山吹さん
そこを訪れるのは久しぶりのことだった。
実家から連れ出され、中学時代の三年間を暮らした、かつての俺の家。
その人物がいる場所は、この県庁所在地である街の一等地、高級タワーマンションが並ぶ駅前の一等地だ。
広いロビーの来客用端末に暗証番号を入力し、エレベーターで最上階の二十八階を目指す。
この町の象徴である秀峰がよく見える高層階は肌寒かった。
部屋の前に立った俺は、「入るぞ」と一言大声を上げ、実に半年ぶりにかつての我が家に侵入した。
部屋の中は――凄まじいまでに散乱していた。
脱ぎ捨てた後は二度と着ないのだろう様々な衣類、床の上にうず高く積み上げられた雑誌や台本の類、これぞ生活破綻者のそれと言える、コンビニ弁当の箱やお菓子のカス、飲み残しにカビが浮いたペットボトルの山――。
そしてその中に、パンツ一丁にスウェット一枚、というあられもない格好でうつ伏せに倒れている人物を発見した俺は、耳の奥に血の気が引く音を聞いた。
「おっ、おい、山吹さん――!!」
うず高く積み上がったゴミ袋を蹴飛ばして、俺はその華奢に過ぎる身体を抱き起こした。
しっかりしろしっかりしろ、とその細い身体を揺すると、金髪の女性――朝倉カミラの、レンズの奥の目がゆっくりと開かれた。
俺を視界に入れた瞬間、朝倉カミラの顔に、へへ、へへへ……と、あしたのジョーみたいな、物凄く薄い笑みが浮かんだ。
「おっ、おお……悪いね弟君……。もしかして私のためにわざわざ早退してきてくれたのかな……?」
「そんなことは今はどうでもいいだろ! どうした山吹さん、何があった!?」
俺が更に身体を揺すって問うと、うっ……! と朝倉カミラは苦しげに声を上げ、腹を手で押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
「うう……お、おなかが……!」
「どうした!? 腹が痛いのか!? 苦しいのか!?」
「い、いや違う、違うんだよ……」
「一体どうしたんだ!? ゆっくりでいいから説明しろ!」
俺が言うと、朝倉カミラは小刻みに震える指で、最新型のコンシューマー型ゲーム機と、リザルト画面で停止しているテレビを指さした。
「す、数日前に、しばらくパパは仕事で様子見に来られないって言われたから、ひゃっほう、今日から徹夜でゲームし放題だぜ、って……」
「は、はぁ」
「そしたら思いの外ジンオウガの亜種が強くて、昨日から夕食も食べないで夜通しゲームやってて……」
「は、はぁ――?」
「やっとジンオウガ倒してステージクリアしたと思った瞬間、なんかスーッと意識が遠のいて、立てなくなっちゃって……」
うう、と呻いて、朝倉カミラは次の瞬間、信じられないことを口走った。
「気がついたら、おなかが空いて、動けなくなってたの……」
瞬間、高層階のためにただでさえ静かな億ションの一室が、更に静かに静まり返った気がした。
は、と息を漏らして硬直した俺は、事態を理解し、その後ゆっくりと、その金髪頭を床に寝せた。
辺りをキョロキョロと見回すと、洗い物がうず高く積み上げられたキッチンの上に、未開封のパックごはんが幾つか積み上がっていた。
「……炒飯でいいな?」
俺の一言に、朝倉カミラは血色の悪い顔で右手をようよう上げ、ぐっ、とサムズアップしてみせた。
弟とは忍耐の生き物である――その法則は、こんな一等地に建ったマンションの一室においても、変わらず適用される法則であるらしい。
ハァ、と、聞かせるためのため息を吐いて、俺はきっと汚れた食器と腐敗した生ゴミでいっぱいなのだろうキッチンに歩いていった。
そう、彼女を知る人全員に、容姿も家柄も能力も完璧な王子様系女子として知られている女、朝倉カミラ。
普段はバリッとした制服姿で、肩で風を切って颯爽と歩き、誰彼に対しても物腰柔らかで紳士的な態度を崩さない彼女の、その「正体」がこれ。
つまり、こういうことだ。
この人は持ち前の演技力を駆使し、人前で王子様系女子を演じているときだけは、誰もに憧れられる完璧女子・朝倉カミラであり――。
反面、その如何にもハーフ美少女と言える碧眼のカラーコンタクを外し、王子様を演じるのをやめた眼鏡姿になると……これがアレと同一人物であるのか疑いたくなるぐらい、ダメダメダメのダメ人間に戻ってしまうのである。
そしてなおかつ、この人――朝倉カミラは、家族以外の誰にも自分の日本人名を教えていない。それこそ、親友であるあの御厨姉妹にも、だ。
本人は響きが古臭くて気に入っていないという、この人の本当の名前は「朝倉・カミラ・山吹」――。
そしてこの人こそ、父親が同じで母親が違う、俺と半分だけ血の繋がった――。
俺の、俺の血縁上の姉なのである。
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