天皇これくしょん ~天これ~
ドバーン、ズバーン、ドドドド……というような、如何にもソシャゲのそれというようなやかましいSEが連続し……敵であるモンスターたちが全滅する。
それをスマホの小さな画面の中に見て、ふう、と俺はため息を吐いた。
「よし、このステージは攻略完了だな――」
俺の声に、隣りにいたスネオヘアーの男子生徒――村山征が呆れたような声で言った。
「神秀、お前また『天これ』やってんの? 今はテスト期間前だぞ」
「うるせぇ、テスト期間前だろうが葬式前だろうが戦果稼ぎは待っちゃくれねぇんだ。相手は全世界に五百万人もいるんだぞ。ライバルは『天これ』の方がずっと多いわ」
「葬式前は流石に休めよ。全く、お前って隙あらば四六時中『天これ』やってるけど、いつ勉強してんだ? なんでそれで毎回赤点回避できるんだ?」
「流石に最低限は勉強してるしな。それに、もし『天これ』のせいで勉強する時間が足りねぇってんなら、削れるもんがまだある」
「何を削る?」
「睡眠時間だよ、睡眠時間。あんなもんただ布団に横になって八時間近くもじっとしてるだけじゃねぇか。無駄の塊だよ」
「その無駄はなきゃいけない無駄だろ。授業中は眠くならないのか?」
「んなもん、モンスターエナジー飲めばなんとかなる。魔剤って呼ばれてんだぞ、魔剤」
俺がそう言って傍らにあったモンスターエナジーの残りを呷ると、村山とは別の生徒――このクラスを代表するオタク男子その2である九条優が引き攣った笑い声を上げた。
「神秀、お前って本当に根がブラックだよなぁ。睡眠時間削って『天これ』でランカーやるなんてよっぽどだぞ。その情熱はどっから湧いてくるんだ?」
「俺のモットーは『何にでも全力投球』なんだよ」
「ソシャゲだけには全力投球、の間違いだろ。お前みたいな皮肉屋でダウナーな人間がいうことか?」
「たかがソシャゲ、されどソシャゲ、だ。今の俺にとって『天これ』は人生のカンフル剤なんだよ」
口を尖らせながら、俺はスマホをタップした。
それだけでスマホ画面の中の敵は俺の操るキャラクターの攻撃で瞬く間に全滅してゆく。
全く、プログラム通りの動きとは言え、この『明治ラブ』である俺にこんな雑魚がよくもまぁ果敢に立ち向かってくるものだ。見上げた特攻精神という他ない。
ここで俺や俺の友人が話している『天これ』とは、正式名称を『天皇これくしょん』と言い、プレイヤーが「関白」となり、美少女擬人化された歴代天皇、通称『天娘』を操って敵と戦うという、世が世なら一発で憲兵にパクられて鞭打ちと石抱きと逆さ吊りの拷問を受けていただろう、不敬も甚だしい内容の人気ソシャゲである。
俺――森崎神秀はその大人気ソシャゲ『天これ』においてはちょっとした有名人――いわゆるトップランカーというやつで、数ある天娘の中でも黒髪姫カット毒舌メシマズの乙女、明治天皇ちゃんをこよなく愛する関白、通称「明治ラブ」関白として知られているのである。
今日の戦果稼ぎはこれぐらいでいいか、と俺が頭の中で計算していると、村山が「それにしてもよぉ……」と切り出した。
「お前、前々から気になってたんだけど、バイトかなんかしてるの? 学生身分でよくソシャゲのランカーなんかできるよな」
俺はその村山の言葉に「?」を浮かべた。
俺の浮かべた「?」マークに、村山が虚を衝かれたような顔になる。
「え、それどういう意味だ?」
「え、だって、お前って確か一人暮らしだろ? どこからそんな重課金するほどのカネが湧いてきてんのかなって思って。そんな太い親なの?」
村山のその発言に、俺は思わず吹き出した。
ケタケタと景気よく笑う俺に、九条も村山も戸惑ったように顔を見合わせた。
ひとしきり笑ってから、俺はあっけらかんと答えた。
「何を言ってるんだ村山! ソシャゲに課金だぁ!? 馬鹿なこと言うなよ! だぁーれがこんな単なるデータにカネなんか払うか! 無課金勢だよ、俺は!」
俺の発言に、村山も九条もぎょっと目を見開いて俺の机に手をついた。
「は――はぁ!? 無課金勢!? 今時!? それってパンツ一丁で大冒険に出るようなもんじゃないのか!?」
「パンツ一丁で悪いか? そりゃあ最初は苦労するさ、最初はな。でもそんなもんはガッツと投資時間と緻密な計算で意外になんとかなるんだな」
俺が自信満々に言い切ると、村山も九条も絶句した。
「大体俺は課金ありきでしか上に上っていけないようなソシャゲなんか最初から願い下げだね。『天これ』はそこがいい。無課金勢だろうが廃課金勢だろうが平等だ。それが俺が『天これ』を気に入った理由でもある。流石は天皇陛下、これぞ一天万乗の精神、天壌無窮の恩寵のひとつと言えるな」
「それはそうだろうけど――でも今時、無課金でランカーとか……! よっぽど努力しないと大変だろ!?」
「あのなぁ九条、課金っていうのは今現状提供されてるサービス以上の満足を、カネを払うことで得たいという人のための制度だぞ? あくまでオプションだ、オプション。わかってるか? ん?」
俺は唖然呆然としている二人の友人に滾々と説教した。
「それが今やどうだ、踏むべき手順を省き、時間を節約したいからカネ払う、なんてことが平然と行われているのが日本という病んだ大国の暗部だ。しかし俺はそんな精神はソシャゲプレイヤーの風上にも置けないと思うね。ましてや最初から課金ありきでプレイさせる魂胆丸見えのソシャゲなんて俺はゲロが出る。いい大人が無垢な子供から如何に小銭を巻き上げるかを考えるかなんて本来真っ当な大人の思考じゃあない。だがそれはこんにちではそんな異常な行為が商業的行為として平然と行われているのが現状だ」
俺は一息にそこまで言い切り、深く息を吸った。
「だったら俺のような男が一人いてもいい。学業とソシャゲを並行しつつ、ノーマネー・ノークレーム・ノークライの精神を貫いてなおランカーを張るような、漢字のカンと書いて漢とでも呼ぶべき男がな。少ないお小遣いをやりくりして必死にガチャを回しているようなキッズたちは、パンツ一丁からランカーにまで身を興した俺の背中に真っ当な男のなんたるかを知るだろう。それが全員じゃなくてもいい、百人のうち九十九人が馬鹿にしても、そのうち一人にさえ俺の思いが伝わってくれればいい。そしてその一人がゆくゆくは俺の夢を継いで、ランカーの頂に名を連ねるようになったら……そんなことを考えるのは、俺が、俺という男が、ロマンチストだからなのだろうか」
そんな風に長文を締めくくると、村山と九条は激しく感動したような面持ちで、ほう、とため息を吐いた。
「神秀、お前……そんなすごいヤツだったんだな……!」
「あ、ああ、俺、不覚にもちょっと感動した……お前、お前こそがソシャゲプレイヤーの鑑だよ!」
「フッ、ソシャゲプレイヤーの鑑、か。ミラー・森崎……俺のこと、今日からそんな風に呼んでもいいんだぜ?」
「呼ぶ……俺は呼ぶぞ! ミラー・森崎! ミラー!」
「ミラー森崎! お前こそが真のゲーマーだよ!」
「ンナハハハハそんな褒めんな褒めんな。褒めるならモンスターエナジーを貢いでくれ。ピンク缶でもいいぞ!」
大いに盛り上がる俺たちを、周囲のクラスメイトたちは異様な目で見ており、中にはヒソヒソと何事か陰口を叩く者さえいた。
フン、と俺は内心で唾を吐いた。お前らの人生にはこれだけ夢中になれるものがないからそんなシケた目で俺たちを見れるのだ。
何があっても、俺はお前らみたいなシケた人生は送らない。一生『天これ』のランカーとして『明治ラブ』関白の名を轟かせてやるぞ――と思っていた、その時のことである。
「おーい、ジンいるか? 昼だ、学食行くぞー」
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