第5話『あの三階の、窓の所。光が』
多田さんの車は国道を走り抜け、やがて人の少ない道に入り、山道に入った。
そして入り組んだ道を走り抜けて、僕達はある建物の前にたどり着くのだった。
「山奥の廃病院。なんて定番中の定番みたいな場所だけどさ。ここは大分ヤバいね」
「多田さんも、見えるんですか?」
「まぁ、東篠院君ほどハッキリは見えないけどね。何となくさ」
「二人とも。私から離れないで下さい。もう囲まれています」
「え」
僕は驚愕に顔を凍り付かせながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
しかし、何の姿も見えない。
ただ、生暖かく背筋が寒くなる様な風が吹いているだけだ。
「話には聞いていましたが、ここは駄目ですね」
「やっぱりか。そうだろうなとは思ったけどさ。この分じゃ依頼も駄目かもな」
「依頼、ですか?」
「そ。この場所に肝試しに来た子たちが行方不明になってね。今日はその子らを探しに来たんだよ」
僕は返事を返しながら視線を動かしていると、視界の端に何かが動いた気配がしてそちらに視線を向けた。
廃病院のおそらくは三階にある窓の所にキラリと光る何かが見えたのだ。
「あれ。もしかして、その行方不明になったって人ですか?」
「ん? どこだい?」
「あの三階の、窓の所。光が」
「あぁ。どうやらそうみたいだけど。東篠院君?」
「もう向こう側の住人ですね」
「そっか。それは残念。なら、諦めて帰るかい?」
「いえ。今日は鈴木さんに危ない場所を教えるという目的もありますし、そのまま奥へ行きましょうか」
「あいあい」
多田さんと東篠院さんは二人で話をしながら奥へ進む準備をしていた。
足元は大分草木が育っており、歩くのも大変そうで、おそらくはその草木をどかす為の道具を用意しているのだろう。
それからさほど時間は掛からず準備が終わった二人と共に僕は廃病院を目指す事になった。
「しつこいようですが、私から絶対に離れない様に」
「はい」
「わかってるよぉ」
一番前に東篠院さん、そしてその次に僕、最後に多田さんだ。
心臓がドクドクと早くも高鳴り始めているのだった。
そして僕らは病院の中に入り、とりあえず三階を目指す事になったのだが、一階に入った時点で既に異常は発生していた。
階段を上がろうとした僕の耳に何か金属を擦り合わせる様な音が聞こえてきたのだ。
何かあるのかと廊下の向こうを見てみれば、そこには無人のまま動いている車いすがあった。
まともじゃない。
明らかに異常事態だ。
風で動くにしたってもっと微かに動くハズだ。
しかし、車いすはどう見ても人が動かしている様にしか見えない。
無論その動かしている人間は見えない訳だが。
僕はその車いすの異常さを理解してすぐに視線を逸らした。
おそらく見てはいけない類のものだ。アレは。
「よい判断ですね。おそらく多田さんの言っていた肝試しに来た一人はアレに乗せられて、連れ去られた様ですよ」
最悪の情報だった。
特に聞いてない。
だが、今回東篠院さんは僕に恐怖を教える為にここへ来たと言っていた。
つまり、これからもこういう事が続くという事だ。
早速だが、僕はもう帰りたくなっていた。
だがしかし。僕一人でここから逃げる事は難しいだろう。
つまり進むしかないのだ。
デッドオアゴー。進む先が地獄であろうとも、僕は進む以外の選択肢を用意されていない。
そして僕は二階へと進んでいった。
「んー。駄目だなこりゃ。完全に潰れてる」
「という事は三階へは行けないという事ですか?」
「んー。ちょい待ち」
二階へと上がった僕達だけど、そこからさらに上へあがる為の階段には多くの椅子や机や機材が積み上げられていて、それをどかさない限り先へ進むのは出来ない状態だった。
それを安堵するが、落ち着いたのも一瞬の事で、廊下の向こう側にあるという階段へと向かう事が決まってしまう。
最悪である。
そして嫌な気持ちを引きずったまま廊下を歩いていた僕だったが、奇妙な事に気づき、二人に合図をして足を止めた。
すると、止まった僕達よりも少し遅れて止まる音。
恐らくは一階で見たような車イスを動かしている様な音が周囲に響き渡っている。
しかし妙なのはそんなものはどこにも無いという事だ。
ならば一階かと思ったが、別の階から聞こえる訳が無いと首を振る。
だが、そうなると音の正体は謎なのだが、その疑問は東篠院さんが答えてくれた。
「どうやら上の階に何かがいる様ですね。おそらくは一階で見た者と似た者でしょう」
「どうします?」
「ここまで来た以上引き返す選択は無いでしょう」
「そうだねぇ」
僕は特に言葉を発する気もなく、ただ二人の意見に頷いた。
そして廊下を歩き、相変わらず上の階から聞こえてくる音を気にしないようにしながら、反対側の階段までたどり着いた。
地獄の様な道のりであったが、遂にあの最初に見た何かの所へ向かうのだ。
ワクワクするだろうか。いや、今感じているのは恐怖だけだ。
しかし、ここまで来た以上進むしかないのは僕にもよく分かっていた。
階段を一歩一歩と重くなる足取りで上がりながら、遂に三階へたどり着いた僕達だったが、やはりというかそこには誰も居なかった。
当然と言えば当然だ。誰かが居るのなら声がするだろうし、こちらの声に反応位するだろう。
だが、そんな事は何もなかったし、こうして周囲を見渡してみても、何もありはしない。
ただ……。
『ねぇ』
「ん?」
「どうした? 鈴木君」
「いえ。今何か声が聞こえたような。多分気のせいですけど」
「気のせいじゃありませんよ。確かにすぐそこに居ます」
僕は東篠院さんのその言葉に急いでその場を離れ、東篠院さんのすぐ傍に移動した。
そして東篠院さんの手を握りながら、何もいない空間を睨みつける。
「す、すすす、鈴木さん!?」
「あ。申し訳ない。ちょっと怖すぎて」
「い、いえ。大丈夫ですよ。私は大人ですからね!?」
「助かります」
僕はいい加減恐怖を抑えるのも限界になり、ギュっと東篠院さんの手を握り締めて、ジッと暗い場所を睨みつけた。
東篠院さんは先ほどから一切動くことは無くなって、もしかしたらここに何か用事があるのかもしれないと、東篠院さんにも意識を向ける。
しかし、どれだけ経っても東篠院さんは動き出す事はなかった。
「東篠院さん?」
「はっ! だ、大丈夫! 大丈夫ですよ! 私は!」
未だかつてこれほど不安な大丈夫を聞いたことがあっただろうか。
ただただ不安である。
しかし、東篠院さんに頼るしかない以上、僕はそのまま東篠院さんの手を決して離さない様に強く繋ぐのだった。
それからどれくらい経っただろうか。不意に多田さんが溜息を吐いて、僕の手を握り東篠院さんから引き離した。
僕は動揺し、多田さんに抗議の目を送るが、それ以上に東篠院さんの動揺が激しい。
「なっ、多田さん!? 何をするんですか!」
「それはこっちのセリフだ。いつまで遊んでいるつもりだ? 東篠院詩織」
「う、ぐっ」
「遺留品も見つけた。最期の現場はおそらくここだろう。用が済んだならさっさと離脱するぞ」
「分かってますよ。さ、行きますよ!」
「帰りはしっかり頼むぞ」
「分かってますってば!」
そんなこんなで不思議体験の夜は終わったのだった。
家に着いても、まだ物陰に何か居るかもしれないという恐怖が染みつき、その日は中々眠る事が出来なかった。
しかし僕はこの夜の体験のお陰か、もう二度と肝試しをやろうなんて考える事は無くなったのである。




