課金祭り
「なんだか、やけにコシのない麺だな。煮方間違えたんじゃないか、ジン」
「あらあら、こうなったのは誰のせいかしらね? ねぇジン君?」
「そうかなぁ、私は美味しいけどなぁ。ジン君の料理はいつ食べても美味しいし」
姉妹はミートソースのボロネーゼを口に運びながら、口々に料理の味を品評する。
そんなに文句言うんだったら自分で作れよ、ガキみたいにトマトソースで口の周りべちゃべちゃにしてるくせに……と文句のひとつも言いたかったが、そこで風夏がティッシュで唇の周りを拭ったのを見て、妙にドキリとした。
今朝、あの唇に「課金」シてもらったんだよな……と思うと、幼馴染相手とはいえ、どうにも心臓がうるさくなる。
風夏だけではない、林音のあのセクシーな唇にも、火凛の色素の薄い唇にも……と釣られて思い出して、いかんいかんと俺は視線を逸し、ボロネーゼに向き直り、むっつりとパスタを口に運んだ。
「それにしてもジン君、中学校三年間で随分家事が得意になったわよねぇ」
――と、そのとき。林音がなんでもないような口調で言い、ぴくり、と俺はフォークを動かす手を止めた。
「中学に入る前のジン君、そんなに家事とかしなかったし出来なかったと思うんだけど。戻ってきたら一通りの家事が出来るようになってたから驚いたわよ。確か中学校時代のジン君は遠縁の人の家に預けられてたのよね?」
少し返答に詰まったけれど、ああ、と俺は肯定した。
「そこの家が色々と訳ありな家でさ。なんでも一通り自分でやらないといけなかったんだよ。家事なんて自然に覚えたさ」
「預けられた先で毎日自分で家事してたの?」
「そうしないと生きていけないぐらいの家だったからな」
軽く言ってみたものの、あの毎日が戦争に等しかった三年間は、正直思い出したくない。
俺が一通りの家事が出来るようになった経緯には、凄まじく切実な理由があった。
理由はあったのだけれど――その理由をこの人たちに話すことはまかりならない。
俺はボロネーゼを咀嚼し、飲み込んでから、ジト目で三姉妹を見た。
「だいたいなぁ、俺が隣に戻ってきてもう半年だぞ。少しはお前らも家事を負担しろよ。いい歳だろ、料理ぐらいは出来るようになれ」
「あら、私たちだってその気になれば料理ぐらいはするわよ? しないだけで」
「そうそう! ジン君が作ってくれる料理が一番美味しいってだけの消極的理由だよ!」
「人を何も出来ない人間みたいに言うなよ。いくらなんでも私たちを見くびりすぎだぞ、ジン」
「なぁにを言ってけつかる、この肉団子どもめ。お前らに家事なんか任せてみろ、この家は三日で破滅だ」
俺は持っていたフォークを、まず林音に向かって突きつけた。
「まずなぁリン、お前は作った料理をすべからく真っ赤っかの激辛にする。七味唐辛子でもデスソースでも遠慮なくブチまけて全てを根本から台無しにするだろ?」
「あらぁ? なんでも多少辛いぐらいが美味しいじゃないの」
そう言いながら、林音は自分専用のデスソースを瓶の三分の一ほどもパスタに掛けながら笑った。
この人はその柔らかな見た目と物腰に似合わず激辛好きで、一度彼女に料理を担当させてみた結果、次の日には彼女以外の全員が酷い胃痛にノックアウトされたことがある。
「そうそう、リンちゃんにだけは料理はさせられないよねぇ! あれはいい教訓になったもんね。ただでさえ私なんかいまだに辛口のカレーすら食べられないのにさぁ」
「次にフー。お前が作る料理も右に同じだ。かつてお前に親子丼を作らせたときのことを覚えているか?」
次に俺は我関せずのだらしない微笑みを維持したままの風夏を見た。
「お前は俺たち四人分の親子丼を作るために、玉子を二十八個、鶏肉を三キロ使ったな? お陰でその後二日間は朝昼晩と毎食親子丼だったことを忘れたとは言わせねぇ」
「だって、途中で足りないなんてことになったらお腹が空いてしんどいじゃん? 多少多めに作っておいた方がいいと思ったからだよ」
「お前にこの家の家計を任せていたら遠からず破産だ。どこのフードファイターでも食いきれない量を作るんじゃない」
「全く、これが我が姉か。揃いも揃って幼馴染の後輩男におんぶにだっことは……」
呆れた、というような溜息とともに、火凛はボロネーゼに粉チーズをふりかけた。
「至ってダメな二人の姉を見て育ったせいなのか、ジン以外でまともに料理が出来るのは私ぐらいなもんだな、ジン?」
「なぁにを自分は違うというような表情してるんだ、カー。お前も立派に「同類だろうが」
「なッ――!? わっ、私はちゃんと料理しただろう!? 今年の春、お前が風邪で寝込んだ時に!」
火凛が椅子から腰を浮かせて抗議してきた。
「それなりには美味かっただろう!? 魚の煮付けと野菜炒めと茶碗蒸しと、三品も作って食わせてやっただろうが!」
「ああ、それなりに味は悪くなかったし、メニューのチョイスもなかなかだった。それを作るのに5時間かかった事実を除けば、だけどな」
うぐっ、と火凛の表情が歪んだ隙に、他の二人の姉が大きく頷いた。
「そうそう、カーちゃんは細かい性格だからねぇ。大さじ一杯何グラムなのかで一時間悩んでたしねぇ」
「そうそう、お魚も切り身で買ってくればいいのに、カーちゃんったら奮発したぞーとか言って尾頭付きの鯛を買ってきたんだよね! 一匹捌くのに夕方五時から夜の九時までかかってさ!」
「ぐっ――! こっ、このダメ姉どもめ! お前たちが少しでも手伝ってくれたならあのとき徹夜なんかしなくてよかったんだぞ! それなのに困り果てる私を放ってお前たちは先にグースカ寝てしまったじゃないか!」
「とにかく、カーも料理スキルはそんなもんでしかない。更に家事はそれだけじゃない、掃除、洗濯、洗い物に買い物……全てを俺という男に頼り切りすぎだ」
俺が真剣に説教する体勢になると、流石にこの曲者姉妹もアホ面を引っ込めて顔を見合わせた。
俺はまるで預言者のように続けた。
「いいか、お前らは少々、幼馴染という理由に寄りかかって俺という男を軽んじすぎている。今や俺という男がこの家の灯を絶やさず守っていると言い切って過言は全くない。だいたい、お前らは洗濯機にブラジャーを放り込む時にネットに入れることすら自分ではやらないだろうが」
そう、グレートな幼馴染である俺は、今更コイツらのブラジャーぐらいには興奮しない。
毎日毎日そのブラジャーを含めた洗濯物を丁寧に畳み、それぞれの部屋の前に置いてやっているのも俺だ。
「それだけじゃない、お前らはアイロンをかければ八割の確率で焦がすし、掃除をすれば一時間と立たずに昔の漫画雑誌を読み耽っている。夕食の買い出しを任せれば百グラム千二百円の牛肉を一枚買ってきてそれで終わりだ。事実上、家事でお前らに担当させられることは皆無だ」
俺は腕を組んで滔々と説教をたれた。
「それだというのにお前らはいつまで経っても俺を弟分、便利なハウスキーパーないし下僕としてしか見ていない。本来ならば上座に座らせ上げ膳据え膳で崇め敬い奉るべきなんだ。俺という男が隣に戻ってこなかったら今頃お前らは毎日毎日ほか弁とコインランドリーを往復する生活を送らにゃいけなかったんだぞ?」
俺の説教は終盤に差し掛かった。
「然るにお前たち姉妹は俺にもっと感謝すべきなんだ。とは言っても別にカネを払えと言っているわけじゃあない。ただ、親しき仲にも礼はあり、思いやりと気づかい、俺はそういうことを言いたいんだ。本来なら俺がこの家に帰ってきた時、『今日もご苦労さま』のメモ帳一枚の上にちょっと気の利いた値段のプリンを置いておいて普段を労うとか、あるだろ?」
あるだろ? の一言に、御厨姉妹はぽかんとした表情で顔を見合わせた。
その、「そうなの?」というような腑抜けた表情には大層イラついた。
こいつら、本当に俺を下僕としてしか見てないのかよ。
それでも俺が根気よく反応を待っていると――。
「あっ、じゃあさ」
ん? と風夏を見ると、風夏が何かを思いついたような表情になった。
その冴えた表情からなにか冴えたことを思いついたのかと期待したけれど――。
「今からジン君の日頃の労働に感謝して――前払いの課金祭り、やっちゃう?」
は――!? と俺が仰天すると、すぐさま何かを察したらしい林音が妖しく嗤った。
「あらあら、フー姉さんったらたまにいい事言うわね。そうねぇ、ジン君も私たちに感謝してほしいって言ってるし、それならお礼課金スるのが私たちがすべきことね」
うぇ――!? と俺がたじろぐと、ポポッ、と頬を赤らめた火凛が視線を俯けた。
「そ、そうだな。私たちが示すことのできる感謝は、その、課金であるべきだよな? なんてったて、さっきの初課金は思った以上に悪くなかったし――」
何ィ――!? と俺が驚くと、ええーっ!? と風夏と林音が火凛を見た。
「えっ、まさかカーちゃんも遂にジン君に課金シちゃったの!? いつ!?」
「それは……私が帰ってきてすぐの時だよ。ジンの奴、まるで獣のように私の唇を求めてきてな……」
「なっ、なぁーにを抜かしてる、カー! 課金しようって言ったのも、迫ってきたのもお前の方だろうが!!」
俺がの抗議をまるきり無視したように、あらあら、と林音が笑った。
「そうそう、こう見えてジン君の本性は野獣なのよ? 夕方なんかあんなに積極的に私に課金を求めてきて――嫌がる割には上の口は随分積極的だったじゃない?」
「な、何ィ!? ジンお前、さっき私が課金シたばかりじゃないか! 私の課金は遊びだったのか!? しかもリン姉ぇと……! この尻軽男め!」
「えー? 私なんか学校帰ってきてすぐにジン君に課金シたよ? このパスタも美味しいけど、ジン君も美味しかったよ?」
それぞれやいのやいのと騒いでいた御厨姉妹が――そこで急に揃って俺を見たので、うおっ、と俺は短く悲鳴を上げた。
「と、いうことでジン君、課金祭り行っちゃおうね?」
途端に――薄笑みを浮かべた風夏の目と声に、じっとりとした、なにか生臭いような臭いが混じった。
ガタンッ、と、俺は椅子を蹴立てて立ち上がり、御厨三姉妹から離れようとした。
しかしそれより一瞬前、俺の足が椅子に引っかかり、俺はもんどり打ってその場に転がった。
途端に、三姉妹が一斉に立ち上がり、俺を粘ついた視線とともに見下ろした。
ひ……! と俺は、脚で床を掻いて後ずさった。
後ずされば後ずさるだけ、淫魔三姉妹がじりじりと近づいてきた。
俺は尻をにじりながら後退し――遂に壁際まで追い詰められた。
「や、やめて……勘弁して……! 三人がかりで課金されたら、お、俺……!」
命乞いする俺をあざ笑うかのように、というより、実際にあざ笑いながら――。
三姉妹の中の一番デカくて厄介な悪魔――林音が、俺に死刑宣告を下した。
「課金三人分、入りまーす♪」
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