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生徒会長

 ガッシャーン! という、食器のトレーが床に落ちる音と同時に、俺の頭皮に熱々の液体が降り注いだのは同時のことだった。




 派手に仰向けになって数秒、むくり、と身体を起こしたその女子生徒は、それから床の上に落ちていた黄色い何かを取り上げ、しげしげと眺めた。




「――フッ。このボクとしたことが、バナナの皮なぞを踏んで派手に転んでしまうとはねぇ。今時到底流行らないギャグだよ全く。しかし何故ここにバナナの皮が? これは生徒会で問題にしないといけないな……」




 この後に及んでも全くクールな、としか言えない、女のそれにしては低い声が背後に発した。




 頭から滴り落ちるうどんの出汁がしょっぱかった。


 バナナの皮を踏んで転倒、そして他人の頭にうどんをダイレクトアタックするという、今時到底流行らないだろう一発ギャグを決めて見せた女は、そこでやっと唖然としている御厨三姉妹、そして九条と村山の前、そして頭からうどんまみれになった俺に気がついたようだった。




「――んん? ああ、何故なのか頭からどんぶりを被っている男がいると思ったら、森崎神秀か。キミは何故にボクが食べる予定だったうどんを頭から被っているんだい?」




 そこでようやく俺を認識した声を発したその人物を、俺はゆっくりと振り返った。




「……朝倉会長。こういう時は普通、まず最初に発するべき言葉は謝罪だと思いますけれど……」

「おや、すると今キミが頭に乗せているどんぶりはボクのものということか。これは失敬。ということは、こういうことだな?」




 金髪の女は、そこで虚空に視線を上げて人差し指を立て、冴えた表情で言った。




「ボクが学食でうどんを食べようとしたところ、ボクの友人である御厨姉妹とキミが楽しそうに食事をしているところを発見してしまった。あんまり楽しそうなので、ボクも是非そこに混じって食事をしてみたいと思って接近した。そうしたら何者かが学食内の床上に遺棄したバナナの皮を踏んでボクが転んだ。そしてその結果、ボクが食べるはずだったうどんがキミの頭に降り注いだ――と、そういうことだね?」

「いちいち一旦整理が必要な状況ですかね、これ!? ひと目見て何が起こったか察してくださいよ!」

「ああ、悪かったよ。ボクのうどんがキミに大変な失礼を働いてしまったようだ。これで顔を拭きたまえよ」




 ――ちっくしょう、何が「拭きたまえよ」だ。少しは悪びれるってことを覚えろ。


 そこで、男のそれと見まごうほどに短く切り揃えられた金髪を光り輝かせ、女子生徒は実にスマートな手つきでハンカチを差し出してきた。


 それを受け取った俺は、まず頭の上のどんぶりをテーブルの上に置き、顔中を濡らしたうどんの出汁を丁寧に拭き、頭の上に乗ったうどんを手で掴んでどんぶりに入れ、そして汁まみれになったハンカチとを女子生徒に返した。


 女子生徒は床に落ちたトレーを拾い上げ、そこにどんぶりを乗せ、実にスマートに微笑んでみせた。




「重ね重ねすまないことをしたね、森崎神秀。もう一度謝罪をさせてくれ。それと、キミさえ失礼でないなら君の制服代のクリーニング代も負担させてくれると嬉しいな」




 これだけのことをしでかしておいて、あくまで上から目線。


 本当に、この人は変わらない。出会った頃から少しも。


 不本意にも、中学時代の三年間でそれなりに長い付き合いになってしまったこの人物は、よく言えば些細なことを気にしないマイペースな性格、悪く言えば無礼と無遠慮の塊である。


 まぁ、最大限美辞麗句を並べ立てて褒めるとするなら、こういう何事にも頓着のない超人的な性格でなければ、かの名門・朝倉家の跡取り娘など務まらないのかもしれなかった。




 彼女の定位置は常にてっぺん、人の上に立つのが当たり前の人。


 かつて先祖からは皇族の伴侶(はんりょ)をも輩出したことがあるという、この地方随一の名門華族家・朝倉家の一人娘。


 どこにいても一発で目を引く、祖国では知らぬ者のいない大女優だった母親から受け継いだという色素の薄い金髪と、工芸品のように白い肌。


 まるでヨーロッパの王国の王子様のような、尊大で浮世離れしたような立ち居振る舞いは、彼女が小学生の頃から続けている俳優稼業で培われたもの。


 金髪碧眼のハーフ美人、そしてこの名門進学校の生徒会長を務める才媛であり、某有名劇団所属の芸能人、とどめに近年、モノづくり大国ニッポンの中でメキメキと頭角を現してきた巨大企業・朝倉重工の社長令嬢でもあるという、才能にも家柄にも恵まれきった女。




 そしてとどめに――この三姉妹にとっては、無二の親友である女。


 それが目の前のこのアホみたいに光り輝く金髪の女子生徒――四月の選挙で対抗馬にダブルスコアの票差をつけて新生徒会長に就任したという傑物、二年の朝倉カミラ生徒会長である。




「ああ、すっかりと汁がなくなってしまったが仕方ない。風夏、林音、火凛。キミたちと昼食をご一緒しても?」

「え、えぇ? カミラちゃんなら構わないわよ。フー姉さんもカーちゃんもいいわよね?」

「そうか、ありがとう。森崎神秀は――いいよな?」




 少し迷ったが、俺は無言で頷いた。


 土台、この人は御厨三姉妹の親友だ。俺の意志だけで同席を断れるわけがない。




 校内外に美人姉妹として名を轟かせる御厨姉妹、そして圧倒的な美貌と財力と権力とに恵まれた朝倉カミラがその場に揃い踏みしたことで、俺の周囲はいよいよ秘密の花園の様相を呈してきた。


 事実、もう少しで御厨林音との間接チューが叶ったはずの村山などは、今や圧倒的な陽のオーラに身が竦んだのか、アホのように口を開けて朝倉カミラを眺めている。九条はもはや置物と化して完全に気配を消していた。


 朝倉カミラが実にスマートな所作で他の席から椅子を引っ張ってきて、俺の隣に座ったところで、火凛が物珍しそうな表情で口を開いた。 




「それにしても珍しいな。カミラが学食で食事をするなんて」

「ああ、普段はそんな暇はないんだけどね。今日は少しだけ時間が出来たからな」

「カミラちゃん、この間まで舞台の役作りのために食事抜いてたんじゃなかったっけ? お腹減って辛かったでしょ?」

「そりゃあ辛かったとも、風夏。だから久しぶりの食事を楽しみにしてたんだけどね。この男の頭に旨し(かて)をみんな食べられてしまって悲しいよ」

「ぬぁーにを人のせいにしてるんですか! 今ののうどんはアンタがぶっかけてきたんだろうが!」




 あまりにもあっけらかんと先程の事故を人のせいにした朝倉カミラに、俺の生来のツッコミ性分が反応した。


 俺はまだ鰹節臭い己を気にしながら遠慮なく口を尖らせた。




「いい加減にアンタは少し悪びれるってことを覚えてくださいよ、本当にもう! アンタって人はいつもいつもそうだ! 基本的になんでも人のせいだし、面倒事はなんでも押し付けてくるし――!」

「えっ、いつも? いつもって何?」




 林音が不思議そうに言ったので、はっ、と俺は失言を悟った。




「ジン君、さっきからカミラちゃんと妙に仲良さそうね? 今までにカミラちゃんとなにか接点があったの?」

「あ、いや、それは……」

「あはは、ジン、呼びとは。君たちは本当に仲のいい幼馴染なんだな」 



 

 そこで朝倉カミラはケラケラと笑い、一度は俺の頭の上に着地したはずの汁なしうどんを、ズルズルと美味そうに食べ始めた。


 周囲の目が、唖然、という感じでその行動を見ていたが、この人ならさもありなん、だ。この人は生まれついて超人であり、細かい事情には縛られない人なのだ。




「それとなく聞いてはいたが、まさか森崎神秀のような男が本当に御厨姉妹と幼馴染とはなぁ。偶然にしても意外なことだよ」

「えっ、まさか本当にカミラちゃんってジン君と知り合いなの?」




 風夏の言葉に、割り箸を割り、汁のなくなったうどんを持ち上げてた朝倉カミラが、おや、と意外そうな表情になり、次に俺を見た。




「まさか森崎神秀、彼女たちにはあのことを話してないのかい?」

「――なんで俺がそんなことわざわざ言わなきゃならないんですか。それに俺、あんまり話したくないんですよ、中学時代のことは」




 俺が少し気後れしながら答えると、この人には珍しく、朝倉カミラが苦笑した。


 確かになぁ、というような同情の視線とともに、朝倉カミラは俺の思惑を裏切って説明を始めた。




「ああそうとも。知り合いどころか、これとは旧知の仲、と言っていいな。何しろボクが中学でも生徒会長をしていた時、この男は同じ生徒会の書紀としてボクを支えてくれた、実に優秀な副官だとも」





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