明桜学園
「同じ生徒会、って――! えっ、ジン君って明桜学園にいたの!?」
驚いたようにそう言ったは、今この高校で生徒会副会長である林音だ。
林音だけでなく、風夏も火凛も、そしてすっかり路傍の石と化している村山も九条も、仰天したように俺を見た。
知らなかった、という全員の表情に、俺は苦々しく無言を通すと、火凛が恐れ入ったように口にした。
「……明桜って言ったら、他校にも名前が轟くエリート学校じゃないか。なんだか私たちが聞いても頑なに中学時代のことは語りたがらないとは思ったけど……ジン、まさかお前はそんなところにいたのか」
「おや、それも喋っていなかったのかい? そうとも火凛、この男はあの明桜学園の中等部でボクの右腕を務めていた優秀な生徒会書紀だったとも。こんな優秀な実務家は他ではちょっといないんだぜ?」
何故なのか、朝倉カミラが得意げに笑った。
なまじ顔が整っているため、そのドヤ顔は常人の数倍も完成されて見えるのがムカつく。
そしてそれ以上に、俺がこの三姉妹には口が裂けても言いたくなかったその事実を簡単にバラされたことには――もっとムカついた。
そう、私立明桜学園。
それはこの地方では名門中の名門として知られる、歴史ある学園組織である。
歴史と伝統とを併せ持ち、学生運動華やかなりし時代には学園の自治権を巡って教師陣と激しく対立して見せ、周囲の有名大学からも一目置かれたという、その学園の生徒会。
そんな入学金も偏差値もバカ高い名門学園組織の頂点に、一瞬でも俺が籍を置くことになった経緯については、この三姉妹にすら話していないことだった。
そんな俺の憤りを努めて無視して、目の前のアホ金髪は更に余計なことを言った。
「この男は中学時代、ボクの右腕として共に闘った仲だ。共に越えた死線は数しれず、共に交わした契りも数しれず――そんな仲の男と女だよ、なぁ森崎神秀?」
「何を言ってるんですかアンタはもう。っていうか死線ってなんですか? いくらささやかな名門校の生徒会とはいえ、中学の生徒会なんて所詮は教師どもの傀儡でしょ。あそこに一体なんの主体性がありました?」
「フフ、相変わらずド畜生だなぁ君は。生徒会が傀儡だなんてボクや御厨副会長の前で堂々と口にするかい?」
その正論に、俺は少し黙ってしまった。
俺を黙らせたことが嬉しかったらしく、朝倉カミラは林音には見えないように薄く笑い、実に優雅に紙ナプキンで口元を拭った。
「まぁ安心してくれ。高校でも是非ボクの右腕を続けてほしかったが、キミを生徒会に勧誘するのは既に諦めた。今のキミはボクなんかと一緒にいるより、御厨姉妹との時間を大切にしたいようだからな」
「ほ、本当に知り合いなんだね、カミラちゃんとジン君って……。ジン君、なんで今まで私たちにそのことを言わなかったの? カミラちゃんと私たちが友達だって知ってたでしょ?」
風夏の言葉に、俺は返答に困ってしまった。
そう、明桜学園などといういたくもない居場所を脱出し、ようやく元の自分の居場所に帰ってくることが出来た、俺の唯一の誤算。
それは――朝倉カミラが他でもない、この御厨姉妹と親友になってしまっていた、その事実そのものだ。
無論、偶然ではない。
否、この女の前ではどんな偶然も必然になる。
この人は先回りをしたのだ。俺が自分の下から離れていかないように。
だから先回りをして御厨姉妹がいる高校を受験し、どうやっても俺が間に合わない一年の間に、首尾よく俺の幼馴染と友人になった。
この人ならそれぐらいのことはやるし、手に入るものは何があっても手に入れる。
それがこの女の実家、朝倉家という家の流儀なのだ。
ハァ、と野太いため息を吐いて、俺は切り出した。
「なんだか思わせぶりに寄ってきたと思ったら、随分と俺の外堀を埋めるような話ばかりしますね、朝倉会長――」
結局この人が、俺に対して何の回答を望んでいるのかは知っている。
そしてなおかつ、今、朝倉カミラが俺に返答を望んでいることは、生徒会に勧誘されるよりも、俺にとっては遥かに受け入れがたくて屈辱的な話なのだ。
当然、俺は噛みつくかのように返答した。
「どうせここに来た本題はあの件について、なんでしょ? 中学時代から何度も言ってますがお断りします。その提案を受け入れることを考えるだけでも怖気が走る。出来れば俺はもう二度と同じ質問をされたくないんですが」
「あの件? あの件って何? ジン君、カミラちゃんとなにか約束でも――」
「お前らは何も知らなくていい」
思ったより鋭い声が出て、御厨姉妹がはっと息を呑んだのがわかった。
俺の怒気を柳に風と受け流し、今度は朝倉カミラが口を開いた。
「どっこい、こればっかりはボクもそう簡単には諦められないんだ。これはボク個人の願いでもあり、ボクのお祖父様の、我ら朝倉家の願いでもあるからな」
それ以上を御厨姉妹の前で口にしたら殺す。
かなり本気の視線で俺が睨みつけても、朝倉カミラは涼やかな薄笑みとともにそれを受け流した。
もう会話をするのも鬱陶しくなり、俺は手をひらひらと振って朝倉カミラを追っ払おうとした。
「とにかく、俺にはその意志がありませんし、この結論は何があっても覆りませんから。金輪際同じ話はしないでください。いいからその話はよしてくださいよ」
「こんな言い方はしたくはないが――他ならぬボクが、だよ? これだけ頼んでもキミは素直にうんと言ってくれないのかい?」
急に――朝倉カミラの声がトーンを下げ、テーブル付近の気温が二、三度低くなった気がした。
「『他ならぬボクが』、ってなんですか? 俺に何を想像させようってんです?」
固唾を呑んでこちらを見ている御厨姉妹、そして完全なる部外者である村山と九条に申し訳ないと思いつつ、俺の方も遠慮なく言い返した。
「やっぱりやんごとない家のお嬢様の言うことは民草とは違いますね。多少自分が恵まれた立場にいることを自覚してるから、ただ頼むだけで人に圧力をかけられるのがアンタにとっては当たり前ですもんね?」
俺の険悪な一言に、学食内が水を打ったように静まり返る。
俺は朝倉カミラの目から視線を外さずに、その美しい顔に宣言した。
「けどな、俺にはアンタの家柄も財力も権力も関係がない。俺は俺が納得できないこの世のどんな権威にも頭は下げない。たとえそれが朝倉重工のボンボンの、願えば何でも自分のものになる女のお気持ち表明であってもだ」
「おっ、おいジン――!」
火凛が少し慌てたように俺をたしなめたが、俺は無視した。
俺は朝倉カミラの目を真正面から睨みつけ、一歩も退かないという意志を明確にした。
朝倉カミラも動じない。ほほう言うじゃないか、というように、意味深な笑みが深くなる。
「おお、これは失礼。キミは他の人間よりボクのことを色々と知ってるものな。こういう頼み方は確かに卑怯だったね。謝罪させてくれるか?」
「ふん、お互い様ですよ。――とにかく、朝倉会長。もうこの話はやめにしてください。周りを見て」
俺は瞬時、テーブルを囲む御厨姉妹に目配せした。
「俺たちはただここに楽しく昼飯を食いに来ただけです。その空気がアンタの乱入でぶち壊しだ。本当にアンタが御厨の肉団子と友達なら、友達にこんな表情をさせた責任をどう取るってんです?」
俺のたしなめる声に、朝倉カミラが意図の知れない失笑をした。
「確かに。これ以上キミたちの時間を破壊する権利は――ボクにはないかもしれないな。悪かった、森崎神秀。そして御厨のみんな、それと村山征君と九条優君。後はキミたちだけで楽しく食事してくれ」
その声に、村山と九条が戸惑ったような表情になった。
この女ならそれぐらいは当然だった。全校生徒の名前と顔を一致して記憶することなど朝飯前――この人はそういう人なのだ。
朝倉カミラは戸惑っている村山と九条を楽しそうに眺めてから、朝倉カミラは最後に俺に一瞥をくれた。
相変わらずだなぁ、キミは。
その半笑いの目は、明らかにそう言っていた。
そして、その目に、明らかにかつての相棒に向けるもの以上の親愛の念が込められていることも――悔しいが、俺にはわかってしまった。
俺は、この人のこの目が苦手だ。
俺とは違う、碧色の瞳も。
俺とよく似た位置にある泣きぼくろも。
俺たちの間に流れる因縁を否応なく思わせる、この瞳から放たれる何かが――俺は物凄く、とても、非常に――苦手なのだ。
それきり、美しい金髪をしゃらりと揺らし、朝倉カミラはまだ食べ残っているうどんをトレーに乗せて立ち上がり、颯爽とどこかへ消えて行った。
後には、困ってしまったように顔を見合わせる御厨姉妹と、水を打ったように静まり返った生徒たちだけが残された。
「じ、ジン君――」
しばらくして、林音が遠慮がちに声をかけてきた。
それと同時に、硬直していたみんなが徐々に元に戻り始め、俺は二、三度頬を震わせて苦笑いしてみせた。
「あー、すまんすまん。シラケさせちゃって。お前らも悪かったな、なぁ村山、九条」
俺が軽口とともに二人の肩を肘でどついても、二人は困惑した表情のままだった。
「じ、神秀……。お前って何者なんだ? 御厨さんたちだけじゃなくて、朝倉会長とも知り合いとか……」
「やめろよ、そんなんじゃない。俺は単なる一般ピーポーで、あの人とは元から住む世界が違う人間だ、安心してくれ」
「そ、そういうことじゃなくて……!」
今度口を開いたのは風夏だ。明らかにその表情には怯えの色がある。
風夏はこういう性格で、人が対立したり喧嘩したりしているのを見るのを物凄く怖がるから、今のやり取りは相当不安だったに違いない。
「ああ、風夏、悪かったな。見苦しいところ見せちゃって」
「い、いいよジン君。あのね、でも……」
「悪い。俺、うどんの汁かかったし、もうカツカレー食うのやめるわ。そういうことで、後は五人で楽しく会話してくれ、な? 村山、九条。後を頼んだぞ」
「えっ、えぇ……!? ちょ、ちょっと待て神秀! 俺たちだけで御厨さんたちと話しろって……!?」
「何だよ、何ビビってんだ? お互い合コンだと思って楽しんでくれ。――じゃ、俺はこれで。ごゆっくり」
俺はそそくさと立ち上がり、びちゃびちゃになったカツカレーが乗ったトレイを持ち上げ、学食のカウンターに向かった。
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