だらし姉ぇ
「ただいまジン君、明日朝のゴミ出しお願いね」
「はーい」
「あと、おゆはんはパスタだったよね?」
「おう」
「ジン君の作るボロネーゼ美味しいから楽しみ!」
「そりゃよかったよ」
「あ、あと、明日お弁当の日だったわ」
「えっ」
「ごめんごめーん、言うの忘れてた! 急に課外が入っちゃってお昼に学食に行けなくなったの!」
午後五時半、俺――森崎神秀は、突如発せられたその言葉を聞いて、しばし固まった。
制服姿のまま、俺に向かってごめんごめんと手を合わせる姉妹の長姉――高校二年生の御厨風夏を見て、俺は顔をひん曲げた。
「あのな、フー。いつも言ってるだろ? 弁当になるなら事前連絡を忘れるなって」
俺はエプロンをつけたまま腰に手をやり、ボロネーゼの付け合せとしてにんじんのシリシリを作っていた菜箸でシンクの縁を叩いた。
「全く、人一倍食い意地が張ってるくせになんで連絡を忘れるんだ。弁当用の買い出しなんかしてないぞ。明日は千円やるから今日はコンビニ弁当で我慢してくれ」
「えー、それはイヤ。だってジン君が作ってくれるお弁当美味しいんだもん。コンビニ弁当はアレでしょ? テンカブツとか入ってて身体に悪いし」
「どの口で添加物なんて言うんだ、この肉団子め。添加物どころか多少の傷みものだって構わないで食っちまえる鋼の胃袋持ってるくせに」
「アッ酷い! 私だって少しぐらい健康には気を使ってるんだよ! ジン君、私をコンポストかなんかだと思ってない!?」
「健康に気を使ってるなら体型維持にもう少し気を使え。本当にもう……」
俺は視線をスッと下に下げ、風夏の下腹辺りに視線を落とした。
揃いも揃って爆乳揃いの姉妹の中でも圧倒的に最大級の逸物――俺はそれを「長女の威厳」と呼んでいる――にすっかりと布面積を取られ、制服のワイシャツは大層に窮屈そうだ。
そのすぐ下の肉感を目視で検めていると、その視線に気がついた風夏はキョトンとした表情を浮かべた。
「……プラス1.5センチ」
「へっ?」
「ウエストのサイズ。フー、お前また肥えただろ?」
指摘した瞬間、ヒイイイイ! と風夏は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
マイペースで、子どものような性格で、なおかつ人一倍食いしん坊。
それ故になかなか落ちない脂肪を他の姉妹から「だらし姉ぇ」とからかわれている風夏は、目を白黒させながら俺に詰め寄ってきた。
「なっ、なんでわかるの!? しかも見ただけで!」
「そりゃわかるわ。誰がお前ら姉妹の体重管理してると思ってんだ? それに体重の方は、えーと、ウエストがプラス1.5センチだから、イトイをシゲサと計算して……」
「だっ、ダメダメ! 計算するな! 誰かに聞かれたらどうするの!? 相変わらずドSなんだから!!」
「そこまで必死になるなら昼は抜くべきだろ。ほらほら、俺だって低血圧で朝は苦手なんだから散った散った。明日はコンビニ弁当か、それとも抜くかしてくれ」
俺がハエでも追い払うかの如くひらひらと手を振ると、むうううーっ! と風夏は頬を膨らませ、今の自分はものすごく不満なのだというように俺を睨みつけた。
その野良犬の威嚇のような視線と態度に、流石の俺もちょっと怖くなった。
なんだろうこの反応。まさか「弁当作らないなら食っちまうぞ!」とか言わないだろうな。
俺がちょっと怖気を感じた途端、風夏が頬を膨らませながら言った。
「……課金」
「は?」
「スればいいんでしょ! ジン君に課金! ね! そしたらお弁当作ってくれる!?」
課金。
それを聞いて、俺は露骨に顔をしかめた。
「……あのな」
「何よ! 私の課金じゃイヤなの!? いつもリンちゃんカーちゃんの課金はスケベな顔して受け取る癖に! ジン君の癖にナマイキな!」
「なっ、ひ、人聞きの悪い事を言うな! 誰がお前らみたいな自堕落な肉団子の課金で喜んだりするか……!」
と言いつつも、俺は風夏の顔――もっと詳しく言えば、唇を見た。
三姉妹の中では一番ぽってりとしていて肉付きのよい、ふくよかな唇である。
ぐっ、と呻いて、俺は風夏の唇から視線を逸らした。
その唇が肉の脂でテラテラとするのが見たくて、ついつい揚げ物や肉料理を食わせすぎたか。
となれば、風夏が肥えた原因は俺にも一因があろう。
俺は今度は本当にため息をついた。
「わかった、わかったよ、もう……そんな目で人を見るな。なんとか弁当は作ってやる。それでいいか?」
「やった! さっすがジン君! 話せばわかる男! 違いがわかる男!」
「もう、さっさと夕食の準備しとけ。もうそろそろフーもカーも帰ってくるぞ。ただでさえお前は要領悪くて時間がかかるんだから……」
「その前に!」
「はい?」
「課金! 早速ジン君に課金シようではないか!」
そう言って、風夏は人差し指を俺の鼻先に突きつけるようにした。
「うぇ……い、今からか?」
「そうなるでしょ。私だって課金シないでお弁当作ってもらったら心苦しいし」
「ど、どっちかって言うと弁当より課金スる方が心苦しいんじゃないのか……?」
「やかましい。ほらもう、口閉じて」
瞬間、風夏の右手が俺の頬に回った。
触れられた途端、ぞくっ、と、腰の辺りに妙な震えが走った。
「じゃあ早速、課金スるね――」
ずいずいっと風夏が近づいてきた途端、姉妹の中でも最大級の感触が制服の生地越しに押しつけられる。
そこで俺は急に気恥ずかしくなって、咄嗟に顔を逸らそうとしてしまった。
「ほぉら、こっち見る」
ぐい、と手で前を向かされて、その長姉らしからぬ、子犬のような目と目があった。
それと同時に、俺の頬から指先が離れて両肩にかけられ、ぐっと力が入った。
風夏の顔がどんどん近づいてきて――。
そのふくよかな唇が、俺の唇に着地した。
ん……という甘い鼻息がかかり、やたらと肉付きのいい身体が密着してきて、少しだけ口づけが深くなる。
風夏の身体に両腕を回さないのに――悔しいが、大変な自制心が必要だった。
五秒くらいで、「課金」は終わった。
背伸びしていた風夏は踵を床につけて、天使のように俺に微笑んだ。
「ね? これでいいでしょ?」
「うっ、うん……」
くそっ、コイツ、だらし姉ぇのくせに、課金のときだけはなんでこんな暴力的なメスの顔ができるんだ?
思わず視線を逸らすと、風夏がめざとく笑った。
「あ、ジン君顔真っ赤! ウブ! ウブ男子!」
「――ッ! そっ、そういうフーだって多少赤いだろうが! なにを幼馴染相手に赤面してんだ! いっ、今のは引き分けだろ……!」
「えへへ……それじゃ、お弁当もお願いね? カロリーは1000Kcalまで、色はいくら茶色くても許す!」
「もう……わかったわかった。課金分は働く、弁当も作ってやる! それでいいな!?」
「お願いしまーす! よっしゃ、じゃあシャワー浴びてくる! めっちゃ頭皮ケアしてくる!」
そう言うと、風夏はルンルンと家の奥、風呂場のある方に引っ込んでいった。
ガチャン、と風呂場のドアが閉まる音が聞こえた瞬間、俺は思わず腰が抜けそうになり、まだドキドキしている心臓に手をやって耐えた。
くそ、姉妹の中で一番子供、だらし姉ぇのくせに。
こういう時だけ、やけにマセた課金シやがって。
明日の弁当はこれでもかと緑色にしてやるからな……。
俺はまだおさまらない心臓の鼓動を鬱陶しく思いながら、そう決意した。
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