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第6幕(Ⅰ)聖皇騎士団副団長は秘して微笑む・・・。(前)

「今日はどなたがお手合わせを?」


幾つものカラフルなドレスが地面に繋がれた風船のように風に揺れて、また様々なリボンに縁どられた大きな帽子が普段は殺風景なこの演武場を彩っているのも何か違和感ある光景ではあるが、と演武場の者達はそう思いながらも、だが今日はこれもまた致し方のないことだなと皆が妙に納得してもいる。

と、いうのも。


「ああ。出られるわ。」

「ほら、あの方。」

「ああ、今日もなんて麗しいのかしら」


殺風景な場所に似合わぬ嬌声が上がり始めると共にそれに溜息交じりの切なげな声が上がり始めた。


「ああああ。なんてこと。」

「ふううう。ウイルビス様。」

「まああああ。なんて素敵な。」



年の数回しかない演武場見学に参加しているの令嬢たちからの注目を一身に浴びているのは、皇国四大侯爵家の一つであるエーリガッシュ家の嫡男であると同時に聖皇騎士団副団長のウィルビス・アルテ・エーリガッシュ。


騎士団の制服をサラリと着こなしているその身体は一見細身に見えるが、彼と剣を交えれば、そんな考えがいかに愚かだったかと後悔させるほど鍛え抜かれた筋肉質な身体から繰り出される彼の太刀筋は重い。



簡易な革紐で後に結ばれた銀髪が縁どる端正な顔立ちに、令嬢達の甲高い声が加速していく。


「なんてきれいな海のような青い瞳。吸い込まれてしまいそう。」

「剣技は騎士団一とのことですわ。」

「でも、ほら、笑いかけてくださる笑顔がなんて、美しいの。」


演武場はもうどうすることもできないほど令嬢たちの熱い視線と色めき立つ声とに埋め尽くされ異様な光景を醸し出していた。



「副団長。いいかげんにしてくだいよ。」

「ほんとですよ。いつも、ご令嬢たちは副団長の応援ばかりですからね。」

「副団長と対戦するのがやりにくいったらないんですから。」


そしていつものように団員達は冷やかし交じりで軽口を叩く。

そんな団員達にウィルビスは笑わない笑顔でぴしゃりっと言い放った。


「ほーう。いつから、お前たちはそんなに強くなったんだ?

まるで令嬢達さえいなければ、私に勝てるかのごときいいようだな。」


「えっと、それはですね・・。」


「まったく。そもそもが気合が入ってない証拠だ。

お前たちは修練後、更に百周だな。」


「えーーー。副団長。鬼、です・・・か。」


苦笑と悲鳴混じりの団員たちの声が演武場を軽くするかのようなそんな空気を割くかのように声が飛んだ。



「ハハハッ・・・。相変わらず、だな。副団長。」


見学棟の玉座の高台から演舞場に声が響く。



「陛下。」


令嬢、騎士達が一斉に頭を垂れる中、演武服姿の女王が颯爽と玉座席から場内へと階段を降りてきた。



「副団長。最近身体を動かしてなくてな。騎士達に手合わせ願えるか?」


「はっ。光栄に存じます。」


「手加減なしの選りすぐりの騎士達を頼むぞ。」


にっこりと挑発するように笑うと、帯刀していた剣を抜く。



「お心のままに。」


女王に拝礼した副団長ウィルビス・アルテ・エーリガッシュは頭を上げた時、ニヤリとほくそ笑むと、クルリっと団員の方へ向き直っった。


「今から名を呼ぶ者。女王陛下とお手合わせいただける名誉を与える。前へ出ろ。」


次から次へと名が呼ばれ列に並ぶ内に、後方の団員や見学の者達から、小さな囁き声が聞こえ始めた。



「あれって、あんなやついたか?」

「まあ、あの方は騎士団には幼いのでは?」

「どう見ても剣を持ったことない文官にみえるよな」

「新参の騎士が多くないか?」


ひそひそと鳴りやまない声に列に並んだ者達が赤くなったり青くなったり、震えたり。


ルルディは副団長に視線を投げながらも、彼の惚け顔に自分が吹き出しそうなのを堪えていた。


女王が演武場で騎士と手合わせが物珍しいのか、その話はいつの間にか皇城中に広まったようだった。

気付いた時には見学の令嬢達だけでなく、登城中の貴族達、城の使用人たちまでもが演武場を取り囲むようにして人だかりができ始めていた。


黒山のような人だかりを見てルルディの口の端が自然にあがる。

彼女は自身の表情を崩さないように懸命に自制しながら演武場に響くように大きな声で言葉を放つ。


「さあ、始めようか。手加減なしでな。」












「姫様。まああ。ああ。」


宮殿に戻るとメリーアンの悲痛な声がルルディを迎えた。


「なんてこと。こちらにも話は伝わっておりましたが、まさか、姫様が騎士達と剣を合わせられるとは。ああ、姫さまの白魚のようなお手が。」


「あああ。メリーアン、大丈夫なのよ。最近は執務ばかりで身体が鈍っていたからね。少しだけ運動しようと思っただけなの。」


興奮して泣きだすか怒り出すかが交じり合ってお説教に変わりだす前にメリーアンをなだめなくっちゃ。


ルルディは剣よりメリーアンのほうが余程怖いのだけれどねと苦笑いがこみあげてきた。


「メリーアン。心配かけてごめんなさい。私、湯あみがしたいわ。そう、結構疲れちゃったのよ。」


「姫様。そうでございますね。ええ。すぐ湯を張らせましょう。ええ。御身体の疲れをほぐす香油をお入れしましょうね。」


メリーアンは後ろで控えているメイド達にてきぱきと指示を出して動き始めた。


「あとで、お兄様がいらっしゃるはずだから。お兄さまとご一緒に部屋で軽く夕食をと思っているの。メリーアン。お願いしてもいいかしら。」


「ええ。ええ。御二人のお好きなものをお出しするように厨房長に言っておきましょう。」


メリーアンは私と兄さまが幼い頃から、ずっと側に居てくれている。


もとは母上の乳母であり専属侍女だったらしいが、母上が即位後は私達の乳母として、侍女長として宮殿の管理を一任されている有能な女性だ。


いったい何歳なんだろうか。

政務で忙しい母、生まれた時にはもう亡くなっていた父、両親からの思い出の記憶も、心に降り積もる愛情も持ったことがない私にとっては年の離れた姉のような、そっと見守り抱きしめてくれる母のような、ずっと側に居てくれて、これからも寄り添って共にいてほしいと切に願う数少ない人だ。


「ああ、気持ちがいいわ。」


メリーアンはルルディ達が幼い頃より、その時の体調や心身を癒してくれる香油を調合して治療にあててくれたり、湯あみの時に浴槽に入れてくれたりする。


今日はホビの実から搾取したオイルをベースに柑橘系のオランジュと、沈調のラリビンスかな・・・などと湯気に立ち上る香りと柔らかくなった湯に包まれてルルディは心身共に癒されていった。








「陛下。宰相様がいらっしゃいました。」


警護の騎士から侍女へと兄の訪れが伝えられた。


「陛下。少し遅くなりました。申し訳ございません。」


そう言いながら兄上は宰相の立ち振る舞いで部屋に入ってきた。


「いえ、ご足労いただいてありがとうございます。兄上」


言いかけたルルディは、兄に連れがいることに気付いた。


「陛下。さきほど執務室に陛下を訪ねて報告をあげにきた彼と会いまして。私の独断で同行させたのですが、よろしかったでしょうか。」


「ええ。大丈夫ですよ。」


と言って兄の背後の人物を見たルルディは笑いが込み上げてきた。


「ウイルビス卿。さきほどは失礼した。そなたにも礼を言わねばと思っていたのです。」


侍女に食事の追加を伝えるよう厨房へと走らせると二人を席へと促す。


「お二人とも、どうぞお座り下さい。」


「陛下。愚肖の身が罷り入りますことをお許しいただきまして。」


長い挨拶を始めようとした彼が最初の言葉を言い終わらぬ内に、彼女はサッとそれを手で制した。


「ウィルビス卿。私の部屋では堅苦しいのは抜きで頼みます。」


「はっ。」


彼女の言葉を受けて、礼を取って頭を垂れたままのウィルビスに宰相であるルキウスが砕けた口調で笑いかけた。


「ウイル。まあ、座れよ。今日のことを聞かせてくれ。」


「兄上。ウイル卿の演技はなかなかのものでしたよ。」


ルルディがクスクスと笑いながらそう言うと聖皇騎士団副団長ウィルビス卿は少し照れたように苦笑いで応じた。


「いえ。ひとえに、陛下と宰相閣下が策を授けてくださったおかげでございます。」


「ふふふ。でもウィル卿の迫真の演技力あっての首尾でした。

ははは。まったく。あの場を兄上にもお見せしたかったですよ。」


ルルディは零れる笑いをもう堪えることもせず思い切り笑いを発散させながら、演武場で青ざめた彼らを思い出していた。



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