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異世界漫画喫茶へようこそ!〜今日も珍客がやってくる〜  作者: 影道AIKA


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第002話 理屈屋の昼下がり

昼の《Book Road》は、真面目さとゆるさのど真ん中。

理屈屋エイルと店長トーワの掛け合いで、店はちょうど回る。

昼の《Book Road》は、ちょっとだけざわついてる。

 照明石は昼用の明るさ、外の陽が床に筋をつくって、通路は人がすれ違いやすい幅でキープ。

 トーワはカウンターの中でカップを拭きながら、店の混み具合をワンカットで確認した。


 仕切り付きの席は“埋まりすぎない程度”に人がいる。

 奥の個室は、灯りが二つ。あそこは音が外にもれないから、起きるのも寝るのも自由。

 店の息づかいは、主に通常席から聞こえてくる。ページをめくる音、氷をすくう音、短い笑い声。

 どれも長居のジャマをしない音量で、すぐ空気に溶ける。


「店長、在庫整理、また“中断中”?」

 棚の影から銀緑の髪。エイルが帳簿を抱えて登場。

 白シャツに紺ベスト、眼鏡は額。昼の管理モードだ。


「中断だよ。放置とは違う」

「言い換えただけね」

「はいはい、理屈屋の勝ち」

「認めるの早っ」


 エイルは帳簿をトントン叩く。

「果汁の瓶、一本空。補充、遅れてる」

「夜勤の吸血鬼に任せた」

「ヴァーニア? あの人、“味見”でだいたい一本なくすのよ?」

「俺、気づかないフリしてた」

「フリをやめよう。入口の札は『冷たい飲み物、すぐ出ます』に差し替え。回転、上がる」

「文字は君のほうが綺麗」

「知ってる」


「店長、昨日のブレンドちょうだい」

 カウンター前で昼の常連が手を上げる。

「昨日のは“普通の一杯”だぞ」

「今日も普通で」

「了解。今日の普通は香り軽め、眠くならない仕様」


 カリカリと豆を挽く音。湯が落ちる音は静かめ。

 香りが広がると、何人かが本から顔を上げて、小さく息を吸った。


「はい、今日の“普通”。午後の会議、寝るなら個室で」

「喫茶店の台詞じゃない」

「褒め言葉として受け取っておく」


 笑いがひとつ。すぐ席の背もたれに吸い込まれて、店が少しやわらかくなる。


「毛布の洗濯、回数増えてる」

「ミカ呼ぶ。“ふかふか任務”が好きだ」

「またそれ。……でも効くのよね」


 白金の髪がほうきを抱えて突入。ミカ。

「店長! 任務ください!」

「毛布の洗濯、昼のうちに一巡。乾いたら畳んで、いつもの棚」

「了解! ふかふか任務、開始します!」

「ほんとテンション上がるな」

「ね」


 ミカは羽をたたんだまま駆け抜ける。店内は飛ばない――この店の“空のルール”。

 通路の向こうでは少年が氷をすくい、年配の客が「半分までな」と指で合図。

 仕切りの向こうからはページをめくる音。

 個室の灯りが一つ消え、別の灯りがつく。

 少しずつ動きつつ、全体は落ち着いている。昼の理想形だ。


「黒板、今日のひと言いく?」

「夜の担当が好きなやつだな」

「そう。雰囲気が整うから」


 トーワはチョークを持ち、数秒だけ考えて書く。

『ここは、一息ついてからまた歩ける場所』

「どう?」

「いいね。短くて優しい。『一息』はひらがなで」

「了解。デザイン監修に感謝」


 ドリンクコーナーのほうから、氷の音が少し増えた。

 昼は“喉から動く”ことが多い。補充のタイミングを一段早める。


 そのとき、肩に荷袋の配達員がカウンターへ。

「ここ、昼でも座れます?」

「もちろん。時間制、飲み物は自由。初回は翻訳石サービス」

「助かる……静かに座れる場所、意外と少なくて」

「ここは“逃げ場”だよ。座って、何もしなくていい」

「逃げ場、いい言葉」

「気に入ったらまた来い」


 配達員がうなずき、席へ。

 エイルが横目で店内を観察して、帳簿を閉じた。

「やっぱり昼はバランスいいわね。静かだけど止まってない」

「君の時間だな」

「褒められたので、もう一仕事いきます」


「軽食、今いける?」

「いける。パン二種とスープ」

「“落ち着くセット”二つ。お腹から静まる人、多いから」

「名付けセンス、悪くない」


 パンが焼ける香り。スープは“会話の邪魔をしない温度”。

「はい、昼専用。片方のパン、ちょっと甘い」

「心拍、落ちた気がする」

「それ、店の狙い通り」

ミカが外の物干しで毛布をぱんっと返す。「任務順調!」

「報告書は三行で」

「三行、了解!」


 黒板の下で、客がスマホ……じゃない、魔導端末をそっと伏せて、本へ戻る。

 “ここでは急がなくていい”が、ちゃんと伝わってる。


 カウンターの端で、群青の短髪の男が立ち止まった。

 黒ジャケット、金の目。セリフは少なめ、ドラグ。

「……“次巻、最強”。」

「出た、漫画引用。棚の左、下から三段目だ」

「……“ありがとう、相棒”」

「相棒は本だ。俺じゃない」

 ドラグは親指を立てて、無言で去る。常連の動きはだいたい速い。無駄がない。


 仕切りの向こうから控えめな声。

「店長、これ、続きあります?」

「猫のマークの列、右端」

「ありました。助かります!」

 “助かる”が一つ出ると、空気はちょっと軽くなる。

 そういう店だ。


 配達員がコップを持って通りかかる。

「翻訳石、すごいですね。知らない文字が読める」

「脳がラクする石。使い過ぎると頭が怠けるから、一日一回まで」

「節度、大事」

「うちは休む店だけど、休み方も練習だ」

「また来ます」

「待ってる」


 エイルが黒板を見上げて、ニッと笑う。

「“一息ついてからまた歩ける場所”。これ、夜の前口上にも使える」

「ミカに暗唱させるか」

「二回で覚えたらご褒美」

「“任務完了プリン”」

「甘やかし担当、店長」

「夜の甘さは昼に仕込むものだ」


 窓際の席で、雑誌を閉じた女性が伸びをする。

 隣の席の若者は、読み終えた本をそっと戻して、別の一冊へ。

 通路は詰まらず、立ち上がる人と座る人のリズムがぶつからない。

 この“ぶつからない感じ”を維持するのが、昼の仕事の半分。


「在庫、並べ替え再開する?」

「する。けど途中で中断するかも」

「つまり、またほったらかす」

「“臨機応変”とも言う」

「便利な言葉ね」

 やり取りに、近い席の客が小さく笑う。

 笑いは椅子の背でほどけ、静かに広がる。


 奥の個室が静かに開いて、地図を抱えた青年が出てくる。手には薄い一冊。

「これ、何も起きない話でした」

「良かったろ?」

「はい。自分が何もしなくても、世界が回ってる感じがして」

「感じが先に整うと、動きはあとからついてくる」

「不思議ですね」

「店はだいたい不思議で回る」

 青年は笑って会計を済ませ、「また来ます」と扉へ向かう。

 チリン、と鈴。入れ替わりに、学舎帰りの二人が入ってくる。

 片方は棚へ一直線。もう片方は氷に目を輝かせ、「冷たいの最高」と小声。

 隣の年配が指で“半分まで”のサイン。

 声を張らない配慮が、この店の温度を守る。


「蜂蜜の瓶、一つで足りる?」とエイル。

「足りる。代わりに湯の温度は一度上げとく」

「了解。ヴァーニア、喜ぶわね」

「ジュースは控えてくれれば、もっと喜ぶ」

「それは難題」


 外の光が少し傾いて、照明石が自動で明るさを上げる。

 ミカが干した毛布を抱えて戻り、「ふかふか度、良好!」

「任務、完了報告?」

「まだ続行中です!」

「元気でよろしい」


 トーワは在庫棚へ移動し、瓶の口を拭いてラベルを揃える。

 エイルはパンの残数を見て、注文用紙にさらりと書き足す。

 ドラグは“次巻、最強”を胸に、寡黙にページをめくる。

 誰もせかされず、誰も置いていかれない。

 それが昼の《Book Road》の正解だ。


「昼も、悪くない」

「でしょ」エイルが笑う。「真面目さとゆるさの、ちょうど真ん中」

「そして夜の甘さの準備時間」

「黒板の言葉、そのまま夜の口上に回す?」

「回す。――あ、鈴」


 チリン。

 夜の少し手前の光を背に、新しい客が入ってくる。

 黒板の文字が夕方の色で少し濃く見えた。

 ここは、一息ついてからまた歩ける場所。

 《Book Road》の一日は、今日も静かに、でもちゃんと前へ進んでいく。

読んでくれてありがとう。

昼で整えた空気は、夜の一杯をおいしくする。


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