 ミカがこっそりメモを取る。


「ドラグさんの日本語、たまに“嬉しいのに難しい”って顔されてます!」


「翻訳石通しても、ニュアンスの問題はあるのよ」とエイル。


「ニュアンスも翻訳してほしいです!」


「それは各自でがんばるしかないわね」


***


 ドラグはそのままカウンターで水を一杯飲み、また席に戻った。

 その背中を見送りながら、ヴァーニアが銀のカップを落ち着いた手つきで磨く。


「静かな方って、見ている側が勝手に“怖いかも”って思っちゃいますのよね」


「実際怖いところもあるけどな」とトーワ。


「はい、そこは否定しませんわ」


「否定してほしいところなんだけど」とエイルがぼそっと言う。


 ミカは、そんな三人の会話を聞きながら、仕切り席の方向をちらちら見る。


「でも、今日のドラグさん……ちょっと優しくないです?」


「いつも優しいぞ」とトーワ。


「え、そうなんですか?」


「静かで、面倒くさくて、筋は通す。だいたいそういう奴は優しい」


「定義が妙にリアル」とエイル。


***


 三時間が近づくころ、

 店の空気は「静かだけど、さっきまでより柔らかい」感じになっていた。


 学生はドリンクバーを普通の音量で使えるようになり、

 中年客は時々くすっと笑いながらページをめくる。

 個室からも、ときどき小さな物音が聞こえる。


 ドラグが最後のページを閉じ、立ち上がった。

 仕切り席からカウンターまでの足取りは、いつもよりほんの少しだけ軽い。


「どうだ、今日の巻は」とトーワ。


「……“怒りは、落ち着いた”」


「和解した?」


「……“許したわけではない。ただ、続きが気になる”」


「それだいぶ許してるやつだぞ」とミカ。


 ドラグは少し考えてから、短くまとめた。


「……“面白かった。それでいい”」


「それが一番だな」とトーワ。


 会計を済ませ、ドラグは扉の前へ向かう。

 途中で、学生と中年客の前を通り過ぎた。


「……“いい静けさだった”」


 それだけ言って、ドラグは扉を開けた。

 チリン、と音が鳴る。


「今の、“店全体への挨拶”ですよね?」とミカ。


「そう解釈していいだろ」とトーワ。


「いいですね。“いい静けさ”」


 エイルが黒板の前まで歩いていき、チョークを取る。


「じゃあ、今日の一文はこれにしましょうか」


 さらさらと書く。


『ここは、黙っていても一緒にいられる場所』


 ミカが読み上げる。


「いい……! 今日っぽいです!」


「たまには褒めなさいよ、私も」とエイル。


「いつも褒めてますよ!? 心の中で!」


「声に出せ」


 トーワは黒板を一瞥し、マグを一つ伏せた。


「……まあ、今日は“静かすぎ”から始まって、ちょうどいいところに落ち着いたな」


「ドラグさんのおかげですね!」


「本人は何もしてないつもりだろうけどな」


「そういうのが、いちばんかっこいいんですよ」とミカ。


 紙葉通りの気配が、ドアの向こうでかすかに動く。

 また誰かが扉を開ければ、別の静かさが流れ込んでくるだろう。


 《Book Road》は今日も、

 「うるさくない笑い」と「ほどよい静けさ」のあいだで、ゆっくり揺れていた。

読んでくれてありがとう。

次はミカ側から見た“正義が空回りする一日”を、もう少し賑やか寄りで描いてみようと思う。

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