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歪み姉ぇ

「ただいま~」




 俺がボロネーゼのソース作りに精を出していたときに、二人目の姉妹が帰ってきた。


 普段は生徒会活動があり、一番遅い時間に帰宅するのが割と当たり前なのに、今日は随分早いご帰宅だ。


 玄関からリビングに続くドアを開けて帰ってきたのは、ゆるふわな栗色の髪の、なんだかちょっと湿り気多く感じる目をした女子――この家の次女、御厨林音(りんね)だ。


 相変わらず、この人と顔を合わせる瞬間は、なんだかいつも緊張してしまう――俺は言葉選びを間違えないように、慎重に挨拶した。




「おっ、おう、リン、おかえり。今日は生徒会なしだったのか?」

「ええ、珍しくね。今日は随分早い時間から夕食作り?」

「え? あ、ああ。フーに今日はボロネーゼがいいって言われたから」

「あら、悪いわね。フー姉さんにはあんまり好き嫌い言うなって後で言っとくから」

「いや、それはそうなんだけどな……」




 そう言うぐらいならお前らが積極的に家事をしてくれればいいんだけどな……。


 俺は喉元まで出かかった皮肉を飲み込んだ。


 この人にはおそらくどんな皮肉も通じない、という、今まで幼馴染として付き合ってきた確信がある。


 どんな皮肉を言ったとしても、ただただ、その年齢に不相応に妖艶な笑みで微笑まれて――それで終わりなのだ。




 この御厨林音(りんね)は、御厨三姉妹の次女。


 品行方正、成績優秀、生徒会副会長も務めていて人望もあり、その誰彼にも優しく、年齢に不相応の物腰の柔らかさを知られる才媛(さいえん)でもある。




 だが――この物腰と身体の柔らかさに決して騙されてはいけない。


 曲者度なら、この人もなかなかの曲者、いや、曲者度なら三姉妹の中で一番タチが悪いとさえ言える女だ。


 俺は林音から視線を外し、手元に集中しようとする。




「さて、夕飯作るぞ。フーは風呂入ってるからな」

「はーい」

「さっきも言ったけど今夜はパスタだ」

「はい」




 俺が事務的にそう告げた、その時。


 林音が、おや、という表情になり、俺のところに歩いてきた。




 え、なんだ? と俺がちょっと身構えると。


 林音がキッチンに立つ俺の身体に鼻先を寄せ、くんくん、と犬のように匂いを嗅いでから、視線だけを上に上げて俺を見た。




「んん、どうしてかなぁ。ジン君の身体からフー姉さんの匂いがする」




 その一言に、来た――と、俺は背筋に走る怖気を感じた。




「あ――それは、さっきホラ、フーと会話したから」

「んん~? 会話しただけじゃこんな強い匂いにならないと思うんだけど、違うかなぁ」

「あ……そ、それはホラ、さっきフーの洗濯物を洗濯機に入れた時についたんじゃ……」

「おやおや、ジン君の肩口に髪の毛がついてる。この髪の毛はフー姉さんのに間違いないわね」

「え!? か、髪の毛!? さっきついたのか……!?」

「あーあ、白状しちゃった。やっぱり♪」




 瞬時、林音の声が数段トーンを下げ、はっ――!? と俺は術中にハマったことを察した。


 上目遣いで俺を見ている林音は薄く笑みを浮かべていたけれど、その目は全く笑っていなかった。




「ふーん。ジン君、フー姉さんに課金サれちゃったんだね。だからジン君からフー姉さんの匂いがするんだ?」




 その声の響きには、何らかの、しかし凄まじいまでの情念が滲んでいて、俺は背筋に怖気が走るのを感じた。




 そう、他の姉妹も多分そうでいてくれてるとは思うのだけれど――林音はとりわけ、幼馴染であり、弟分である俺を異常なほど溺愛してくれており、とにかく隙あらば引っついてきて甘やかそうとする悪癖がある。


 なおかつ、林音は小さい頃から物凄く湿り気が多い性格で、普段は物腰柔らかなのに、怒るとこれが怖いのだ。


 とりわけその傾向が強まるのが「課金」のとき――俺が他の姉妹に「課金」サれたことを知ると、顔には出ないものの、林音は途轍もなく不機嫌になるのである。




 ヤンデレ――この人はいわば、そういう性格に生まれついているのかもしれなかった。


 その厄介な性向のせいでついたあだ名が「歪み()ぇ」――。


 その年齢不相応な色香と物腰しの柔らかさに隠された、情念の塊としか言えない、淫魔(サキュバス)のように歪んだ裏の顔。


 この人はその妖しい二面性を俺だけでなく、己の姉妹にすら恐れられているのだ。




 あ、あう、と俺が絶句してしまうと、林音は今度はにっこりと笑った。




「別にそんな顔しなくていいのよ、ジン君。ジン君が私たち姉妹に可愛がられてるのは事実なんだもの。けどなぁ、フー姉さんがそうしたなら、今度は私がジン君を甘やかす番よねぇ?」




 ゆっくりと頭を撫でられると、これがなんだか怖い。まるで女郎蜘蛛の化け物に雁字搦めにされる直前のような気分だ。


 俺は断固として首を振り、さっさと台所に向き直ろうとした。




「あ、あの――リン、ホントいいから! 後で纏めてたっぷり甘えさせてもらうから! それに、あの、俺、パスタ作らなきゃだから――!」

「課金」




 ――その一言は、まるで雷のように響き渡った。


 俺が視線だけで林音の顔を見ると、林音の勝ち誇ったような笑みがあった。




「ジン君に『課金』スるわ。だから私に上書きさせなさい。少しでいいから――ね?」




 林音は、人差し指を唇に当てながら蠱惑的にそう言った。


 赤いリップグロスの塗られた、赤く腫れたようにな、蠱惑的な唇が、俺の一切を飲み込まんとするかのように視界に飛び込んでくる。




 ぞぞっ――と、俺の背筋にさらなる悪寒が走った。


 課金つきで――しかも膝枕までしてくれるというのか。




 否、この人は違う。この人の真意は明確だ。


 この人は、この人という人は、膝枕をした上で更に俺の唇を貪ろうというのだ――。




「あの、ホント勘弁してくれ! もうすぐカーも帰ってくるだろうし、あの、幼馴染相手とはいえ本来そういうのはよくないことで……!」

「課金要らないの? あーあガッカリ。ジン君は結構意気地なしなんだね。最近は少し男の子らしくなってきたと思ってたけど、さてはまだ毛も生え揃ってないのかな?」

「うぐ……! な、何を……!」

「私にとってジン君を甘やかすのは人生のカンフル剤なの、課金シてでもたまに摂取しないと人生に張り合いがなくなるから――ね? そーれっそれ、課金♪ 課金♪ 課金♪」




 林音は小馬鹿にするかのように手を叩いて歌い始めた。


 相変わらず、この人はこういう小悪魔みたいなからかい方が上手い。


 これは――もう覚悟を決めるしかあるまい。


 俺はエプロン姿のまま、のしのしと林音に歩み寄った。




「……そこまで言われたら引き下がれるかよ。どうせ今断っても後で三百倍ぐらい意気地なしってコケにされるのがオチなんだからな。――やってもらおうか、膝枕」

「あら、やっとその気になった? 本当にいいの?」

「リンの方こそ、途中で気が変わるなよ?」

「うふふ、その心配は無用よ。さーさ、ここに頭をどうぞ?」

「しっ、失礼します……」




 俺は畳敷きの上にごろりと横になり、林音の膝に頭を載せた。


 最初――林音の方を向いていたけど、これはいけない。


 この人からは幼馴染の俺からしても、何か性的としか言えない匂いが常にするのだ。


 俺が慌てて壁の方に寝返りを打つと――そっ、と、林音が頭を撫でてきた。




「あら、ジン君もしかして疲れてる? 髪にハリがないもの」

「……もとからこんな髪質だよ。これでも結構猫っ毛なの、お前らなら知ってるだろ」

「そうかなぁ、小さい頃、一緒にお風呂入ってた時はジン君はそうじゃないと思ってたんだけどなぁ」

「そ、そんな昔のこと思い出さないでくれ――」



 

 いや、昔すっぽんぽんで一緒に風呂入ってたのは事実だけど――。


 俺はたぶん、耳まで真っ赤になりながらその癒やし――否、拷問に耐えた。




 林音はそれから十分近く、何がそんなに楽しいのか、子守唄のような鼻歌を歌いながら俺の頭を撫でた。


 膝の感触、髪を撫でる掌の暖かさ、耳に心地いい鼻歌――。


 それはまさに極上の癒やしと言えたが、あまりここで骨抜きにされてはいけない。この癒やしに耐えて身体を起こさないと、今後の行動に差し障る。




「あの――流石に、もういいよな?」




 俺はそう宣言し、上半身を起こして壁際を向いた。


 背中に、うふふ、という蠱惑的な笑い声が聞こえた。




「あら、遠慮しなくていいのに。もっと甘えなくていいの?」

「遠慮なんか最初からしてねぇよ。単にリンのお願いを聞いたってだけで、最初から俺に下心はない」

「あらあら、お姉ちゃん同然の私なのに、そんなに課金シてほしいの? ジン君ったらナマイキねぇ?」

「それは――リンがそうしたいって言ったから――!」




 俺が振り向きざまにそう言ったときだった。


 のけぞりそうになるほど既に近くにあった林音の顔が、ほぼ一瞬と間を置かずに、俺のと重なった。




「ジン君――」




 ほう、という甘い息とともに、俺は林音に唇を奪われた。


 まるでそれは女神が祝福を授けるような、優しく、甘いもの――。


 途端に、林音の全身から常に放たれている妖しい色香がむんと濃さを増して鼻腔をくすぐり、頭がくらくらした。


 脳髄を(とろ)けさせるような、淫らで、男女の営みすらをも想像させる、それは正しく淫魔の「課金」だった。




 しばらくして、ちゅ――と、淫猥な音をわざと立てて、林音は俺から唇を離した。



 

 あまりに突然な「課金」に、俺は咄嗟に物が言えずに口元を手の甲で押さえた。


 そんな俺を、うふふ、と林音はからかうように笑った。




「相変わらずウブねぇ、ジン君は。課金スる度に真っ赤になって」

「すっ――スるならスるって言ってから『課金』シろよ! ああ、もう、び、びっくりした――!」

「課金スる、って言ってからしたら、ジン君のその顔が見れないもの。あはは、不意打ち成功だ♪」




 悪魔は、ぺろり、と舌先で唇を舐めながらそう言った。


 まるで肉食獣が味をしめたかのようなその所作に、頭に音を立てて登る血潮の音が聞こえた気がした。


 おそらく真っ赤っ赤になっているのだろう俺の顔を、まるで愛し児を愛でるように眺めて――林音は満足そうに笑った。




「さーさ、ジン君に課金もシたし、私も充電もできたし。ご飯の前に宿題しよっと♪」




 そう言って林音は立ち上がり、まるでワルツを踊るかのような足取りでトントンと階段を昇っていってしまった。




 くそっ! と俺は心の中で毒づいた。


 この人はどっちなんだ。女神なのか――それとも悪魔なのか。




 子供の頃から相変わらず蠱惑的で得体が知れない、魔性のヤンデレ課金女。


 それが御厨林音という人なのだと認識を新たにして、俺はキッチンに戻っていった。







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