表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/31

お礼課金

 その後、俺の撮影した動画は動かぬ証拠として認められ、晴れてハゲ頭は罪に問われることとなった。


 警察に引き渡される最中、ハゲ頭のサラリーマンはずっと叫んでいた。勘弁してください、私には家庭があるんですよ――! と。


 火凛に肩を抱かれ、ずっと激しく嗚咽していたあの中学生の女の子にも家庭があり、あの子が被害に遭うことで悲しむ人がいるのだと――あのハゲ頭は今後、ちゃんと反省できるだろうか。




 永遠に続くかと思われた事情聴取も終わり、俺と火凛は、それぞれに傘を差しながら、御厨家に帰る道を歩いていた。


 事情聴取のせいで今日は随分と遅くなってしまい、もう時刻は八時近かった。


 風夏も林音も、ちゃんとご飯食べただろうか……と心配していると、ぽつり、と、隣の火凛が口を開いた。




「ジン、さっきはありがとうな」

「ん? 急にどうした?」

「さっき痴漢を取り押さえた時だ。私一人ではあんな方法で証拠を掴むことなんか考えつきもしなかっただろうから……」




 ああ、と俺は苦笑して首を振った。




「いいや、俺がしたことなんてたいしたことないよ。それにあの女の子が痴漢されてたのに先に気づいたのは火凛だろ? お前の方がよっぽど偉いよ」

「けれど、私一人では痴漢に気づいただけで何も出来なかった。むしろ逆に証拠はあるのかと詰め寄られて、とんでもないことになっていたかも……本当に、私は単純で、短慮で、情けないよ」




 自嘲するような声をきっかけに、それきり俺たちは無言になった。


 しばらく、黙々と歩を進めると、また火凛が口を開いた。




「あの、な。ジン」

「なんだ?」

「私が最初に警察官になろうと思ったのは……お前があの事件に巻き込まれたときなんだ」




 俺は無言で頷いた。


 その時の俺は、え、そうなの? というよりも、やっぱりそうか、という気持ちの方が大きかった。


 何しろ、あの時は本当に警察には世話になったからな……と思っていると、火凛がちらと、傘の下から俺を見た。




「あの時、私は血まみれのお前を見ても何も出来なかった。ただただ、怖くて泣きじゃくって、お前が死んでしまったらどうしようかと……そればかり考えていた」

「うん」

「でもな、泣きじゃくる私を見て、一人の婦人警官のお姉さんが私を慰めてくれたんだ。きっとお友達は助かる、お姉さんが約束してあげる……もちろん、そんな約束はなんの根拠も証拠もない約束だよ。けれど」

「うん」




 火凛がそこで、傘越しに雨空を見上げた。




「なんの根拠も証拠もない、赤の他人からの励ましの言葉……そんなものだからこそ、却って人間が救われるってことが、あると思わないか?」




 うん、と俺も首肯した。


 火凛はあの時、見ず知らずの婦人警官から受け取った言葉のありがたさを偲ぶように、少しだけ目を細めた。




「私は、あの婦人警官、いや、あのお姉さんみたいな人になりたいんだ。震えて泣く子どもの肩を抱いて、きっと大丈夫だって、なんの根拠もなく言える人になりたい。この人が隣りにいてくれるだけで、きっと何かが大丈夫なんだって、そう人から思われるような人に、なれたらいいなって――」




 いつになくロマンティックな火凛の口調に、フフ、と俺は思わず失笑してしまった。


 その笑い声が耳に入った途端、あ、と火凛が恥ずかしそうに顔を俯けてしまった。




「あ……いや、確かに今のはちょっと雰囲気に流されてカッコつけすぎたな。今のは撤回だ。忘れてくれ」

「嫌だよ、忘れるなんて無理だ。だって火凛、さっきもう今喋ったようなことしてたじゃないか」

「え――?」




 俺は傘を心持ち持ち上げ、苦笑とともに言った。




「痴漢されてた女の子、ずっとお前が慰めてただろ? 肩を抱いてやってさ、大丈夫、怖かったねって、ずっと。あの子を迎えに来た親御さん、物凄くお前に感謝してたぞ。お前はたとえ警察官なんかにならなくても、ああいうことが自然と出来る人だと、俺は思う。だから警察官にだってさ、きっとなれるよ」




 俺の言葉に、今度こそ本当に恥じ入ったように、火凛がくぐもった唸り声を上げて俯いてしまった。


 相変わらず、真っ直ぐで、ツンデレで、仕方ない人だ。


 でも俺は、こういう人が俺の幼馴染であってくれたことが嬉しくて仕方がない。


 照れが限界突破し、何も言うことが出来ないでいるらしい火凛を見てケラケラと笑っていると、ようやく御厨家が向こうに見えてきた。




「まぁ、さっきの話はこれぐらいにして、火凛。腹減っただろ? 今夜は何が食べたい?」

「え――? あ、今日は遅いからもういいよ。なにか適当なものを食べて済ませるから……」

「馬鹿言うな、本日の功労賞はお前だろ? 遠慮すんなって。そうだ、お前の好物のオムライス作ってやろうか? しかもオムレツを最後プチッとやるタンポポオムライスをさ――」




 その途端だった。ガタッ、と背後から音がして、何かが俺の目の前に飛び出し、俺はたたらを踏んだ。


 なんだ、ずぶ濡れの野良猫か……気づいてから後ろに足を踏ん張ろうとしたけれど、そこで両の足がもつれ、俺は上身体がぐらりと傾ぐのを感じた。




「えっ――!? あ、ジン――!」




 慌てた火凛が傘を放り出し、俺に右手を伸ばした。


 その右手を掴み、なんとか転倒の無様を回避したと思ったら、今度は火凛の方が俺を引っ張ったことでバランスを崩し、俺たちの身体が折り重なるようにして一回転した。




「うおおっ――!?」




 咄嗟に歩道脇にあった住宅の壁に手をつき、どうにか火凛と額を激突させる悲劇は防ぐことが出来た。


 防ぐことは出来たけれど、住宅の壁に背を預けた状態の火凛と、壁に両手をついた状態の俺は――結果、物凄く至近距離で見つめ合うことになった。




 はぁっ、と、火凛の吐息が俺の頬をくすぐった。


 ろくな光源がない下でもはっきり赤く見える火凛の顔から、その時の俺は視線を外すことも、ごめんと叫んで慌てて身を翻すことも――何故か出来なかった。




 お互いに傘を放り出したせいで、俺たちはあっという間に、しと降る雨に濡れ始めた。




 どれだけ時間が経ったのだろう。十秒だろうか、二十秒だろうか。


 ふと、火凛の右手が俺の左頬に回ったと思った、次の瞬間。




 ちゅ――と、音がして、俺は俺の唇に、火凛の唇に滴った雨粒の冷たさを感じた。




 その口づけは、多分、五秒ぐらいで終わった。


 俺が呆然と、今の行動の真意を尋ねるように火凛の目を見つめていると――もう一度、火凛の顔が俺の顔に近づいてきた。




「んっ――」




 火凛から、鼻にかかったような甘ったるい声が漏れ、既に密着しているのに、火凛が更に身体を寄せてきた。




 二度目の口づけは、一瞬だけ。


 雨に濡れる火凛の顔が、ゆっくりと、俺の顔から離れた。




 しばらく、俺が雨に濡れたまま、根気よく火凛の言葉を待っていると――。


 真っ赤っ赤になった火凛の顔が、ぷいっと横に逸らされた。




「ジン。今のはさっきお前に助けてもらったことへのお礼課金だ。断じて雰囲気に流されてシたわけじゃないから――勘違いするなよ」




 ぼそぼそと、火凛は物凄く気まずそうに、今の「課金」の真意を説明した。




「あ、あの、火凛。だっ、だって今お前、二回も課金シて――!」

「いっ、今の二回目は……その、ほら、私の夢を褒めてくれたことへのお礼だよ。お前が、他ならぬお前が、私の夢を応援してくれたのが嬉しかったから――」




 火凛はそう言ってから、急に俺の胸に頬を寄せ、まるで俺の心臓の音に耳を澄ませるかのように目を閉じた。




「ジン」

「おっ、おう」

「私、頑張るよ。お前が素敵だって言ってくれた夢を叶えるために、これからも努力する。だから――お前も、ずっと私の隣で応援しててくれよ?」




 おう、と言おうとしたのに――その時の俺の喉からは、かひゅっという情けない空気の音が漏れただけだった。


 濡れているはずなのに、まるで発熱しているかのように熱く感じる火凛の体温を、俺はずっと雨の中で感じていた。




「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

下の方の★からご評価くださるか、

『( ゜∀゜)o彡°』とだけコメントください。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
てえてえ ゜∀゜)o彡°
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ