二度寝
うとうとと、まどろんだような口調で耳元に囁かれて、俺はますます赤面した。
た、確かに昔は、怖い夢を見て眠れなくなったときは、御厨三姉妹の誰かにお願いして一緒に寝てもらったことが何度もあったけど……。
すぐ近くに、俺がいない間にとても美しく、大人びて成長した林音の顔があった。
これは――いくら何でもヤバい。
何がヤバいかって、健全な男子生徒には朝の生理現象というものがあってだな……。
俺は腰だけは林音と密着しないよう、精一杯に身体を離した。
「んふふ、ジン君、顔真っ赤よ? 昔はこうしてよく同じお布団でお昼寝してたのに、もしかして意識しちゃってる?」
「むっ、昔と今は違う……! あのなリン、俺たちはお互いもう高校生であって、本来こういうことはもう軽々しくするのは……!」
「ナマイキなこと言わないの、ジン君の癖に」
ぴん、と人差し指で鼻頭を弾かれ、あ痛て、と俺は間抜けな声を上げた。
んふふ、と、何がそんなに面白いのか、林音はまた笑った。
「ジン君は永遠に、私たちの弟なのよ? 弟が怖がってるときはね、大丈夫、怖くないよって、安心させるのが私たちお姉ちゃんの仕事なの」
よしよし、という感じで、林音が俺の頭を撫でてきて、俺はむずがって目を細めた。
「うんうん、ジン君も成長したのねぇ。もう私たち二人だとベッドが狭いぐらいねぇ」
「あ、当たり前だろ。もう俺だって十六だぞ。それなりに成長もするわ」
「そっかぁ、ジン君ももうすっかり年頃の男の子かぁ。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって私の後をついて回って離れない子だったのに……」
「……さっきから昔の話ばっかりして、何が言いたい?」
「別に。ただちょっと、これからジン君と私がもっと大人になったときのことを考えなきゃ、って」
「は――?」
その言葉に俺が眉間に皺を寄せると、とろん、と眠気に微睡んだ目のまま、林音がぐいっと俺に覆いかぶさってきて、耳元に囁いた。
「今後もジン君と同じ布団で寝ることになるなら、いつかダブルベッドを買わなきゃね――って」
ダブルベッド。その先のことを想像するにはあまりにも淫靡な言葉に、俺は一層激しく赤面して目を見開いた。
同じベッドで寝る? そりゃどういう意味だ……と思わず問い返そうとした瞬間、すぅ、という静かな鼻息が聞こえ、俺は林音を唖然と見た。
林音は――それはそれは安らかに、二度寝の世界に旅立っていた。
は、と、少し呆気に取られてしまってから……ハァ、と嘆息した俺は、身体に絡みついた林音の足と腕を、慎重に振りほどき、ベッドから立ち上がった。
一人で一階に降り、まだドキドキとうるさい心臓を躍起になって落ち着けようとしていた俺は。
突然、なんだかたまらない気持ちになり、俺は壁に背を預け、羞恥心に両手で顔を覆った。
もう、なんでこんな小っ恥ずかしい夢を繰り返し見るんだ、俺。
こんな乙女みたいな夢、そう何回も見なくってもいいはずなのに。
あれから五年近く経っているのに、この古傷が疼く度にあのときの夢を見てしまう自分が――物凄く恥ずかしかった。
あの時、俺を目覚めさせてくれた、俺の「初課金」は、一体誰の「課金」だったのか――。
あまり考えないようにしているというのに、ふとした拍子に繰り返しそのことを考えてしまう自分が、まことに腹立たしくて、気持ち悪い。
馬鹿馬鹿しい。別に俺はあの時、俺を目覚めさせてくれた三姉妹のうちの誰かに恋してるわけじゃない。
第一、あのときのことだって、現実だったかどうか曖昧だ。昏睡状態から覚める際に見た幻覚だった可能性だってある。
そもそも、誰かのキスによって死の眠りから覚めただなんて――あまりにもメルヘンでロマンティックで、小っ恥ずかしすぎる。
けれど――俺はどうしても気になるのだ。
あの時、俺を死の淵から救い出してくれた救いの「課金」が、一体三姉妹の誰のものであったのか。
本人たちにそのことを問えば、きっと一発で俺の五年来の疑問は解けるのだろう。
だけど、それだけはしてはならない、という自分もいた。
それが誰であったか問うてしまうことは、今もまるで実の姉のように付き合っている御厨姉妹の中のひとりを――特別なひとりとして意識するきっかけになってしまう気がして。
「馬鹿馬鹿しいよ、ホントに――」
そう、馬鹿馬鹿しい。こんなことを気に患っている自分も。
聞けばスッキリすることなのに、今の関係を壊したくなくてビビっている自分も。
何もかもが――馬鹿馬鹿しくて、恥ずかしい。
しばらく、俺は自分の情けなさに落ち込んでから、シャワーを浴びるべく一階に降りる一歩を踏み出した。
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