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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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『闇色』

Mara〜沈黙しない声〜【0】

作者: 荒屋朔市

――聞こえる。


 その《声》は絶えず響いていた。


 不条理に憤り、悲運を嘆き、祈りを捧げ、飢えに脅える声。幾千の言語が折り重なり、濁流のように渦巻く。


 やがて一つ一つが意味を持ち、理解する。世界は常に《声》で満ちているのだと。


 

 突如、爆音と熱風が弾けた。


 重い目蓋を持ち上げる。眼前に三つの人影を捉えた。

 赤髪を揺らめかせる異様な姿は、彼らに他種族への蔑みと、それとは裏腹な畏怖を抱かせた。張り詰めた空気が静寂を支配する。


「おい、どこの奴隷だ?  ここで何してやがる?」


 最初に声を放ったのは、頬に古傷を持つ白髪の男であった。暗闇の中でも鮮やかに浮かび上がる深紅の瞳が、獲物を見定める。


「臭い異種族なんてどうでもいいわ。早く始末して」


 同じ特徴を持つ女が、頬傷の男の背後から鬱陶しそうに鼻を鳴らす。それを聞いた男は、口元を歪ませながら唇を舐め、細身の剣を音もなく引き抜いた。


 その間も、赤髪の男は虚空を見つめていた。敵意が誰に向けられているかなど、全く把握していない。それは絶え間なく聞こえ続ける《声》の僅かな一部に過ぎなかった。


「ボサッとすんな!」


 頬傷の男が間合いを詰め、剣閃が風を裂く。右腕に鋭い痛みが走った。生温かい体液が迸り、赤髪の男の肉体が初めて明確な不快を感知した。喉から漏れた低い唸り声は、彼が初めて発した世界への「応答」であった。


 頬傷の男は、手応えのなさに目を見開き、咄嗟に距離を取る。剣身と指先の感覚を確かめ、愛剣の柄を握り直した。


「いい加減にして。迷子の神サマを探すのが先でしょ?」


 苛立ちを隠さずに舌打ちした女の《声》を赤髪の男は聞き洩らさなかった。意味は理解できずとも、意識の奥底へ刻まれていく。


「見ろ!  傷が……!」


 フードを被った男が声を上げた。赤髪の男の切傷が、早くも塞がり始めている。


「鉱夫ではなさそうね。援護するわ!」


 女は囁くように呪文を唱え、腰ベルト型の鞭に手を添えた。フード男は投げナイフを構える。頬傷男は、もう一振りの剣を抜き、再び襲いかかった。


「さぁ、良い感じに鳴いてくれ!!」


 双剣が胸に深々と突き刺さる。頬傷男は期待に昂る眼を輝かせ、喜々として引き抜いた。傷口から鮮血が噴き出す。叫び声は上がらなかった。間髪を入れず、脇腹、喉へと追撃を加えるが、貫かれた男は動じない。


 赤髪の男が手刀で反撃を繰り出す。それを頬傷男は半身退いて躱した。続く喉、脇腹を狙った連撃も、首を捻り、剣身で受け流す。


 頬傷男は、敵を武術の素人と分析しつつも、長引かせてはならないと直感した。胸の刺傷が塞がり始めている。


 双剣を翻し、眼を狙って鋭い突きを放つ。赤髪の男は首を捻ったが僅かに遅れ、剣閃が頬を掠め、耳元を抉る。その痛みに怯まず距離を詰め、伸ばした手が頬傷男の喉を掴んだ。


「ぐっ……がああああ!」


 苦悶の声が響く。頬から耳まで切り裂かれた赤髪の男の眼が、捕食者の如き光を見せた。

 指と爪を食い込ませて締め上げると、骨の軋む音がした。僅かに口元が嗜虐的な愉悦に歪む。


「やめろ!」


 フード男の投げたナイフが、赤髪の男の肩と腕に突き刺さる。女が呪文の一言一句を狂いなく唱え終えた。直後、出現した青い炎が渦を巻き、赤髪の男を呑み込む。


「野蛮人に生まれた不運を呪うがいいわ」


 そう吐き捨てた次の瞬間、彼女は眼を疑った。炎は弾かれるように赤髪の男から離れ、術者自身へ襲い掛かる。


「嘘でしょ!?  ……なんでっ!」


 悲鳴が石壁に反響した。

 

 

 赤髪の男は訝しむように眉を顰めた。フード男のナイフが迫り、頬傷男を盾にして凌ぐ。

 朦朧としながらも、頬傷男は自身の脇腹に刺さったナイフに目をやった。歯を食いしばりながら引き抜くと、残された力を振り絞るように、赤髪の男へ向けて振り被る。

 凄まじい音と共に首が折れ曲がった。力を失った身体は壁に叩きつけられ、そのままフード男へ投げ飛ばされる。


 動かなくなった頬傷男を押し除け、炎に包まれた女の弱々しい声に気付いたフード男は、圧倒的な不利を悟り、武器を捨てて叫んだ。


「待った!  降参だ。見逃してくれ!」


 命乞いするフード男は足を震わせながら立ち上がり、後退って距離を稼ぐ。

 フード男の《声》が、赤髪の男の意識へ流れ込んでくる。それは、鼓膜を振るわせる言葉とは裏腹に、敵の油断を誘う確かな悪意を孕んでいた。


『――集中しろ。相手は薄鈍の筋肉木偶だ。もうじき麻痺が効いてくる。それまでは距離を取って、時間を稼げ。こんな時に詠唱し損ねやがって、ヘマ女が……』


 赤髪の男は、苦痛に悶えていた女の《声》が、完全に消えていることに気付いた。

 

 

 その時、歓喜に震える老女の《声》を感知した。それは頭痛と錯覚する程に甲高く、世界の何処に居るとも知れない女の耳障りな金切り声であった。両耳を手で塞いだが、《声》は脳内で反響し続ける。


 外部の刺激と内部の情報が脳を揺さぶるように意識を混濁させ、強い危機感を呼び起こした。


 暫くして、その声から感情的な高揚が引き、声量や声色も穏やかなものへ、遂には濁流を形成する一粒へと戻った。


 一連の現象を男は情報として意識の底に落とし込む。

 

 

 フード男は逃走口を背に立っていた。やがて、女と同じ詠唱を彼は脳内で巧みに完了させる。勝利を確信した《声》が響き、再び青い炎が赤髪の男を包み込んだ。

 灼熱に焼かれる悲痛な叫び声が響く。それは、フード男の断末魔であった。


 赤髪の男は一部始終を観察した。


 幾億ものナイフを突き立てられるような激痛に喘ぐ叫び声は徐々に弱まり、呻くような声に変わる。苦痛が精神力を削り、生存本能の渇望と意欲は薄れ、その《声》も声量を失っていく。

 意識を手放すと同時に、苦しげな息遣いも身動ぎも止み、《声》も途絶える。


 赤髪の男の意識は、半分のみならず《声》の濁流へと飲み込まれていった。

 

***

 

 焼け焦げる臭いが鼻を突く。それとは全く別の匂いを男の嗅覚は認識した。途端、抗い難い空腹感が襲う。自身の腕に残る血を舐めたが、足りなかった。


 微かな匂いを辿り、石櫃の陰に人影を見つけた。


 先程の三人よりも小さく、腕から血を流している。恐怖に震えながら、息を潜める子供。


 引き結ばれた唇からは聞き出すことの叶わない《声》を感知した。やり残したことへの後悔、安否の分からぬ妹への想い。絶望に飲まれながらも抗おうとする心。

 激しい空腹の前では、どれも些末なことだ。


 腕を掴み、力任せに引き上げる。滴り落ちる血を舐めた途端、痺れるような陶酔感が舌に絡みついた。渇き切っていた喉が反応して躍動する。


 傷が跡も残さず完治したと気付いた子供は、眉を寄せた。男は石壁に囲まれ、砂埃が舞う閉鎖的で陰鬱な空間を見渡す。


 子供は痛む腕を撫で摩り、さり気なく、後退りした。

 関心事から別の関心事へ忙しなく飛び回る《声》から、此処が地底の国であり、子供と傭兵は長命種族であることを知った。続いて、地上を目指す旅の計画へ移り、赤髪の男の意識は濁流の渦に沈む。

 

***

 

 切っ掛けは思い付き。行き過ぎた好奇心が招いた事故であった。


 些細な弾みと対処によって、赤髪の男が状況を理解する頃には、石壁に背を打ち付けた男を子供が見下ろしていた。


「誰の命令でここへ来た?」


 上擦った声で子供が問う。その《声》から、幾度も繰り返される謝罪と深い後悔、拒絶される恐怖が流れ込む。許されたいと願う反面、それを端から諦めている《声》であった。


「君に、主はいるかと聞いている」


 相手の首に短剣を突き付け、慎重に詰め寄る子供。


 この状況でも、関心事は相手を傷付けないこと、謎の男の身元を探ることにあるのだ。その《声》に促されるまま、男は自身の記憶を辿ろうと試みる。


 そして、気付く。どんな理由で此処へ来たか、何処で生まれ、何をしてきたか、己の名すらも思い出せない事実に。


 耳元を流れる幾億の《声》へ意識を向けても、自らの存在に繋がる情報を探り出すには叶わなかった。

 

 

 あの傭兵が戻らなければ、彼らの依頼主は次の手を打ってくる。子供の《声》が、そう危惧し始めた。


 男は意識の半分で兆候と思しき《声》を知覚し、子供を抱え上げた。途端、子供は支離滅裂な《声》で騒ぎ立てる。緊急性と重要性を論じる懇願を聞き、床に降ろす。

 子供は瓦礫下から外套を引き出し、男の腰に巻き付けた。現状で可能な限りの応急処置と自身に言い聞かせ、仕方なしとする《声》。


 男は足元に小さな手鏡を見つけ、拾い上げた。天井や壁の石が映し出されている。角度を変えても、鏡面には誰の姿も映らない。

 滑り落ちるように手を離れた手鏡が床石に衝突し、音を立てて割れる。


 見渡すと、子供の姿はなかった。意識が沈んでいく。

 

***

 

 謎を解き明かそうと考察を繰り広げる《声》を聞きつけた男は、それを追いかけた。辿り着いたのは穏やかな地底湖の畔。


 そこで、子供に提案した。


「力が欲しいか?」


 臆病で疑り深い子供だ。警戒され、拒絶されることは明白。故に、価値がある。


 鏡は答えを寄越さなかった。ならば、他者の視点から観測する他ない。己自身の命さえも危険に晒す好奇心が、答えを見つけ出す日まで。


 己を知る。唯一、それだけのために。


 地底湖に映り込む影は、「人喰いの怪物」であったのか、或いは――。

 

 

最後までお読みいただきまして、有難うございます。


この物語は、代表作の長編ダークファンタジー「『闇堕ち直前』主人公の色なし観察日誌」の前日譚(オマケ)です。


【初めてこの物語に触れた皆様へ】

続きが気になった方は、本編を開いてみてくださいませ。世界観紹介がゴツくて静かすぎてムリと感じたら、4話からでも大丈夫です。ふと気になった時に、再挑戦してくださいませ。

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【本編を読んでくださっている皆様へ】

PVで投稿モチベ維持に貢献してくださり、有難うございます!

この物語は本編0話に位置しますが、物語の導入部が暗ければ離脱されてしまうと聞き、温存しておりました。血生臭いエシュでイメージ壊れたって方がいましたら、ゴメンナサイ。

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来週月曜から本編シーズン2の投稿を開始します。

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