呼び出し
その後、授業は恙無く終わっていった。
朝こそ疼いた古傷だったけれど、林音の応急処置と添い寝が意外なぐらい効果を発揮したのか、その後は疼くこともなく、授業を続けることが出来た。
六時限目が終わって放課後になるなり、俺はポケットからスマホを取り出し、『天これ』を起動した。
「神秀、お前もう『天これ』始めてんのか? まだ放課後始まって一分経ってないぞ」
俺の前の席に座っている村山が呆れたように言う。
俺は村山の方をちらっとも見ることなく答えた。
「うるせー、ガチャを回すんだガチャを。今日の五時から一時間、ホロレアが出やすいボーナスタイムなんだよ。今日こそSSRキャラである後醍醐天皇ちゃんを引き当てるんだ俺は」
「後醍醐天皇ちゃんって……お前半年前からそれ言ってなかったか? まだ引き当ててないのかよ」
「後醍醐ちゃんはアレだぞ? 南北朝時代を始めた異形の天皇だぞ? そう簡単に吉野の山から出てきてはくれないんだ」
そう答えつつ、俺は祈るような気持ちでガチャを回した。
チュイーン、チュイーン……と、これぞエキゾチックジャパンと言える笙の音が鳴り響き……御簾が上がってガチャの結果が表示された瞬間、俺はがっくりと項垂れた。
「ま、また孝明天皇ちゃん……! もう八人も持ってる……! 日本の夜明けは遠いぜよ……!!」
「あはは、神秀、またガチャの神に微笑んでもらえなかったのか?」
俺が項垂れているところに、帰り支度を始めていた九条が苦笑とともにやってきて、俺のスマホを覗き込んだ。
「孝明天皇ちゃん、ねぇ……今更ながらに本当に不敬だよな、このソシャゲ。孝明天皇って確か明治天皇の親父だろ? そんなキャラがコモンキャラでいいのか?」
「知らねぇよ、開発元と宮内庁に聞いてくれ。とにかく俺は諦めんぜよ、日本の夜明けを見るまでは史実の孝明天皇みたいに崩御していられん! 待ってろ後醍醐ちゃん、俺が必ず隠岐島から救い出してやるからな……!」
「なぁ村山、信じられるか? これソシャゲの話なんだぜ? 流罪になった天皇を救い出すとか日本の夜明けとかさ」
「あぁ、信じられないな。物凄くアツいこと言ってるけど内容はソシャゲっていうのが情けないよな」
「うるへー! 天これやってないお前らに馬鹿にされる筋合いはねぇ!」
俺がいきり立って腰を浮かせると、九条が「まぁまぁ」と俺を宥めながら言った。
「それで村山と神秀、放課後ってなんか予定あるか? 久しぶりにゲーセン行かね? もうすぐテスト期間だからここいらで鋭気と闘気を養っとくべきだろ?」
九条の提案に、村山が「おお、そういや最近三人でツルんでないもんな」と乗り気の声を発し、村山の参加は確定した。
そういや、今日は風夏も林音も何かの予定で帰りが遅いと聞いていたし、まぁ火凛は――多少は空腹のまま放置してもあの人なら大丈夫だろう。
俺も行くぞ、と言いかけた辺りで――まだガチャ画面を表示したままの俺のスマホに、LINEのメッセージが届いたのが見えた。
おや、誰からだろう――スマホを操作し、LINEの文面を見た俺は、うわっと小さく悲鳴を上げた。
「あー……悪い、九条、村山。たった今、少し予定が入ったから俺は今回パス」
俺がそう言って立ち上がると、おや? というように俺を見た九条と村山が互いに顔を見合わせ――ニヤリと笑った。
「おーおーそうか、また御厨さんのどれかとデートの予定か?」
「ま、まぁ、そんなところだな」
「いやいや、モテる男は辛いな、神秀。今回に限って離脱は認める。後でなんか奢れよ?」
「おう、わかってるとも。――それじゃ、悪いな。二人水入らずでデートしててくれ」
言うが早いか、俺は荷物を手早くまとめ、そそくさと立ち上がった。
帰路に着く生徒たちの人混みを掻き分けて歩きながら、俺は手に持ったスマホの画面を見た。
『森崎神秀、ちょっと手を貸せ。場所は生徒会書庫』
ごめんちょっと無理、などと断られることなど微塵も想定していない、この相変わらず簡潔な文面――。中学時代に心ならずもIDを交換してしまったあの女、朝倉カミラからのLINEメッセージだった。
校内ではあまり俺と親しく会話してくれるなと頼んでいたのだけれど、LINEならその限りではないし、過去のとある事情から、俺はこの人の意向には基本的に逆らうことが出来ない。
本人もそれをわかって俺に命令してくるあたり、やはりこの人は名門・朝倉家の跡取り娘であり、下々の頭の上が常に特等席の女なのだと思わされる。
まぁ、今はそんなこと考えても仕方がない。
物思いを打ち切り、俺は校舎の三階にある生徒会書庫を目指した。
◆
「失礼します」
俺が一言断って書庫に入ると、むん、とカビ臭い臭いが鼻を突き、まるで南方の古代遺跡のように立ち並ぶ本棚の威容が飛び込んできた。
その中で、何かの資料に目を通していた掃き溜めの鶴――朝倉カミラが資料から顔を上げ、実に嬉しそうに笑った。
「おー、森崎神秀君。悪いな、急に呼び出してしまって」
「心にもない謝罪は要りません。どうせ悪いともごめんとも思ってないんでしょう?」
「失敬な。私はこれでも結構こういう貸し借りを気にするタイプだぞ、《《キミと同じでな》》」
あてつけたようなその物言いに、俺の中の「舌打ちしたいゲージ」が30%の目盛りを突破した。
早目に済ませたいんですけど、の意志を全身から立ち上らせてその美しい顔をじっとりと見つめたのと同時に、ひょこっと書庫の影から顔を出した二人の人物を見て、おや? と俺は目を丸くした。
「おっ、ジン君来たね」
「ジン君、急に呼び出してごめんねぇ?」
「えっ? リンはともかく、なんでここにフーがいるんだよ?」
書庫の中には、生徒会副会長である林音だけではなく、一般生徒である風夏までもがいた。
俺が説明を求めるように朝倉カミラを振り返ると、ニヤリ、という感じで朝倉カミラが微笑んだ。
「森崎神秀、キミはまだ入学して日が浅いから知らないだろうけれど、これでも御厨姉妹は今までも色々と生徒会の手伝いをしてくれていたんだよ。風夏も火凛も、既に生徒会の一員と言っていいぐらいにな」
うへぇ、そうなのか。
俺がちょっとゲンナリすると、朝倉カミラが笑った。
「ちょっと生徒会の方で書庫の整理をしてたんだが、人手が足りなくてね。男手がほしかったんだよ。三人で相談した結果、そりゃ当然という感じでキミを呼ぼうって話になったのさ」
弟とは忍耐の生き物である――俺は久しぶりに、その言葉を思い出した。
ちぇ、と、俺は今度こそ本当に舌打ちをして、ボリボリと頭を掻いた。
「あーもう、わかったわかりましたよ。すればいいんでしょ、力仕事」
「おうおう、その意気だ。男はか弱い女子に力仕事なんてさせるもんじゃないぞ?」
「今この空間にか弱い女子が一人でもいるってんならあんたは今すぐ目医者行ってくださいよ。揃いも揃って俺を下僕扱いする暴君どものくせに」
「はいはい、ド畜生発言はそれぐらいにしておいてくれ。キミという男は結局頼まれればイヤとは言わない男なのも知ってるしな」
一応は褒め言葉なのであろうその一言に更に居心地の悪さを加速させていた俺は、とあることに気がついて風夏と林音に声をかけた。
「ん? あれ、火凛は?」
「カーちゃんは何か用事があるからって先に帰っちゃったの。なんか駅ビルの書店に行きたいんだって」
「へぇ、そうなのか、珍しいな。アイツが一番頼まれればイヤとは言わない奴なのになぁ」
「何か大事な用事なんでしょ。ささジン君、手伝ってちょうだいね?」
はいはい、と応じながら、俺はとりあえず目についた埃まみれのダンボールを両手で持ち上げた。
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