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間接キッス

「おっすージン君! おやおや、今日は随分大人数じゃない?」




 六人がけのテーブルに特盛り牛丼を乗せた風夏が目を丸くし、俺は背後でチャーシュー麺と天ぷらそばのトレイを手に持ったままガタガタと震えている村山と九条を一瞥した。




「ああ、こいつらもたまにあんパンとコーヒー牛乳以外の昼食が食いたいんだと。一緒してもいいだろ?」

「あらあら、随分緊張してるみたいじゃない? ジン君、紹介してくれる?」




 激辛麻婆ラーメンに更に七味唐辛子を振りかけつつの林音が、うふっ、という感じで妖しく笑った。歪み姉ぇの本領発揮、いい玩具を見つけた、というような例の笑みである。


 途端に、ガチャン! という食器の跳ねる音が背後から聞こえたが、俺は無視した。




「ほら、お前ら、自己紹介」

「むっ、村山征です! あの、神秀と同じ一年C組の……!」

「く、九条優です……! すみません、ご一緒させてもらいます!」

「なんだ、さっきクラスで話してた男子だな。ジン、お前の友人か?」




 火凛が薄く笑いながらナポリタンにフォークを刺した。この人はこの見た目に似合わず洋食が好きなのだ。


 俺は御厨姉妹の対面のテーブルにカツカレーを置き、「まぁ、一緒にメシ食うのが友人というなら友人だな」と気のない返答をし、まだしゃちほこばっている二人に目配せした。


 二人はおずおずと俺の両隣に座ったものの、膝の上に手を置き、下を向いて御厨姉妹と目を合わせようともしない。相変わらずのイケてないグループが女子を前にした時そのものの所作である。




「そんな緊張することないって。俺とこいつらはほぼ俺の姉みたいなもんなんだから。お前らを虐めるような圧の強いギャルとかじゃないぞ?」

「そうそう、ジン君の友達なら私たちも友達じゃん! 一緒にご飯食べるのもフツーでしょ!」




 おっ、いいタイミングで風夏がいいことを言った。


 この人は天真爛漫であるがゆえに人との距離感の詰め方が上手い。


 案の定、村山と九条はそれだけで物凄く救われたかのような笑みを浮かべた。




「それにせっかくのご飯なんだよ! そんなに緊張したままだと味とかわかんないじゃん! 楽しくおしゃべりしながら食べようよ二人とも!」

「そうだぜ、風夏の言う通りだ。見ろ、この山盛りの牛丼を。普通の女子高生がこんなもん人前で堂々と食うか? お前らもこれぐらいの度胸がないと生きてけないぞ?」




 げしっ、と、テーブルの下で風夏に(すね)を蹴られた。


 ぐっ、と唸って恨みがましく風夏を睨んだけれど、風夏はニコニコと営業スマイルを維持したままだ。




「とにかく、全員集まったんだから食べようぜ。ハイ、いただきます」




 俺が勝手に音頭を取ると、ぼそぼそと追唱して村山と九条が料理に箸をつけ始めた。


 俺もカツカレーをスプーンでかき混ぜながら黙々と食べ始める。




「それにしても、ジン君に同学年の友達がいたなんてねぇ。少し意外」




 林音がそう言い、俺はガクッと頭を揺らした。 


 実に扇情的(せんじょうてき)な表情で溢れた髪を耳に掛け直し、俺たちにはとても口にできそうにない激辛麻婆ラーメンを啜る林音は、辛味成分のせいなのか頬も唇もほんのり色づいていて、とても同世代の女子とは思えぬ色香をぶんぶんと振りまいている。




「どういう意味だよ、林音。俺ってお前らの中でそんな可哀想なキャラだったの?」

「そりゃそうよねぇ? だって私たちってお隣さんなのに、ジン君が家にお友達連れてきたところとか今まで一回も見てないし。そうよね、フー姉さん、カーちゃん?」

「あぁ、そういえばそんなシーン見たことないな。ジン、お前って意外に……」

「勝手に何かを納得するな。そりゃお前らがいるからだろ。子供の頃からいつもどっちかの家に入り浸ってたんだし、そんなとこに友達呼ぶのも気兼ねするわ」

「えー、なんで? 私たちが邪魔だってこと? 私たちだってそんな四六時中ジン君の家に入り浸ってるわけじゃなかったじゃん」




 ぶうっ、と、不満やるかたなし、というような表情で風夏は頬を膨らませた。


 まぁ、姉妹でも最大級のそれを維持するために人一倍カロリーが必要なのはわかる、わかるけれど、華の女子高生が人前で牛丼を四口か五口で平らげるのは如何なものだろうか。だらし姉ぇに拍車がかかるぞ。




「男心は複雑なんだよ。いくら家が隣って言っても、子供の頃は女子とこんな一緒にいるところとか見られたくなかったしな」

「私たちね、これでも心配してたのよ? ジン君はこんなに友達が少なくていいのかしらって。将来結婚式とかやる時、友人が私たちしか参列しないんじゃないか、って」

「そんときゃお前らの友達の友達の友達ぐらいは集めてもらうつもりだから頼りにしてるぞ」

「友達が少ないことは否定しないんだな、お前。なんか自分の弁護の仕方がズレてないか?」




 火凛が呆れたように薄く笑い、くるくると器用にフォークでパスタを巻いた。


 その様はとにかく何かが圧倒的に洗練されていて、その涼やかな苦笑の表情も相まって、なんだか俺たちよりも一回りお姉さんにも見える。この人は何をやっても大概絵になるから凄い。中身は至って面倒くさい人だけど。




「友人とは狭く深く、がモットーなんだよ。例えば女の子を紹介したりするぐらいはなんでもないぐらいグレートな仲じゃねぇと、なぁ? 村山、九条」




 俺が意味深に言うと、味などまるきりわからないだろう料理を黙々と口に運んでいた二人が俺を見た。




「そ、そうだよな! 俺たちってすげぇいい友達なんですよ、御厨さん!」

「御厨? 誰のことかしらね? 私たち全員が御厨なんだけど」

「ぜっ、全員に、ッスよぉ! 仲間はずれにしたりしないですって! りっ、林音さん、風夏さん、火凛さん――!」




 ニヤリ、と笑った林音に、九条が意味不明な言葉を発した。




「そっ、そうですよ! 神秀はすげぇいいヤツなんです! こうやって一緒にメシ食おうって誘ってくれたりとか!」

「そうそう! 俺たち高校入ってからの付き合いなのに、もう親友っていうか! そうだよな、神秀!?」

「なんだか失礼なんだが、二人とも無理してないか? ジンお前、何かこの二人の秘密でも握ってるんじゃないのか」

「握ってねぇよ。……あ、林音。その麻婆ラーメンって新作メニューだろ? ちょっと味見させてくれ」

「はいはい、どうぞ。あーん」




 林音が自分の使っていたレンゲを差し出してきて、俺は遠慮なく「あーん」された。


 途端に、脳髄にまで突き抜ける辛味を感じて、視界に火花が散り、頭がくらくらした。




 村山と九条だけではなく、ちらちらとこちらを窺っていた学食内の全員が唖然としたような視線を感じたが、俺はそのすべてをまるきり無視した。


 この御厨姉妹と普通以上の付き合いをするなら、このぐらいの視線には普段から慣れておかないといけなかったし、俺たちは今更間接チューぐらいでは動じる仲ではない。


 しばらく悶絶して、俺はカツカレーを二口程度口に押し込んで辛味を中和してから、恨みがましく林音を見た。




「……林音。お前、よくこんなもん平然と食えるな。七味掛け過ぎでじゃりっとしたぞ」

「うふふ、ジン君は辛いもの得意じゃないからねぇ。これぐらい辛くないと食べた気がしないし」

「あー、すげぇ目が醒めた……。どうだお前ら、お前らもリンに味見させてもらえば? 辛さはともかくなかなか美味かったぞ」




 俺がからかい目的でそう促すと、村山と九条は物凄くぎょっとしてから「滅相もない」という感じで首を振った。




「い、いやいや何を言う神秀!? 人前であの林音さんに『あーん』されろとか正気か!?」

「俺は今やってもらったけど。味見させてもらうってそんなにおかしいかな?」

「大いにおかしいだろ! いくら幼馴染でもこんな人前でそんなことするか!? お前ってこんなこと毎日やったりやられたりしてんの!?」




 いや、実はもっともっと凄い事サれてるけどな、などと思っていると、林音が妖しく笑い、それから大袈裟に悲しそうな表情を浮かべた。




「あらあら、私とジン君の仲ってそんなにおかしいのかしらね? 私、誰にでも優しくしようとしてるだけなのに……そんな風に思われるのはちょっとショックだわ……」




 ヨヨヨ……と続きそうな林音のその言葉に、はうっ、と村山と九条が絶句した。


 大いに傷つきました、というように、林音は胸に手を当て、随分オーバーに悲しがっている。




「いっ、いえ! そんなことないです林音さん! おかしいのは神秀であって林音さんじゃ――!」

「だって今……付き合ってもいない男と女がこんなことシたりサれたりするのはおかしいことだってハッキリ……」

「いやいやいやいやいや! そんなこと言ってませんよ! 味見するぐらいは別に友達ぐらいでも全然普通だと思いますし――!」

「じゃあ――ちょっと味見してみてくれるかしら? このぐらいのことは友達なら普通なんでしょ?」




 かかった、という感じで、林音がレンゲの上に血の色にまみれた豆腐の一欠片を乗せ、村山に向かって差し出した。


 まるでドラゴン殺しの(きっさき)を突きつけられたかのように、ガタッ、と村山が椅子から腰を浮かせた。




「は、はい――!?」

「あら、私たちって既に友達なんじゃないのかしら? 友達同士なら普通、って言ったわよね?」




 ニヤ、と、林音は淫魔の笑みで嗜虐的に笑った。


 村山は脂汗を垂らしながら俺越しに九条に助けを求めたらしいが、九条はゾンビに襲われて既に手の施しようがなくなった人間を見る目で見つめたまま、岩のように硬直している。




「ああ、手が痺れてきたわ。ほら、村山君、あーん」




 ガタガタ……と、村山が冷や汗びっしょりで震え始める。


 俺はその様をやれやれと思って見つめていた。林音が一旦こういうからかいを始めると、基本的に完遂するまで止まらないのだ。


 この関節キッスを受け取ってしまったら今後の村山は非モテ男子たちから大いにバッシングされるだろうが、通り魔に刺されたと思って諦めてもらう他ない。




 数秒、事態が膠着(こうちゃく)した後――ぶっとい眉の下の目が真剣な光を湛え、村山がなんらかの覚悟を決めたのがわかった。


 それを見て、九条がぎょっと目を見張った。




「や、やめるんだ村山! そんなことしたら、お前は――!!」




 ああそうだ、明日から村山は何人かの非モテ男子には口も利いてもらえなくなるだろう。


 だがその代わり村山は、あの御厨林音の間接チューを受け取った幸福な男として、非モテ男子たちの間では巨神兵のように崇められ、畏怖される存在となり、光の粒をバラまきながら天空に昇華することだろう。




 二、三度、村山が顎を震えさせ――意を決したように口を開いた。


 うふ、と嗤った林音がその口の中にレンゲを押し込もうとした、その瞬間――。




「おっと、足が――」




 ――途端、なんだか間の抜けた声が聞こえ、俺の頭に灼熱が降り注いだ――。





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