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ずっと一緒に

 弟とは忍耐の生き物である――。


 世の中にこれほど頷ける格言など、他にあるだろうか?




 そう、弟とは、正しく忍耐の生き物だ。


 特に、傍若無人で、こちらの意志など顧みることすらしない、姉という暴君を生まれながらに持って生まれた弟は。


 年がら年中、姉なるものに顎先で使われ、抑圧され、かと思えば一方で「男なんだから」の一言で様々な雑務を押しつけられる、生まれついての下僕――そんな哀れな生き物が弟というものだ。


 そして、年がら年中、弟なるものを顎先で使い、抑圧し、「男なんだから」の一言で様々な雑務を押し付けておいて涼しい顔の、生まれついての女王様――それが姉なる生き物である。




 俺には、血の繋がった家族が多くない。


 いるのは、今も世界中のどこをほっつき歩いているのかわからない、親とは肩書きばかりの母親だけだ。




 けれど――俺には、姉という暴君が三人もいる。


 しかも、揃いも揃って美人で、曲者で、傍若無人な姉が三人も。


 だらし姉ぇ、歪み姉ぇ、仕方姉ぇ……それぞれがどこぞのパンツレスラーのような異名を持っていながら、己を戒めることも、俺を賛美することもせず、あろうことか「課金」などという不埒(ふらち)極まりない制度をすっかり許容しきっている、誠に厄介な姉どもが。


 


 弟とは忍耐の生き物である。それはその通りだ。


 けれど、その忍耐にも時に限界が来るときがあるのだ――。







 その後、俺はなぜだか「課金」にノリノリになった御厨三姉妹を跳ね飛ばし、踏みつけ、腕を振り回して――。


 どうにか隣にある我が家にたどり着き、内鍵を掛けたところで――まぁお互いに合鍵持ってるから気休めでしかないけれど――ようやっと助かったという思いが湧いてきて、俺は玄関のドアを背に預けてずるずるとへたり込んだ。




 はっ、はっ――! という自分の呼吸音がうるさく、冷や汗が止まらない。


 しばらく呼吸を整えようと躍起になって、俺は四つん這いのまま、どうにか家の玄関に上がり込んだ。




「ちくしょう、幾ら何でもあいつら調子に乗りすぎだろ……!」




 全く、からかうにしても、先程のアレは幾ら何でもやりすぎだ。


 何が課金祭りだ、いくら相手が俺だからって、あんな物凄い美人に成長した幼馴染三人に繰り返し「課金」サれたら、ただでさえ毎度毎度の『課金』で既に伸び切っている俺の自制心が保つわけがない。


 あいつら、幾ら俺を男として見てないからって、揃いも揃って俺をからかいやがって――。




 毒づきながらもなんとか呼吸を整え、口元を拭ったところで……ふと、あるものが目に入って、思わず俺はそれをまじまじと眺めた。




 玄関に置かれている古びた写真立ての中に、一枚の写真があった。


 


 十年以上前、御厨のおじさんおばさん、そして御厨姉妹と一緒に、近くの海に遊びに行った時に撮った写真。


 肩までで髪を切り揃えた女の子は、風夏。


 お下げ髪をふたつに分けた女の子は、林音。


 この目つきの悪いショートカットの女の子は、火凛。


 皆それぞれが元気いっぱいの笑顔を浮かべ、にこにこと屈託のない微笑みを浮かべている中で、俺は両手でピースサインを浮かべ、間抜けに大笑いして写真に写っている。




 よっぽど海が楽しかったのかな――と思いかけて、いや、と俺は思い直した。


 ただただ海が楽しかったのではない。


 たとえ海でなくとも、この頃は単純に、御厨姉妹と一緒にいられることが、何よりも嬉しくて楽しかったのだ。




 仕事で実家に寄り付かない母親の代わりに、御厨のおじさんとおばさんは俺を実の息子のように、本当に大事にのびのび育ててくれた。


 その恩に報いるべく、今はこうやって御厨家の家事や食事作りをして恩返しをしているつもりなのだけれど――本当にはそんなものは下心ありの建前でしかないことは、この写真を見ればすぐわかるし、俺が一番よくわかっている。




 俺は――単純に、ずっと御厨姉妹と一緒にいたいのだ。




 あちらがどう思ってくれてるのかはわからないけれど。


 小さい頃から、俺たちは本当にいい幼馴染、いい姉弟分だった。

 

 何も隠し事などなく、何の意趣(いしゅ)遺恨(いこん)もなく、一緒に昼寝もしたし、一緒に風呂にも入ったし、一緒に遊びにも行った。


 喧嘩することもあったけど、数時間もすると寂しくなった俺か彼女らのどちらかが謝罪し、後は何事もなく遊んだ。




 とある事情から彼女たちと進路が違ってしまい、生まれて初めて三年という時間を別々に過ごしたことで、その思いは今、俺の中で一層大きくなった。


 血なんか繋がっていなくとも、俺たちはずっと一緒。


 その思いは、一方的でもなんでも、俺の確固たる意志だった。


 それが、彼女らと進路が変わってしまった中学時代の後、俺が預かり先に無理を言ってこの家に戻ってきた理由。


 たとえ、御厨姉妹がどれだけ美しく、凛々しく成長したとしても、俺はあの姉妹の幼馴染として、下僕扱いでもなんでもいいから一緒にいたい――それは俺の嘘偽りのない思いだった。




 しばらく、写真立ての中の写真を眺めていると――ぐうう、と、腹の音が鳴った。


 そう言えば、先程の「課金」騒動で、せっかく作ったボロネーゼは三分の一ほどしか食べることができなかった。


 俺が残したボロネーゼは姉妹の残飯処理係である風夏が始末するだろうし、洗い物や片付けは火凛あたりがやってくれるだろうから、今夜はもう、俺が御厨家に戻る必要はあるまい。




「……パンでも食って寝るか」




 俺はそうひとりごちて、玄関の電気をつけ、よろよろと壁伝いにリビングを目指して歩き始めた。




「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

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『( ゜∀゜)o彡°』とだけコメントください。


よろしくお願いいたします。

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