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第6話『……君たちは、信じてくれるのか』

もう二度と肝試しなんてやるまい。恐怖を感じるものには近づくまいと思っていたのだが、どうも僕から行かなくても向こうから来るという事はある様だった。


なんだか最近家に帰ると妙な気配を感じるのだ。


それだけじゃない。


より注意深く家の中を観察していると、物の位置が変わっていたり、明らかに僕とは長さの違う髪が風呂場に落ちていたり、消して出たはずの家の灯りが点いていたり。


よくよく考えれば前から似たような事は何度も起こっていたのだ。


ただ僕が忘れていただけだろうと流したり、気のせいだろうと何もしなかっただけだ。


しかし、気づいてしまった。


そして気づいてしまった事が、おそらくこの怪現象の相手にも気づかれてしまったのだろう。


深夜。草木も眠る丑三つ時。奴が僕の前に姿を現したのだ。


ふと夜中に布団の中に入っているにも関わらず、寒気を感じて目を覚ました時、顔の目の前に女の様な何かが居て、僕の顔を覗き込んでいたのだ。


思わず上げそうになった悲鳴は飲み込まれ、僕は逃げ出そうとしたが、体は動かず、クスクスと笑うソイツと長時間見つめ合う事になった。


僕の中では永遠に等しい時間を味わい、そいつはまた来ると言い残して消えていった。


ようやく解放された僕は、布団から飛び起きて、深夜だというのに近くに住んでいる古谷に助けを求めるのだった。


「鈴木君!! 大丈夫か!?」


「鈴木君!? 無事!?」


「あぁ、君たち、二人で居たのか……。すまないな。邪魔をして」


「ななな、なにを言っているんだ鈴木君」


「確かに良い雰囲気だったけど。それどころじゃないでしょ。何があったの?」


「藤崎さん!?」


「すまない。実は……その、信じてもらえるか分からないんだが。実は、幽霊を見てね。いや、笑ってくれ。こんな事で呼び出すなんてどうかしていたな」


「幽霊ってどんな奴だったの? 落ち武者みたいなの?」


「いや、女だった。でも多分そんな昔の奴じゃないと思う」


「そうか。でも鈴木君が怖がるくらいだし、よっぽと危険な幽霊かもしれないね」


「映画で有名になってる奴みたいのじゃない? 鈴木君。最近井戸が映ってる変なビデオ見たりとか、呪いの家に行ったりとかしてない?」


「……君たちは、信じてくれるのか」


「当たり前だろ」


「そうそう。鈴木君が意味も無く嘘なんか言わないもんね。信じるよ」


「そうか……」


僕は先ほどまで感じていた恐怖が強い安心感に変わって、思わず涙を流してしまった。


そんな僕を笑うでもなく、藤崎さんは優しく抱きしめてくれるのだった。


その体温が温かく、正直古谷が居なければ惚れていたかもしれない。


しかし僕は友の想い人に手を出すような鬼畜ではないのだ。生まれかけた思いは踏み消した。


「すまなかった。落ち着いたよ。ありがとう。とりあえずそのビデオやら呪いの家やらに行った事はない。ただ、ちょっと前に危険だっていう廃病院には行ったんだ」


「もー。なんでそういう危険な所に行くのかなぁー。信じられないよ。お母さんプンプンですよ!」


「まぁ一緒に行った人が幽霊が視える人で、とにかくその人と一緒に居れば安全って話だった。実際そこでは色々あったけど、危険な事も無かったしね。その人曰く何かが憑いてくるって事も無かったし、そこの霊と縁が出来るって事も無かったらしい。それに……」


「それに?」


「多分だけど、変な事はそこに行く前から起こってたんだよ。ただ僕が気づかなかっただけで、それで、そういう場所に行った事で僕がソイツの存在に気づいてしまったから、出てきたんじゃないかって」


「うわー。ずっと幽霊と同居してたって事か」


「ほら見ろ。俺も佐々木も安いからって選ぶのは良くないって言ったぞ」


「面目ない」


「とにかく。このままって訳にもいかないし。どうする? 家に来るか?」


「古谷君の家だと部屋数多くないし、家ならどうかな? 余ってる部屋いくつかあるよ」


「いや、流石にそこまで甘えられないよ。朝になったら神社なり、お寺なりに行って相談する」


「うーん。でも、別にそういう所に居るからって幽霊が対処できるかって言うとまた別の話じゃないかな?」


「それは、そうかもしれないけど」


「ならさ。廃病院に一緒に行ったっていう人に相談すれば良いじゃない。その人が居れば危険な場所も大丈夫だったんでしょ? 何とかしてくれるんじゃないかな」


「いや! 東篠院さんにそこまで迷惑を掛ける訳には」


「この感じ……女か」


「なっ」


「しかも年上で元々親しかったタイプかな」


「藤崎さん……君はエスパーか?」


「そのくらい分かるよ。女の勘って奴」


「恐ろしいな」


「そーだよー。浮気とかもすぐに分かるからね。気を付けた方が良いよ。てかしない方がいいよ」


「するか! というよりも僕に恋人はいない」


「あら。そうなんだ。鈴木君ってば格好いいのにね」


「そういうのは良いから」


「ふふ。照れてるんだ。可愛いね」


「えぇい! 僕の事は良い。とにかくだ。確かにこのまま放置するのは嫌な予感がするし。神社やお寺も困るだろう。そう考えると東篠院さんに相談するのが適任だ。明日行く! それで良いな?」


「良いと思うよ」


「じゃ、とりあえず今日は古谷君の家に行こうか。良い? 古谷君」


「あぁ。構わないよ。狭いけど」


「いや、助かる。じゃあ少し待ってくれ。明日の準備をするから」


「うん」


それから僕は服を着替え、鞄に図書館へ返す本やら何やらを詰め込んで、家を出た。


そして古谷の家にお邪魔して、先ほどまで映画パーティーをしていたという古谷の家に転がり込んだのである。


明日が休日で良かったとこんな状況ながら思うのであった。


まぁ運は少しも良くないのだけれど。




そんなこんなでいくつかの映画を見ながら夜を明かし、図書館の開く時間になってから僕は古谷と共に図書館へと向かった。


そして今日も今日とて人がおらず暇そうにしていた東篠院さんを見つけると、早速話しかけるのだった。


「東篠院さん」


「あら。鈴木さん。今日は朝早いですね。おはようございます」


「おはようございます。少し相談したい事がありまして」


「相談、ですか? 何か本をお探しという事でしょうか」


「いえ。幽霊に関する事で」


「……っ! 聞きましょう」


東篠院さんは幽霊と言った瞬間に顔つきが変わり、同じ司書の方に話をして、僕と古谷を奥の部屋に案内してくれた。


そして頂いたお茶を一口飲んでから、昨晩の話をする。


「……そうですか。それは大変でしたね。しかし、厄介な事になりましたね」


「そんなに危険な幽霊なんですか?」


「いえ。厄介オタクの中でも認知厨のウザさは異常ですから。推しに迷惑を掛けるなんて。何考えているんでしょうか」


「えっと?」


「大丈夫です。問題ありません。今すぐにでも解決しましょう。その女に会ったのは鈴木さんの家で間違いないですね?」


「はい」


「では、すぐに向かいましょう。他意はありません。その女を消し去る為に必要な事です。だから仕方ないのです」


「は、はぁ。よく分かりませんが、ありがとうございます」


「ちなみに。行く前に一つ確認したい事があるのですが」


「はい。なんでしょうか」


「そちらの方は」


「あぁ。そういえば紹介してなかったですね。古谷淳史。僕の幼馴染みたいな奴です」


「よろしくお願いしますね」


「東篠院詩織です。鈴木さんとはよくお話させていただいております」


眼鏡を布で拭き、鋭い目線で僕らを見ると東篠院さんはすぐさま立ち上がった。


そして同僚の人に話しかけるとそのまま図書館を出て、僕の家へ向かう。


「あの、司書さんの仕事は良いんですか?」


「まぁ、そうですね。こっちの仕事は趣味みたいなもので、本職は別にありますから。あの図書館の人もみんな関係者ばかりですし」


「関係者……?」


「霊媒師とでも言えば分かりやすいですかね。知り合いには超常現象探偵事務所なんてやってる人も居ますけど。内容としては同じですよ。普通の人には対処できない事を対処するのが私たちの仕事です」


そう言って、お札を構えながら笑う東篠院さんは格好良くて、思わず見惚れてしまう様だった。


ボーっとしてしまった僕を古谷か小突いてくれて、意識を取り戻した僕は東篠院さんを自宅へ案内する為に歩き出した。




図書館からそれほど歩かずに、僕の住んでいるアパートは存在しており、その二階に僕の部屋はあった。


「ここです。鍵、開けますよ」


昨日の事もあり、何か異常があったら嫌だなと思いながら、玄関を開くが……特に異常はない。


慎重に家の中に入るが、何処を見てもおかしな所は無かった。


気のせいだったのだろうかと思っていると、東篠院さんが眼鏡を拭き、掛け直してから真剣な眼差しで部屋を見渡す。


そして、アッというと僕の部屋に飾ってあったユニフォームを見て、それに触れない様にしながらプルプルと震え出した。


「こ、こここれは」


「あぁ、それは全中で優勝した時にノリでサイン書いた奴ですね。チームメイト全員分ありますよ」


「懐かしいなぁ。あ。俺のサイン。こっちは佐々木君で、これは大野先輩、こっちは立花先輩か」


「後十年くらいしたらみんなの前で公開してやるから。覚悟しとけ」


「それはキツイ! 書き直そうかな。字汚いし」


「自分だけズルいぞ! 古谷! 大人しく受け入れろ!」


なんて古谷とわちゃわちゃしてたら、東篠院さんがユニフォームに手を合わせているのが見えた。


もしかして、これが呪いの品だったりするのだろうか。


呪いの品って燃やしたりするんだろうし、燃やすのは嫌だなぁ。


「やっぱり燃やさないと駄目ですか?」


「燃やす!!!? この至宝をですか!!? なぜ!?」


「いや、怪現象が起こる原因なのかなと思いまして」


「……あぁ、そういう事ですか。まぁ、確かに原因と言えば原因ですが、悪いのはあくまで幽霊です。燃やす必要はありません。大丈夫。この宝物は専門の業者に依頼して保管し、千年先でも拝見出来る様にご神殿に安置しなくては」


「落ち着いてください。これはどこにでもある服ですから」


「何を仰いますか! 私が知る限り唯一無二ですよ! これは! 特に立花選手は既に引退されており、二度とこういう形ではサインされませんし、皆さんもそれぞれ別のチームに所属されるでしょうから、これはまさに奇跡の……! と、失礼しました」


「いや、大分詳しいんですね。野球好きなんですか?」


「まぁ、そうですね。多少は」


「それは良かった。野球が好きな人が増えると嬉しいですよ。僕も」


「あ、ははは。そうですね。私も好きな人に会えて嬉しいです」


何だか妙な空気になってしまい、僕は話題を微妙に変えようと、今思いついた話をする。


「ま、まぁ確かに貴重な品って言えば貴重な品だよな。売ったらいい値段するかも「売る!!!!??」な?」


「売る!!? 鈴木さん!! お金に困っているのですか!!? いくらご用意すれば良いでしょうか。これは鈴木さんが所持しているからこそ価値のあるものでっ!!」


「分かりました。分かりましたから。落ち着いてください。冗談ですから」


「そ、そうですか。それは良かったです」


東篠院さんは真剣そのものという顔で僕に訴えた後、ややしてから落ち着きを取り戻したのか幽霊について調べると言い家の中を探し回る事になった。


しかし東篠院さん曰く、かつてここに悪質な何かが居た事は確かだけど、今は居ないという物だった。


もしかしたら建物に憑いている訳ではなく、偶然ここに来ただけかもと。


「でもそうなると困りますね。どうすれば良いか」


「そういう事でしたら、こちらのお札をお渡ししておきますね」


「これは、身を守ってくれる的な御守りですか?」


「いえ。これは転移札。別の札と対になってまして、そちらを持った方を呼び出す事が出来ます。どうぞ信頼できる方にお渡しください。1枚は私が持っていますね」


「ちなみに呼び出したとして、帰るときはどうすれば……?」


「対の札に念じれば元の場所に戻れます」


「へぇー便利。じゃあとりあえず古谷。後、これ藤崎さんに渡しておいて」


「ん? 俺は分かるけど藤崎さんにも?」


「いやだってこれ使えば二人が何か危ない目に遭っても、僕の所に呼び出せるんだろ? なら持っておいて損はないだろ」


「確かに」


「後は信頼できる人に渡しておきます」


「はい。私の電話番号はお伝えしておきますが、連絡が付かない時は信頼できる方……の中でもより魂の強い方を呼ばれますと良いかと思います」


「魂の強い人、か」


僕は二人の頼りになる先輩を思い出しながら強く頷くのだった。

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