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異世界漫画喫茶へようこそ!〜今日も珍客がやってくる〜  作者: 影道AIKA


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第006話 はじめての常連さん

二回目に行く店って、ちょっとだけ特別になる。

ここから先は、その人次第で“常連”になるかどうかが決まっていく。

チリン、と扉が鳴いた。


 トーワはカウンターでマグを拭きながら顔を上げる。

 入ってきたのは、昨日も見た黒いリュックの女の子だった。


 女の子は一歩だけ中に進んで、店内をぐるりと見渡す。

 仕切り席の列を一瞬だけ確認してから、少し迷ったような足取りでカウンターへ向かってきた。


「あ……こんにちは」


 声は小さいけれど、昨日より少しだけ肩の力が抜けている。


「いらっしゃい。今日はどうする? 昨日と同じ三時間でいいか?」


「あ、はい。三時間でお願いします」


 財布をごそごそやっているあたりも、昨日と同じだ。

 トーワが会計札を取った、そのときだった。


「店長ーっ!! “見習い常連さん”来店です!!」


 ミカが、ほうきを肩に担いだまま全力で滑り込んできた。

 勢い余ってカウンターの端に軽くぶつかる。


「いった……」


「なにその肩書き」とトーワ。


「あの、その、常連ってほどじゃ……」


 女の子が慌てて両手を振る。


「大丈夫です! “見習い”ですから! まだ研修中です!」


「いや客に研修させるな」


 ちょうど通りかかったエイルが帳簿を抱えたまま横から口を挟む。


「ミカ。常連っていうのはね、店が決めるものじゃなくて、お客が勝手にそうなるものよ」


「勝手に……?」


「“自分でまた来ちゃったな”って思ったら、だいたいもう常連」


 エイルは女の子のほうをちらっと見て、軽く会釈した。


「だから、名札を勝手に付けない。いい?」


「……はい。名札はしまっておきます」


「出す前に止められてよかったな」とトーワ。


 会計を済ませ、トーワは鍵とドリンク用のコップを渡す。


「昨日の席、空いてる。どうする?」


「……あ、じゃあ、同じ席で」


 女の子は少し照れながらうなずいた。


「了解。その席、今日のところは“候補”ってことで」


「候補?」


「気に入ったら、また使えばいいだけだからな」


 女の子は小さく笑って、仕切り席へ向かっていった。


 彼女の背中が見えなくなったところで、ミカがこそこそと寄ってくる。


「店長、今のって“常連ポイント1”ですか?」


「そんなポイント制度は存在しない」


「延長したら2です?」


「しないって言ってるだろ」


「でも、ちょっと嬉しいですよね。二日連続」


「まあ、それは否定しない」


 トーワがマグを棚に戻す。

 店内には、ページをめくる音と、ドリンクバーの氷の音が混ざっている。


 しばらくして、ミカがうずうずし始めた。


「店長、声かけに行ってもいいですか?」


「なんて?」


「“二日連続ありがとうございます!”」


「それはちょっと重いな。こっちは嬉しいけど、相手は構えちゃう」


「じゃあ、“今日の飲み物どうします?”」


「それは普通だな」


「“昨日と同じでも、違うのでも”って続けていいです?」


「それならギリセーフ」


「やった!」


 ミカはほうきを端に立てかけ、仕切り席へ向かう。

 女の子はノートと漫画を並べて、ちょうど飲み物を飲み干したところだった。


「失礼します!」


「わっ……はい」


「ドリンク、おかわりどうします? 昨日と同じでも、違うのでも!」


「えっと……昨日のオレンジジュース、思ったより良かったです」


「なるほど、“昨日枠”ですね!」


「昨日枠?」


「今日の“チャレンジ枠”は何かあります?」


「……炭酸、ちょっと気になります」


「でしたら、炭酸半分くらいにして、氷多めがおすすめです! こぼれにくくて、音がかわいいです!」


「音がかわいい?」


「カランって鳴るやつです!」


「……それは分かります」


 女の子は少し笑って、コップを差し出した。


「じゃあ、その“チャレンジ枠”で」


「了解です! “本日のチャレンジ一杯目”お届けします!」


「ネーミングが大げさ……」


 そう言いつつも、表情はさっきより柔らかい。


 ミカが戻ってくると、トーワは炭酸を半分ほど注ぎ、氷を多めに入れた。

 カラン、と控えめな音が鳴る。


「はい、“チャレンジ枠”。こぼさないようにな」


「はい!」


「店長、ちゃんと“かわいい音”しました!」


「音の評価は任せる」


 仕切り席からまたページをめくる音が続く。

 ノートにペンが走っては止まり、また走る。

 昨日よりも、そのペースが安定している気がした。


 しばらくして、今度は別の常連がカウンターへ来る。

 無口な獣人の男だ。いつものように漫画を二冊抱えている。


「三時間、仕切り席。いつもの場所で」


「あいよ」


 トーワが慣れた手つきで鍵を出すと、男はふと仕切り席の列を見て言った。


「……新しい顔が増えたな」


「昨日も来てた人だ」


「そうか」


 それだけ言って、男は自分の席に向かった。

 ドラグとは別の常連。話さないが、店内の変化だけはよく見ている。


 やがて、三時間の砂時計がほぼ落ち切る頃。

 女の子がノートと漫画を抱えてカウンターへやってきた。


「あの……延長って、できますか」


「もちろん。どのくらい?」


「一時間だけ、お願いします」


「了解。一時間延長」


 トーワが記録をつけていると、横からミカがそっと顔を出す。


「店長……延長って、“心の常連ポイント”入りません?」


「だからポイントは存在しない」


「でも、“ここでもうちょっと頑張ろう”って思ったってことですよね?」


「それはそうだな」


 女の子がクスッと笑う。


「……ちょっと分かります。その言い方」


「でしょでしょ!」


「家だと集中切れちゃうんです。つい、お菓子探したり、寝転んだり」


「あるあるです!」とミカ。


「ここだと、なんか“書く時間ですよ”って空気になるので……もうちょっと居させてください」


「そのためにある店だからな」


 延長の一時間は、最初の三時間よりも早く過ぎた。

 ノートの最終ページまで文字が埋まり、女の子は満足そうなため息をつく。


 今度は荷物をまとめてから、ゆっくりカウンターへ戻ってきた。


「ありがとうございました。……今日、かなり進みました」


「おつかれ。肩、固まってないか」


「大丈夫です。たぶん」


「たぶんが怪しいな」とトーワ。

 横からヴァーニアが顔を出した。


「温かいお水、お出ししましょうか? 帰り道、少し楽になりますわ」


「あ……いただいてもいいですか」


「もちろんですの」


 ヴァーニアが銀のカップに湯を注ぎながら、ふっと笑う。


「二日続けて来てくださる方、好きですの。なんだか“物語の続き”を見ているみたいで」


「物語……というほどじゃないですけど」


 女の子は湯気を見つめながら、コップを受け取った。


「でも、また来たいなとは思ってます」


「それで十分」とトーワ。


「……その、さっきの“見習い常連”っていうの、まだ生きてます?」


「あー……」

 トーワが横目でミカを見る。ミカは目を輝かせている。


「店長! ここは“はい”で!」


「お前はちょっと黙ってろ」


 女の子は少し笑って、言葉を続けた。


「もしよかったら、その……“見習い”くらいには入れてもらえますか」


「自分でそう言う人は、だいたいもう見習い以上だと思うけどな」


「じゃあ、“見習い+”くらいで」


「細かい」


「細かいですの」とヴァーニアも乗る。


 ミカが勢いよく手を挙げた。


「“見習い常連さん”、またお待ちしてます!」


「名前が定着しそうだな……」とトーワ。


 女の子は湯を飲み干し、リュックを背負い直した。


「じゃあ、また“たまたま”来ます」


「はいはい、“たまたま”な」


 扉の前まで歩いていき、もう一度だけ振り返る。


「……次は、多分、もっとちゃんと“来たくて来た”って言います」


 そう言って、扉を開けた。

 チリン、と音が鳴る。紙葉通りの空気が少し流れ込んで、すぐに閉まる。


 ミカが黒板の前に立って、書かれた一文を読み上げる。


『ここは、一息ついてからまた歩ける場所』


「店長」


「なんだ」


「“また歩き出したあと、たまに戻ってくる人”も、常連ですよね」


「そうだな」


「じゃあ、今日一人、“その候補”増えましたね」


「候補は増えても困らない」


 トーワはマグを一つ取り上げ、静かに伏せた。


 店の扉は、このあとも何度か鳴る。

 初めての客もいれば、何度目かの客もいる。

 誰が常連かを決めるのは、店じゃない。


 ただ、《Book Road》は今日も変わらず、

 “戻ってきたいと思ったときに開いている場所”でいようとしていた。

最後まで読んでくれてありがとう。

次は、あまり喋らない常連から見たBook Roadを、静かな角度からのぞいてみよう。

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