第1話『何かこう、恋人同士のイチャイチャとかしたい。』
野球選手としてプロではなく、大学進学を決めた事に大した理由はない。
両親からプロになる前に大学生という時間を過ごす事も大切だと聞いたからだ。
バイトという物もやってみたかったし、合コンという物も参加してみたかった。
何より、彼女を作りたかったというのが本音だ。
何せ、僕と同じ様に野球に人生捧げてきたハズの佐々木が紗理奈ちゃんと付き合い始めており、古谷も藤崎さんと良い感じらしい。
大野先輩に至っては高校時代から既に千歳先輩と付き合っていたというし。
僕だってという気持ちが無いわけでも無い。
むしろある。彼女欲しい。
何かこう、恋人同士のイチャイチャとかしたい。
という訳で、僕は大学の友人に誘われ、合コンとやらに足を運んでいた。
そして、遅れているという女の子の到着を待ちながら、僕は大学で知り合った友たちと共に作戦会議をするのだ。
「で? 今回のメンバーはどうなんだよ。先崎」
「今回は凄いぞ。東泉女子大の可愛い子が来るらしい」
「マジかよ!! 東泉かぁ。お嬢様が多い所だろ」
「詳しいな」
「あたぼうよ。こちとら彼女作るのに命かけてるからな」
なんて、盛り上がる仲間たちの声を聴きながら僕は何となく、聞いたことある名前だなぁと考えていた。
そして、その理由を思い出すよりも前に、女の子たちが来た事で、何故僕がこの学校の名前を知っていたのか思い出した。
「遅れましたぁ」
「いやいや! 全然待ってないよ!」
きゃぴきゃぴと甲高い声を出しながら、入ってきた女の子とその後ろに続いてくる女の子四人の中に、やたら見知った顔を二つ。僕は見つけてしまう。
「あ。鈴木」
「あら。本当。こんな所で偶然だね。鈴木君」
「君たちは! 紗理奈ちゃん! に、藤崎さん!?」
「私の事は綾乃って呼んでいいよって言ってるのに」
「いや、僕が先にそんな呼び方したら殺されるから」
あぁ見えて古谷は結構怖いのだ。
きっと怒鳴りはしないだろうが、笑顔のまま無言で威圧してくることだろう。
「うん?」
「まぁ、藤崎さんは知らなくても良い事だから」
「そ。じゃあ良いや。ところで、鈴木君はここで何やってるの?」
「そら、合コン……って、いや! 二人こそ何やってるの!?」
「へっへっへー。それがさー。今日は先輩方がご飯奢ってくれるっていうんで、私も紗理奈ちゃんも付いてきたんだよ」
「私は別に来たくなかった」
「んもー。そんな事ばっかり言ってるから。大学で私以外話す人居ないんでしょー?」
「んにゅ。んにゅ。別に、いらない。あやのんだけで良い」
「やれやれ。困ったお嬢さんだ! という訳でさ。少しは人に慣れてもらおうと思って、連れてきたって訳」
藤崎さんは紗理奈ちゃんの頬を手のひらで転がしながらアハハと笑う。
笑い事ではない。
おそらくこの二人はこの集まりが合コンだと知らないのだ。
知っていたとすれば、きっと佐々木や古谷が許さないだろう。
つまりはそういう事だ。
「お、おい。鈴木。なんだよ。とんでもなく可愛い子達じゃないか。紹介しろ」
「断る。そんな事をしたら僕の明日が危うい。帰るよ。二人とも」
「え? いや、まだご飯食べてないんだけど」
「そういう問題じゃない! これは」
「鈴木! この席は予約してるんだ。今更人数を減らされるのは困るぞ」
「そうだそうだ! 独り占めするな!」
「いや、だから」
「お前が二人を連れて行ったら三人分のキャンセル料を払わないといけない。その覚悟がお前にあるのか!? 鈴木!」
「っ、しょうがないな。三人分だろ」
「待って。よく状況は分からないけど、別に食事をしていっても困る事ないし。必要のないお金は払わなくても良いよ。ね? 先輩。えっと、鈴木君のお友達さん。私たちが参加する分には誰も困らないんですよね?」
「勿論!」
「先崎です! 問題ありませんよ!」
「ほら。ならさ。気にしなくても良いよ」
何も分からずにそう言って笑う藤崎さんに僕は何も言えないまま座る。
いや、まぁ確かに冷静に考えれば大したことはない。
ただ一緒にご飯を食べて、話をして、帰るだけだ。
大丈夫。
僕は一瞬たりとも二人から目を離す事は出来ないだろうけど。
大丈夫だ。
「じゃあ、今日出会えた事に感謝して、乾杯!!」
僕は楽しみにしていた合コンが終わっていくのを感じながら開始の合図に合わせるのだった。
「へぇー。藤崎綾乃ちゃんと千歳紗理奈ちゃんね。覚えたよ。俺は先崎。今回のイベントの主催者さ! 館林大学二年! よろしく!」
「よろしくお願いしますねー」
「ん」
「ところでさー。二人はなんかモデルとかやってるの? すっごく可愛いから驚いちゃった」
「そう思うでしょ? そう。紗理奈ちゃんは凄く可愛いんですよ。でも恥ずかしがりやさんだから、モデルとか興味ないもんねー?」
「うん。ない」
「ほらー。可愛いでしょー」
実に楽しそうに盛り上がっている合コンであるが、友たちの視線はやはり二人に向いている。
そら、こんなに可愛い女の子が気さくに話してくれるのだ。女の子に飢えているのなら当然飛び込むだろう。
「二人は仲良いんだね」
「高校の時からの親友だもんねー。あ。そうだ。聞いてくださいよ。紗理奈ちゃんってば志望校を選ぶときー」
「あやのん。その話は駄目」
「えー。駄目なのー?あの時の紗理奈ちゃん。 可愛かったのになぁー」
「駄目。恥ずかしい」
「なになに聞きたいなぁ」
「だって、紗理奈ちゃん」
「駄目」
「あら残念。駄目だそうです。また今度。機会があればですねー」
「そんな機会、ない」
おそらくは以前、佐々木から聞いた話だろう。
紗理奈ちゃんが大学を選ぶ際に、藤崎さんと同じ大学が良いと考えてて、何とか藤崎さんの志望校を聞こうとしていた話。
まぁ佐々木も藤崎さんが居れば紗理奈ちゃんも大丈夫だろうと協力していたらしいが、紗理奈ちゃんからすればあまり話したい事では無いんだろうな。
藤崎さんにバレない様に志望校を探っていた動きがバレバレで、遊ばれていた話なんて。
「もー。紗理奈ちゃんも、もっと人と話をしないと駄目だよ」
「分かった」
「はい。良い子良い子」
「じゃあ、あやのん。明日は何時から行く?」
「いや私とかーい! まぁ一限からだから、いつもの時間だよ」
「わかった。じゃあ、待ってる」
「うん」
「……おわり」
「ちょっとちょっと。紗理奈さん? 私とだけ話してても、人と接する力は付かないよ」
「……なら、鈴木」
「僕か。なんだい?」
「佐々木は今日、どうだった?」
「どうって言われてもなぁ。いつも通りだよ。騒がしくて、アホみたいに曲がってたな」
「元気だった?」
「あぁ。それはもう元気だったよ」
「なら、良かった」
「うん」
「……おわり。もう良い? あやのん」
「いやいや。私も鈴木君もよく話をする人でしょ。ほら。知らない人とも話そ?」
「話す事、ない」
「ほら、ご趣味はー。とか。休日何してるのー? とかさ」
「あやのんの、ご趣味は?」
「私は映画観賞かな。最近の映画は面白いのも多くて……って、私とじゃないって」
「映画。私もちょっと興味ある、から。こんど、いこ?」
「んー! 行こう行こう! 一緒に見よう! そうだ! ちょっと高いけどさ。カップルシートっていうのがあるんだ。それで見ようよ」
「うん。いいよ」
「ありがとー。一番のオススメ映画探しておくから!」
「うん。たのしみ」
二人は実に楽しそうに会話をしており、口を挟む隙間が無い。
男たちはそんな二人の間に入る事が出来ず、他の参加者メンバーと話をしていた。
しかし、先崎だけは特に怖気づくこともなく、二人に向かって果敢に攻めるのだった。
「藤崎さんって映画が好きなんだ。じゃあさ。今度俺とも見に行こうよ」
「えー。どうしようかなー」
「二人きりがあれだったら、千歳さんも一緒にどう?」
「いかない」
「え」
「あやのんも、行かない」
「もー。紗理奈ちゃん。断るにしたって言い方があるでしょー? 駄目だよ。相手の事も考えてあげなきゃ」
「ふんっ」
「アハハ。ごめんなさい。先崎さん」
「いやいや! 気にしないでよ。ならさ。二人で、どうかな」
「あやのんは行かないって言った」
「いや。藤崎さんに聞いてるんだけど」
「しつこい! 行かないったら、行かない!」
「ちょ、紗理奈ちゃん!?」
「コイツ、お母さんの恋人と同じ目をしてる。あやのんに変な事する気だ」
「いや、俺は」
「近づくな!! あやのんに、触るな!」
紗理奈ちゃんは僕や藤崎さんが話しかけるよりも早く近づいてきた先崎の手を振り払って、叫ぶ。
その瞬間、店の中は異様な静けさに包まれたが、はらはらと紗理奈ちゃんが涙を流した事で藤崎さんが動き出した。
ハンカチを取り出して、紗理奈ちゃんの涙を拭うと、軽く抱きしめて大丈夫だよと紗理奈ちゃんに囁く。
そして藤崎さんは場を荒らしてしまった事を謝って、服を強く握っている紗理奈ちゃんと共に店を出ていくのだった。
僕は今更だと分かっていても、席を立ち、二人を追う。
既に何処かへ行ってしまったかと考えていたが、どうやら二人はまだ店の前にいる様だった。
「大丈夫だよ。紗理奈ちゃん。私はここに居るから」
「……うん」
「藤崎さん。紗理奈ちゃん」
「あ。ごめんね。鈴木君。なんか変な空気にしちゃった」
「いや」
どうせ初めから二人を合コンの中に入れるつもりは無かったから良いのだけれど、何とも言えない空気だ。
「悪いけど、私たち帰るね。みんなにはごめんなさいって言っておいてくれる?」
「あぁ」
「ありがとう。今度何か奢るよ」
そう言って二人は帰っていった。
何とも言えない後味の悪い感じだった。
でも、とりあえず危機は去ったと僕は合コン会場へ戻り、自席に座る。
「鈴木。二人は?」
「帰った。場を荒らしてごめんなさい。だってさ」
「ハァー。ちょっと強引過ぎたかな」
「いやいや。先崎さんは悪くないって」
「そう?」
「そう。帰った後だから言えるけどさ。本当は藤崎さんだけ誘うつもりだったんだよ。そしたらあの子が自分も行くって言い出してさー」
「千歳さんねー。藤崎さんにべったりだもんね。学校でもさ」
「藤崎さんに彼氏でも出来れば変わるかもしれないって思ったけど、この様子じゃまだ駄目そうだね」
「ふぅん。そうなんだ」
「でも、帰ったものはしょうがない。残ったメンバーで楽しもう!」
僕は場の空気に混ざりながら、考え事をしていた。
どうやら僕達が考えている以上に、藤崎さんと紗理奈ちゃんが危うい状況なのかもしれないと。




