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第4話『肝試し、とかか』

大変残念な事だが、デート作戦は失敗に終わった。


僕は借りた本を返す為に図書館へ来て、ついでにノートに前回の失敗点を書きながら、次回の作戦について考えていた。


失敗の原因を挙げるなら、紗理奈ちゃんや古谷に時間を与えてしまった事が全ての原因だ。


あの二人が介入できない程の速攻で話を進めるしかない。


しかし、よくよく考えてみれば、紗理奈ちゃんが居ない時間には古谷が近くにいて、古谷が居ない時間には紗理奈ちゃんが近くに居るのだ。


二人とも居ない時間など夜遅い時間くらいだろう。


だが、そんな時間に電話をするのは失礼だし、どの道そのまま連れ出すという事も難しいだろう。


深夜に仲の良い女の子を家の外に連れ出すなんて、下心がありますよ。と言っている様なものだ。


ものなのだが、藤崎さんに関してはそれも良いかと思えた。


危機感を芽生えさせるという目的と、古谷を煽るという目的の両方が達成できるのだ。


そうなると……。


「肝試し、とかか」


「それは止めた方が良いと思いますよ」


「うわっ!?」


「あっ、ごめんなさい。急に話しかけちゃって」


「い、いえ。大丈夫です。少し驚いただけなので」


僕はすぐ後ろからの声に驚き椅子から立ち上がったが、そこに立っていたのが東篠院さんだと知り、少しだけ落ち着いた。


とは言っても、まだ心臓は早鐘の様に鳴り響いているが。


「ところで鈴木さん。先ほど、悪いお話が聞こえてきましたが」


「あぁ。肝試しですか?」


「そうです。肝試しです。危ないので、幽霊が出るような場所に行くのは良くないですよ」


「あ、はい。気を付けますね」


東篠院さんは流石大人の女性らしく落ち着いた雰囲気のまま真面目な顔でそう告げた。


眼鏡をクイっと上げる仕草は、何だか格好よく、知的に見えるのだった。


しかしまぁ見た目通り真面目な性格の持ち主である東篠院さんの前で肝試しと口にしたのは、気づいていなかったとはいえ、失敗だったなと反省する。


行くにしても、あまり触れ回るべきじゃない。


「む。鈴木さん。もしや、まだ行こうと考えていますね?」


「いや……それは」


「嘘を吐いても分かりますよ。鈴木さんの守護霊もそう言っています」


「しゅごれい?」


「あっ」


東篠院さんは露骨にしまったという顔をして、僕から視線を逸らした。


今、何か凄く珍しい言葉を聞いたような気がする。


「今、守護霊って言いました?」


「言ってないです」


「もしかして、東篠院さんは幽霊が見える人なんですか?」


「何も見えませんよ! 気のせいです!」


「そうか。幽霊が見える人なのか」


「鈴木さん!?」


「なんでしょうか」


「あ、いえ……その。もし仮に、ですよ。仮に私が……その、幽霊が見えるとして、鈴木さんは、どうしますか?」


「どうすると言われましても。特に何も無いですが」


「いや、だって気持ち悪いじゃないですか!! 人に見えない者が見えるなんて、それに、そういう風な事を言って、気を惹こうとしているかもしれないですし」


「うーん。別に幽霊が見えても、おかしな事なんて何もないと思いますけど」


「え?」


「僕のライバルに佐々木和樹って奴が居るんですけど。佐々木の投げる球は冗談みたいに、こうグーンと曲がるんですよ。信じられます? 別にこれ、手品でも何でもないんですよ。ただ佐々木の才能があって、それが出来てるだけなんです」


「……えっと」


「後、僕の中で今でも信じられない様な事があって、立花光佑先輩って人が居るんですけど。あの人、本当にとんでもないバッターなんですよ。何がとんでもないって、あの人は来る球、来る球ぜーんぶホームランにしちゃうんですよ。信じられます? 僕は今でも信じがたいですけど、酷い時なんて敬遠した球をホームランにしてましたからね。もう人間辞めてますね。あの人は」


「え、え?」


「そういう人たちだって世界には居るんですよ。それに比べたら東篠院さんの幽霊が見えるって事も普通の事だと思いませんか? 何せあの人らは世界の常識とかどっかに放り捨ててる感じですけど、東篠院さんはただちょっと不思議な物が見える。それだけですよね。それは髪の色が違うとか、瞳の色が違うとか肌の色が違うとか。その程度の違いでしかないって僕は思いますよ」


「……鈴木さん。ありがとうございます」


「いえいえ。という訳で、僕はこれで」


僕はさっさと荷物をまとめて図書館を出ていこうとした。


しかし、東篠院さんがそんな僕の腕を掴んでしまったために、僕は逃げ出す事が出来ないのであった。


「あの? 東篠院さん?」


「先ほどのお話。とても嬉しかったです。ですが、それはそれ。これはこれです」


「あー。見逃してはくれませんか」


「はい。危険な場所へ行くなんて私は絶対に認められません。危険な場所と呼ばれるにはそれ相応の理由があるんです」


「でも、そんな危ない噂のない心霊スポットとかなら」


「駄目です。愛情も憎しみも、喜びも怒りも、その全ては感情から生まれる物です。人の思いが集まればそれは良い事も悪い事も起こせるのです。夜はマイナスの感情を集める危険な世界です。出来る事なら出歩かない事をお勧めします」


「しかし」


「……分かりました。ご理解を頂けない様なら、貴方を夜の世界にご案内します。足を踏み外した世界を間近で見て、感じて、そして覚えて下さい。人が入ってはいけない世界を」


怖い顔で東篠院さんはそう言うと、僕の手を離して、夜になったら図書館にまた来てくださいと言った。


その言葉には逆らい難い強さがあり、僕は嫌な気持ちを引きずったまま夜遅くに出かけ、図書館前へと向かうのだった。




図書館前に着いた僕を待っていたのは東篠院さんとそれなりに年を取ったオジサンだった。


心霊関係の取材をしている人で、多田さんと名乗った。


東篠院さんとの関係は仕事上のお付き合いという事らしいが、やはり幽霊が見えるから雑誌とかに協力しているという事だろうか。


危ない場所への取材で見つけるのが仕事とか。


「ハハハ。違う違う。俺は確かに心霊関係の雑誌で記事を書いてるがね。本当に危険な場所は載せない様にしているんだ。東篠院君にはその線引きをお願いしてるって訳」


「え。そうなんですか?」


「まぁ君くらいの子には信じがたい事かもしれないけどね。人は不思議なもので、『命の危険があります』なんて言われると行ってみたくなる生き物なのさ」


「愚かな事だと思います」


「まぁ視える東篠院君にとってはそうだろうね。でもさ。現代に生きる人間は危機感って奴を無くしてる奴も多いんだ。何だかんだと人間の住む場所に危険は無いからね。怖いのは自分たち人間だなんて言い始める始末さ。本当に恐ろしい物から目を逸らしてね」


「本当に恐ろしいもの……」


「その様子じゃあ、君にも恐ろしい物はあるみたいだね。それは良い事だ。恐怖は危険を遠ざける。その感覚は捨てない方が良い」


「……はい」


「大丈夫ですよ。今日は私が守りますから」


「ん? なんだ。そういう事か。東篠院君が前から言っていた子は君か」


「ちょっと! 多田さん!?」


「あぁ、悪い悪い。世間話もこれくらいにして、行こうか?」


僕は夜だというのにサングラスを掛けて、運転席に座る多田さんに心霊とは違った意味で恐怖を感じながら後部座席に座る。


すぐ横には東篠院さんも乗り込んで、バッグの中を確認していた。


そして僕達がシートベルトをした事を確認して、車は緩やかに走り出すのだった。

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