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異世界漫画喫茶へようこそ!〜今日も珍客がやってくる〜  作者: 影道AIKA


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第004話 交代のすれ違い

昼と夜の入れ替わり。特別じゃないけど、

全員が少しだけテンポを合わせる時間帯。

《Book Road》の時計が十七時を指した。

 昼の光がガラス越しに薄れて、店内の照明が一段階、やわらかい色へ切り替わる。

 コーヒーの香りがゆっくり落ち着き、昼班と夜班がすれ違う時間だ。


 カウンターでトーワがマグを拭いている。

 磨き上げた器が一つずつ並んでいく音が、閉店でも開店でもない中途半端な静けさを作っていた。


「交代の時間か……」

 独り言に近い声。すぐに棚の奥から返事がくる。

「数字、合ってるわよ」

 帳簿を閉じながらエイルが顔を出した。

「人間関係のほうは合わないけどな」

「そこは永遠に誤差ね」

 軽口のあと、彼女は肩を回してひと息ついた。


「お疲れさまー、夜番入りまーす」

 扉の向こうからヴァーニアが入ってきた。

 深紅の髪をまとめ、銀のカップを片手に軽く会釈する。

「在庫チェック、終わってます?」

「終わってない」とエイル。

「終わったような顔してたのに」

「顔で判断しないで」

 トーワが笑いをこらえきれず、マグを軽く回した。

「毎回このテンプレ、もう儀式だな」

「安定感って大事ですわ」とヴァーニア。

「それを停滞って言うのよ」とエイルが返す。

 三人のやり取りに、店内の空気がようやく夜のリズムに変わった。


 ミカがほうきを抱えたまま跳ねるように立ち上がった。

「本日の任務、“すれ違い防止ミッション”発動!」

「発動って……店、戦場じゃないからな」とトーワ。

「でも油断は禁物です!」

「いや、禁物なのは蜂蜜の過剰使用だろ」

「それは別件ですの!」とヴァーニア。

 エイルが苦笑して、帳簿の角をトンと揃える。


 そのとき、扉がチリンと鳴った。

 獣人の配達員が入ってくる。荷物を抱えて汗を拭った。

「すみません、引き取りに来ました」

「奥の二番棚。暗いから灯りつけてな」とトーワ。

 配達員が礼をして奥へ進むと、ミカがすかさず追いかける。

「同行します!」

「何のために」

「安全確認!」

「倉庫で何と戦う気だ」とトーワ。

「ホコリと!」

 その言葉に、周りの客が少し笑った。


 ヴァーニアは湯の温度計を見ながら、蜂蜜の瓶を傾ける。

「昼より減ってますわね」

「誰が飲んだ?」

「検査ですの」

「お前の検査、信頼されてないぞ」

「努力は日課ですのよ」

「甘い努力だな」

「蜂蜜ですもの」

 トーワが吹き出しそうになる。


 カウンターに常連の女が腰を下ろした。

「お疲れブレンド、お願い」

「寝落ち防止?」

「うん、今日は残業帰り」

「じゃあ軽めだな。蜂蜜は?」

「見るだけ」

「節約助かる」

 豆を挽く音がリズムを刻み、女は頬杖をついた。

「この音、落ち着く」

「うるさくない?」

「うるさくない音が一番うるさい日もあるから」

「哲学的な客きたな」

「寝不足なのよ」

 そんな他愛もない会話が、夜の入り口にはちょうどいい。


 通路の奥で、氷がコトンと鳴る。

 ミカがほうきを手に、反射的に走った。

「発見! こぼし予備軍!」

「軍団やめろ」とトーワ。

「もう対応済みです!」

 彼女はナプキンでテーブルの縁を素早く拭き取り、得意げに胸を張る。

「未然完了!」

「言い回しが刑事ドラマだな」

「現場主義です!」

「……現場で寝落ちしないようにな」

「気をつけます!」

 やかましいけど、元気があるぶん店が明るく見える。


 カラオケルームの扉が少し開いて、若い冒険者が顔を出した。

「マイク、音が小さいっす!」

 ヴァーニアが軽くうなずき、端末の角をトントン叩く。

「押しすぎですわ。三秒離して、もう一度」

「はい……お、直った!」

「反応石も休憩が必要なんですの」

「人間もっすね」

「その通り」

 青年が笑って戻る。小さな会話でも、音が直ると空気が明るい。


 エイルが帳簿に走り書きした。

「“トラブル:軽症対応。原因:押しすぎ”」

「書くな」とトーワ。

「日記がわり」

「仕事中に日記つけるな」

「文化です」

「……まあ否定はしない」


 ドラグがページを閉じ、低い声で一言。

「……“平和だな”」

「珍しく短い」

「……“夜は静かが一番”」

「それ、格言っぽいけど眠いだけじゃね?」

「……“否定しない”」


 倉庫の方から配達員の声。

「すみません、ちょっと重くて!」

「行くわ」とヴァーニアが先に動く。

 トーワが手を伸ばしかけたとき、ドラグが横を通り過ぎた。

「……“持つ”」

「助かる」

「……“軽い”」

「お前にとってはな」

「……“誇り高き筋力”」

「妙なポエム言うな」

 ミカがその場で拍手。

「協力ミッション、完了です!」

「なんでもミッションになるな」とトーワ。


 外では夕暮れの鐘が鳴り、エイルが帳簿を閉じる。

「さて、私は上がるわ。夜は任せた」

「仕込みリスト、また細かい字か?」

「読む努力を」

「明日も誤差ゼロ目指して」

「誤差は文化です」

 言い合いながらも、エイルは軽く手を振って出ていった。

 ヴァーニアが微笑みながら見送る。

「去り際だけ完璧ですわね」

「仕事できる人あるあるだ」

「私も真似してみようかしら」

「“検査して帰るわ”は禁止な」

「言いませんの」


 カウンターに湯気が立ちこめる。焙煎の香りが静かに広がる。

 ミカが黒板の前に立ち、真剣な顔で尋ねた。

「店長、今日もこのまま残します?」

「ああ。誰か読むかもしれないし」

 黒板にはいつもの一文。

『ここは、一息ついてからまた歩ける場所』

 ヴァーニアが銀のカップを重ねて小さくうなずく。

「今日も無事に交代完了ですわね」

「全員無傷。奇跡だな」

「褒めてください!」

「よくやった。蜂蜜の監査も合格だ」

「最高評価いただきました!」

 ミカがガッツポーズを取り、トーワが苦笑する。

 そんな何でもない光景が、この店の“いつも通り”だった。


 夜の明かりが安定し、外の通りが静まる。

 《Book Road》は今日もまた、ほどよく騒がしくて、ちょうどいい。

読んでくれてありがとう。

次回は“静かすぎる隣人問題”。

音がしないって、案外いちばん気になるんだ。

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