第4幕 絢爛なる ・・・Stella Maris・・・めでたきかな。
「女王陛下はまだなのか?
「祝宴の夜は特別なものが見れると聞いているが?
「女王といってもまだ子どもに見えたが?
「何故第一皇子が宰相ではなく、王とならないのか?
「この国は代々女王が世襲するのを知らないのか?
「しかしあんな子供のような女王に国が治まるのか?
「どう見ても十代だろう?
「前女王が即位に足ると決断する、という代々のしきたりらしいが?
「しかしあの幼さは。これは。 」
祝宴の開始を待つ人々の間には様々な憶測が下世話な会話を引き立てるように取り澄ました笑顔が飛び交っている。
「しかし、言いたい放題ですね。」
今夜の祝宴の為に皇城の庭園に設営された会場は純白の絹に幾重にも巻かれたかのように包みこまれ、木々に吊るされたランプ、至る所に置かれた松明の炎は黄金のテーブルを夜の闇に揺らめかせている。
その会場の端々に身を正して警備を請け負っているのは第三の騎士団の者達だった。
会場に犇めく高貴な身分の者達にとっては、意識の端にもないそんな空気のような存在でしかない彼らを気に留める者はない為、騎士団の者達には会場の会話は筒抜けとなっていた。
「本当に、まるで獲物を狙うかのごとき、ですよね。」
実力主義の中でも特に平民出身の騎士を偏見なく取り立てている第三騎士団の彼らは、自分たちの敬愛する女王陛下を虎視眈々と狙い定めるかのような会場の下卑た雰囲気にうんざりして、吐き捨てるように揶揄る。
「ルルディさまは確かにまだ幼いが。だが、あの御方は懸命に励んでおられるのに。」
「ああ。そうだな。ほんとうに高貴な輩ってのは、まったくなあ。」
そんな騎士達の軽口を断ち切るかのように、彼らにぴしりっとした声が降り下りてきた。
「口を慎め」
突然目の前に立った男が騎士達に厳しい視線を投げた。
「はっ。申し訳ございません。」
騎士達が最敬礼を返す。
「口を慎め。そして気を引き締め警戒を怠らないように。」
それだけ言い添えて男は会場を観察するように見渡しながら、前方に進んで行った。
皇家を護衛する為の騎士団の中で最も位の高い「聖皇騎士団」の副団長でありこの国の四大家門の一つであるエーリガッシュ侯爵家の嫡男ウィルビス・アルス・エーリガッシュ。
長い金髪を後ろに結び、青い海のような瞳で向き合う者皆に優し気な気持ちを思い起こさせる、彼のその優美な微笑みは極上の芸術品のようだと評される。
だが、彼の剣の腕は聖皇騎士団の中でも恐ろしいほどの鋭さを持っており、戦においてはその穏やかな笑顔とは裏腹に決して敵に回したくないと相手に思わせる策略家でもあった。
しかし今夜の彼は騎士団の礼服を身に着けてはいても侯爵家嫡男としての顔でもって温厚な物腰で各方面の人々に会釈を交わしながら社交界を泳いでいる。
園庭で談笑を交わしているのはこの国の要職についている高位の貴族と女王の即位を祝うために大陸中から集まってきた他国の王族に付属して入国してきた他国の貴族達。
そして、園庭の前方の中央に位置する女神像を模した全長三メートル程の噴水を取り囲むように、この日の為だけに建てられた高床式の屋根のない東屋風の祝宴会場が設置されていた。
それは遠目からはまるで夜に浮かぶ空中庭園のようにも見える。
そしてそこに集うことを許されているのは、皇国の四大侯爵家とその直系。それに連なる傍系の公爵家当主達。即位式の為に国境の神殿から来た大神官達。大陸の国々の王族等、その誰もが最も高貴な身分に連なるといっても過言ではない者ばかりだった。
そして。
「流星だ。」
誰かが大きな声をあげると次々に声が広がり会場がざわめき始めた。
「流星群だ」
夜空に幾筋もの光が流れ煌きながらその尾を引く。
誰もが夜空にたなびくかのごとく流れる光に目を奪われているその時間をすくいあげるかのように、流星群の中にうっすらとその尾を紅色に染めた光の矢がある一点に向かって集まり始めた。
空中に浮かぶかのような祝宴会場の東屋の中心へと。
そう、噴水の頂でもある女神像の頭上へと。
そこが終着地だと知ったものだけが溢れ出る歓喜を綻ばせながら流れ込んでくるかのように星たちが己を煌めかせながら唄うかのごとくに、ただ一心に光が、時間の軸を越えてただその求心の喜びでもって光が編まれていく。
薄っすらと黄金に溶け込んだかのような薄紅色の光の糸が螺旋を呑み込みながら韻律にうねりながらも、不思議な音色を奏でながらとうとう真の球体を編み上げた瞬間・・・そのやんわりと眩く糸は、ゆうるりと、ゆうたりと解されてゆくのかと。
そしてふと地上を見下ろせば、いつの間にか噴水の周りには白いローブを羽織った人影が円形に陣を取っており、彼らのその手には細長い棒のような杖が握られ、杖の先を女神像の上の球体に向けてゆうたりと、ゆうるりとその星の光が編み込まれた先へとただただ彼らそれぞれの己を尽くして全てをそこへ懸けながら。
黄金の光はその糸をもって暗澹たる黒夜の闇にひらめきながら煌きながら編み込まれ形を成していったそこを終わりとはせず。
そうそこに生まれ芽吹いたかのような星の光はその球体の在り方でもって、それそのものが蕾だったのかとあらゆる認識を散らせるかのように、艶やかな黒い闇空に今、その一枚一枚の花弁をゆうったりとひいらりと開いていくのだった。
そしてついに、と固唾の飲んで食い入るようにこの夜の在り方を凝視する観衆の度肝を抜く場が舞い降りる。
まるで夢のようなとあらゆる人々の認識に焼きつかられた幻想のような在り方で咲いた薄紅色に輝く黄金の花のその真の核に姿を現したのは。
まるで人ではない伝説の女神のような存在感でもってふんわりと幻のようにそこに浮かびながら立っていたのは。
そう、それは彼女、この国の、この大陸の新しい女王ルルディアーヌ・ステリルナジュ・セレフィロソネアその人だった。
誰もが仰天に近い驚愕の衝撃に打たれたかのように唖然とする中、女王ルルディの足元から空中庭園の中心に向けて光を灯したクリスタルのような階段がスーッと降りてくる。
そしてルルディはその光の階段を一歩一歩ゆっくりと揺るぎない足取りで降りていく。
静寂が敷き詰められたかのようなその場を打つかのように、彼女の靴がクリスタルに反射する音だけが鋭く響き渡っていた。
やがてルルディが階段を全て降りきると、瞬時にその階段は光の粉ように姿を消した。
しんなりとした黒夜の闇に艶やかに咲いた一凛の薔薇のように、光の泉のただ中から誕生した建国の女神が生まれるかのごとき衝撃でもって登場した女王ルルディの姿には誰もが畏敬の念を持たざるをえなかった。
故にその場にもはや言葉を発する者はおらず、高貴なる身分の者達すべて、大神官、他国の王族達ですら己の無意識の内に膝を折り光の女王に礼を取っていた。
噴水を囲むように円陣を組んで杖をふるい夜空に光の華を咲かせた白ローブの者たちは地上に降り立った女王の姿を認めると杖を下し、即座に膝を折り礼を取る。
それと重なるかのように、噴水の正面に白い礼服の聖皇騎士団が整列して一斉に礼を取って彼女の前に跪くと彼らは胸に右拳を添えて頭を垂れた。
「皇国の新女王ルルディアーヌ様に永遠の忠誠を。
我ら聖皇騎士団団員一同、ルルディアーヌ様にこの剣と命を捧げます。」
最前列の中心に跪いている聖騎士団の長は、女王に捧げる誓約の言葉でもってこの緊迫に縫い込まれたかのような静寂を破った。
その瞬間、それに背を押されたかのように会場の至るところから次から次に声が上がり始める。
「女王に忠誠を。」
「忠誠を。新女王、万歳」
怒涛のごとき歓声が沸き上がるのをさらりと受けながら、女王ルルディはすうっと顎を引き締めるかのように伸ばした背筋に載せるかのように、やんわりとにこやかに微笑むと彼女は己の右手を持ち上げた。
いまや彼女の右手には皇家の女王のみに受け継がれる指輪がはめられている。
彼女は自身の行為が何を意味して何を示すのかを理解し尽くしている人のように振舞う己を解き放つかのように凛とした声色でもってその言葉を言い放った。
「命には命を。光の総てをもって我が命を皇国に捧げよう。」
そして女王ルルディはその指輪ごと天に放り投げるかのようにその手を空に向けた。
と、まるで指輪から光が飛び出したかのように螺旋の渦が空に向かう。
その瞬間を待っていたかのように、シュードドン、ドーンと音が空を割ってこの祝宴の華やかさが夜の闇を討ち払うかのように、夜空に大輪の花火が打ち上がり、そしてそれは闇夜の天にその咆哮を鳴り響かせるかのごとくその祝宴の夜が明けるまで艶やかに咲き続けたのだった。