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添い寝

 この状況に仰天した俺は素っ頓狂な悲鳴を上げ、ベッドの上で暴れた。




「ちょ、リン――!? なっ、何やってんだお前ぇ……!?」

「あら、ダメよジン君、寝起きでそんなに暴れちゃ」

「おっ、お前、なんで俺のベッドに!? っていうか俺に何をしてんだ!? とっ、とりあえず離れろ――!!」




 俺は林音の腕を振りほどいて跳ね起き、ベッドの際まで後ずさった。


 パジャマ姿の林音は如何にも寝起きというような感じでもちゃくちゃに頭をほつれさせたまま、ふわぁ、と大あくびを欠いた。


 もともと揃いも揃って抜群のスタイルを誇る御厨姉妹の次女、長女の風夏ほどではないにせよ、薄い生地で出来たパジャマ姿は本人の肉付きのよさが隠れておらず、幼馴染の俺と言えど、全く目の毒としか言いようがなかった。


 俺はガタガタ震えながら林音を指さして詰問した。




「おっ、お前、いつから俺のベッドに!? まっ、まさか夜通し――!?」

「いくらなんでも私だってそんな夜這いみたいなことしないわよ。添い寝してたのは朝の四時ぐらいから。なんだか今朝は早めに目が覚めちゃってねぇ」

「早めに目が覚めちゃうとお前は人のベッドに夜這いするのか!? どうなってんだお前の常識!?」

「違うわよ。朝の牛乳を飲もうとしたら切れちゃってたからジン君の家に借りに来たの。ほら、そこに牛乳パックあるでしょ?」




 ホラ、と指さされた机の上には、確かに牛乳パックがあった。


 なんだそうだったのか、と納得する愚は犯さず、俺は更に詰問した。




「ぎっ、牛乳なら一階の冷蔵庫から勝手に持ってけばいいだろ! 何故にお前は二階にある俺の部屋の、しかも俺のベッドの側に……!?」




 俺の言葉に、俺を見つめる林音の表情が心配そうに曇った。




「ジン君、もしかして覚えてないの?」

「え――?」

「一応、そのことを断ろうと思って部屋の前まで来たら……ジン君、物凄い声で(うな)されてたのよ? 部屋の外まで聞こえるぐらいの声で。だから私が……」




 魘され声。その言葉に、俺がさっきの夢の内容を思い出した、それと同時だった。


 ゴォン、ゴロゴロ……という、低い遠雷の音が窓の向こうに聞こえて、俺は少しだけ、その遠雷の音に意識を奪われた。


 そういえば昨日の天気予報で、今日からしばらく天候がぐずつくと聞いてたっけ――そう思った途端、ズキン、と、俺の右の腰の辺りに鈍い(うず)きが走った。




「あ、うっ……!?」




 うめき声を上げて、俺は思わずその場所に手をやった。


 ちくしょう、さっきの夢を見たのはこの疼きが原因か。


 林音が、はっとしたように俺を見た。




「ま、まさかジン君、傷痕が痛むの!?」

「……痛いってほどじゃない。気圧が下がってくるとたまに疼くことがあるってだけだ。心配はいらない、すぐ治まるよ」

「すぐ治まる、って――! きっ、傷を見せてジン君! 私がなんとかするから!」

「あ、ちょ、い、いいって! こんなもんすぐに治まるんだって!」

「馬鹿言っちゃダメ、ジン君はそれで一度は死にかけたんだから! いいから傷を見せてっ!」

「わ、馬鹿! こっち来るな狭いんだから――うわわわっ!!」




 ドサッ、と湿った音とともに、俺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 馬鹿、離れろと怒鳴りつけようとして出来なかったのは、俺の脇腹に走る、古い傷を見て、林音が泣きそうな表情を浮かべていたからだ。




 俺の背中から右脇腹にかけて走った、幅十センチに満たない古傷。


 生命維持に必要な太い血管を数本断ち切った傷は、内臓にまで達していたという。


 それはかつて、俺がこいつらを守るためにやらかした無茶のせいでついた傷だ。




「ジン君」

「おっ、おう……」

「あれから五年も経ってるのに……まだ痛むの?」

「――何度も言うけど痛くはない。もう傷は完治してる。いいから気にするな」




 俺に馬乗りになった状態で傷に触れている林音が、ゆっくりと、俺の寝間着のTシャツをめくり上げた。




「お、おい、リンってば――!」

「黙って。こういう古傷は温めれば痛みが引くから」




 有無を言わさない声でそう押し迫られるのと同時に、林音の右掌が俺の傷にそっと触れた。


 じわり、と、意外なほどに温かい林音の体温が流れ込んできて、思わず、ああ、と声が漏れそうになり、傷口の疼きが徐々に弱まってゆく。




 気まずくて仕方なかったが、何を言ったらいいのかわからなかった。


 仕方なくされるがままになっていると、心配そうな口調で林音が口を開いた。




「どう? 少しは楽になった?」

「おっ、おう」

「それはよかった。あんまり痛い日は無理しちゃダメよ? タダでさえジン君、私たちのこととなると無茶ばかりするんだから……」




 わかってるよもう、と応じて、それきりお互いに無言になった。


 昔は直接身体に触れられることなんてなんともなかったのに、美しく、妖しく成長した今の林音からは、メスの香りとしか言いようがない、華やかで甘い芳香が常に漂っている。


 中学を卒業し、俺がこの家に帰ってくるまでの三年間で、思えばこの人が一番大人びたな――。


 俺がそんなことを考えながら三分ほどじっとしていると、ようやく林音の手が俺の古傷から離れた。




「もう大丈夫そう?」

「ああ、心配してくれてありがとうな、リン」

「そんなこと気にしないで。むしろ私たちの方がジン君にお礼言わなきゃ。この傷痕はジン君が私たちを守ってくれた傷なんだから」




 林音は無表情で、しかし俺をまっすぐに見つめながら、指先で傷痕をなぞった。


 こちらを見つめる林音の視線には満杯の「心配」が込められていて、俺の方が却って申し訳なくなるぐらいだった。


 この人は弟分である俺を必要以上に溺愛してくれているから、あの事件が起こったときのこの人は、ほとんど食事も喉を通らないぐらい憔悴していたのだと、後で聞いた。


 気まずさをごまかすために、俺は壁掛け時計を見て時刻を確認し、ベッドから起き上がろうとした。




「あ、ああ、時計見たらもう六時か……。そろそろ起きて朝食作らないとな……」

「あら、まだいつも起きて来る時間まで三十分は時間あるでしょ?」

「二度寝しようにも誰かさんのおかげで目が冴えちゃったんだよ……」

「いいからまだ寝てなさい。ほらもう、あんまり逆らわないの」

「うわっ、ちょ、Tシャツ引っ張るなって……!」




 起き上がりかけたのをTシャツを掴まれて阻止され、再びベッドに倒れ込んだのと同時に、俺を逃がすまいというように素早く林音の腕が俺の背中に、足が俺の腰の辺りに絡まり、身動きが封じられた。




「おっ、おい、リンってば……!」

「いいからもう少し、ね? 怖い夢を見たならリンお姉ちゃんが添い寝してあげる。昔みたいに、ね?」




「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

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