第3幕 天の華契はその宿命に・・・。
晴天の空下、国中が沸き上がっている。
この天候さえ神の祝福だと国中のあらゆる者全てが口をそろえて今日の日を讃えていた。
そう、この尊き日を祈る為に、公には”秘”されている聖なる山の神殿から大神官さえ下山しており、皇城の玉座の広間には、国中の、いや大陸中からあらゆる国の王族、名のある家門の貴族達がこの日を祝う為に集まって来ていた。
そして、今、大陸中のあらゆる視線がここに向けられている。
この国の新しい女王の誕生の瞬間に。
彼女が大神官の元に跪き、天に祈りを捧げる厳かな場面に、神の祝福が与えられるその瞬間に。
そこに響く大神官の声は音律そのもののように生きながら唱えられていく。
「万民の母であられる女王よ。
総てを捧げこのあなたの民を愛することを誓われるか?」
女王に向けられた誓約の儀は続き、彼女の凛とした音色のような言葉がそれに応える。
「我、ルルディアーヌ・ステリルナジュ・セレフィロソネア。
万民の為にこの命を捧げよう。ここに我が血肉の全てを持って誓う。」
彼女の誓いを受けた大神官が金の杯から聖水を手に取り女王の額に指で誓約の印を描くと、そこには金色のオーラが発現して彼女を包み込んだ。
「ここにいにしえの誓約は結ばれ、神の祝福をもって皇国新女王の誕生を宣言する。
女王に栄光あれ。」
ルルディはゆっくりと立ち上がり玉座の階段を上がる。
そして彼女は広間の人々の方に身体を向けると口の端をしっかりとあげ、その瞳を見開きながらその場に集った全てに向けて微笑んだ。
彼女の優雅な微笑みに魅了されたかのように静まりかえった広間にて、一人、また一人と膝を折り礼を取りながら次から次へとこの新しき女王への祝福の言葉が飛び交い始める。
「女王陛下に忠誠を。女王陛下、万歳」
そしてそれはうねりのように広間を喧噪のどつぼへと巻き込んでいったのだった。
そんな熱の籠った広間を玉座の高い位置から見下ろしながら、ルルディは自分の心がさほど高揚していないことに自分が納得しているようなそんなほんのりとした苦みをも噛み締めていた。
・・・これでいい。
女王に感情は不要なのだから。
私の選択は間違っていないのだわ。
あらゆるものに私は責を負う運命なのだから。
だが、いったい。
そう、心が温度を感じなくなって、いったいどのくらいがたつのか。
玉座を飾る煌びやかな金や宝石の美しささえ、なんて虚無的な冷たさでしかないのか。
美しく生けられた花々の色彩や芳香さえもが我が心になにも感じ起させないとは。
己の内に被った何か、そこにふつふつと自虐的な笑いすら零れ落ちそうになるのを彼女は自らがそこを艶やかな微笑みにすり変えて、外には漏らさぬ溜息を呑み込みながら女王として広間の全ての人々に向かう。
お人形さんから人形使いに変わったってことなのか。
いったい。
これは悲劇なのか、いやとんだ喜劇なのか。
いったい、答えはどこにあるのか。
そんな自身の心を捨て置いて彼女は新しい女王としての自分に祝辞を述べる人々の列に責務を果たそうと向き合う。女王の御前に向かう人々の列は後を絶たず、淡々と延々とした時間の流れのままその日は夜へと向かっていくのだった。
「姫様、今日の、あ、失礼いたしました。陛下。」
一時的にでもやっと戻った自室では、この後にすぐ始まろうとしている祝宴の前にせめてもと、侍女のメリーアンヌがルルディの為にお茶を準備してくれていた。
ルルディはカップからお茶を一口、その熱いほどの芳醇なお茶を口に含んだ彼女は自分が思うよりそれに癒されていることに気付いたのだった。
ふうふううと小さな溜息と共に軽い疲労感を吐き出しながら彼女は安堵の呟きをも漏らす。
「メリー。この部屋では陛下はやめてっていったでしょ。いつものように呼んでちょうだい。」
「はい。姫様。」
陛下、陛下とオウムの様に皆が私を呼ぶ中で、彼女が幼いころからすっと側に居てくれているメリーには陛下と呼ばれたくないというルルディの気持ちをメリーは作法的に渋々ながらも、心から受け入れてくれた。
「姫様。今日のエスコートはどなたが?やはり殿下、いえ宰相閣下とご一緒に?」
「うーん。そうねえ。伝統的にはお兄さまとなんでしょうけど。まあ、今日はね。」
自分の考えを伝えた時の兄さまの驚いた顔とその後の噴き出した笑い顔を思い出すと、祝宴でのその他大勢がどんな顔をするのか楽しみですらあるけれど。
きっとまたなにか企んでらっしゃるにちがいないわ、と半ば呆れ顔のメリーがルルディを急き立てた。
「さあ、姫様。ご準備に入りましょう。今日の祝宴はわたくしの姫様が最高の華でございますからね。」
ルルディは本来、着飾ることは皇族の義務としてしか捉えておらず、彼女の自身は軽装を好むため、祝宴の為の時間も手間も大きい仕度等は好きではない。だが、今夜はまたいつも以上にルルディの為にと準備に準備を重ねてきたメリーのやる気が燃えに燃えているのが分かりすぎて無碍にできない。
えっと、これはもう自分を棄ててメリーに全て身を任せるしかないわね、ルルディは目を瞑って軽いため息をついた。
「ええ。メリー。ええ。全部、メリーに任せるわ。」
『天花の間』は公文書には記載がなく、大陸に遺されたの古文書にのみその存在を記されているとされる”秘”された場であり、この皇国に新しい女王が即位する夜にだけその”秘”を人の目に晒すとさえいわれている。
と、いうような伝承は大陸のあらゆる国々に遺されている為にか常にそれには様々な憶測が飛び交ってきたが、結局は自分が生きている内にその真実を知り得るのは今夜のみなのだということを誰もが理解していた。
よってそれ故にこそ、今夜のこの祝宴になんとしてでも招待されたいと願うのは、この国だけでなく大陸中の王族達、ありとあらゆるものにまで及んでいたのだった。
女王が即位する夜に女王と許されたその血族のみが『天花の間』に向かうといわれている、が。
そこに何が待っているのかは誰も知らない。
そう、女王本人ですら。
そして、今この時、ルルディは彼女が唯一認める血族、宰相である兄ルキウス・カーミレンド・セレフィロソネアと共に誰も居ない皇城の玉座の後ろの壁の前に立っていた。
「兄さま。ここって、あの。どう見てもただの壁よね?」
「ルルディ。手を。」
ただその一言だけを彼女に向けた兄に促されるかのように、壁に銀で刻まれた皇家の紋章にルルディが手を置くと、そこから凄まじい熱量が身体中を巡りルルディは自分が足元から小さな竜巻に包まれたかのように浮き上がり、風に運ばれる気がして一瞬目を閉じた。
「ここは・・・。」
意識と共に瞳を開いたルルディは独り、光の只中にいた。
自分がまるで光の球体の中に浮かんでいるような錯覚に囚われる。
黄金?白光?
彼女はなんとも表現しがたい光を放つその光源を認識するとそこから何かを感じ取ろうとせんばかりにただただ自分の五感を研ぎ澄まそうと目を凝らす。
( ルルディ。その名を抱くものよ。こちらへ。 )
彼女の頭の中に直に響いてくる声が彼女の身体を浸すかのように彼女の全てに浸透していく。
その清浄さに包まれるかのような己を感じたルルディは一切の躊躇なくその光源へと足を踏み出した。
光源の近くに誰かがいるのが見える気がした彼女のは、その奥底を見極めようとじっと目を凝らそうとする。
だがあまりにもその光は人の理には眩しすぎて、全く判別ができない。
「だれ、なの?」
思わず唇から零れた言葉すら、そのルルディの問いかけすら声とならずに引き込まれるかのように光に吸い取られるかに感じられた。
ああ。もう。
もう、この瞳には、全てが眩しすぎて光源には近寄れないのだと彼女は本能的に察した。
その瞬間、光の渦がルルディを巻き込むかのようにうなり始めた。
光の螺旋の渦に自分という存在が溶けていくよう。
己の在り方ごと光が爆発したと思った瞬間、ルルディは彼女を凝視するかのように相対峙したなにかを自身が見出した気がした。
森の泉の揺れる緑。
深い緑柱石の瞳。
『ルルディ。
天との誓約は結ばれた。
総ては女王の運命のままに。真実の・・・』
なんと言っているの?
言語が一方的に彼女に流れ込み侵食してゆく、それにどう抗うこともできないまま、彼女はただそれに自分自身を任せた。
そして朦朧とした意識さえもはや彼女から失われようとしている中で、ルルディは光の収束と共にその音律が遠ざかっていくのを感じ・・・。
そのまま。
彼女は自分の中に疑問という形さえ成さぬ命題の感触を生んだまま。
・・・彼女のいっさいの意識はそこで途切れたのだった。




