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第2幕  心緒に仰ぐは....あの蒼穹の...

誰もいないはず・・・。


朝の仕度に侍女達が部屋を訪れる前にと、ひっそりと独りで身支度を終えたルルディはこっそりと宮殿を抜け出した。


彼女の侍女のメリアンヌが見たら卒倒しそうなほどの、まるで従者見習いの少年のような軽装のいでたちの、山帽子を深く被った田舎方言丸出しの言葉遣いをしてみせたルルディを門番たちは特に気に留めることもなくすんなりと通過させたのだった。


ルルディは皇宮の門を出ると、すぐ近くの町に向かった。そして前に侍女たちが奉公先から遠い故郷に帰省する際によく使う貸馬車屋があると聞きこんでいた、その気のいい主人が経営しているという小さな、だが信用のおける貸馬車屋を見つけ出した。

元は皇宮内の厩舎で働いていたという貸馬車屋の主人は、老いた馬を処分することに胸を痛め、それならば処分の決まった老馬や負傷馬を払下げして欲しいと長年蓄えていた貯蓄を捧げて懇願した結果、願いが叶って、この貸馬車屋を経営することになったのだった。もともとが皇宮で使役されていた質の良い馬達であるから、その用途さえ無理をさせなければ町で雇える馬車としては極上の馬といえる。そしてルルディはその中でも最も早く走る馬車を借り入れるとその御者に全速力である場所へ向かうように言った。



間に合うかしら?

どうかお願い、間に合って。


激しく揺れる馬車の中で膝の上に手を組み目を瞑って祈るように願う。





「どう、どう。着きましたぜ。」

ルルディは御者の言葉を聞くやいなや即座に馬車の扉を開けて飛び出すと、走り出した。



(ああ、やっぱり。)

早朝にもかかわらずその屋敷の門は大きく開かれ、たくさんの馬と人でひしめいていた。


屋敷の正面には使用人達。それに向かうように挨拶を受けている馬上の人が。


ルルディはそこに向かって走った。


屋敷の敷地に突然現れた少年が主人に向かって突進してくるのに気付いた従者たちが馬から降りて少年を取り囲む。


ルルディは中央の馬の前に立つと馬上の男性を見上げた。


そして彼女はにっこりと笑う。


「間に合ったわ。」


彼女の視線は彼に向けられているけれど、少し昇ってきた太陽の光が男性の頭越しに眩しく彼の顔を隠してその表情が見えない。



「無礼な。」といきりたち、少年を捕えようとする周囲に声が降りる。


「かまわぬ。」


一瞬でその場の騒ぎを鎮める静かな声に込められた圧に辺りが静まりかえった。



そして、その場に漂う少しひりつきかかった緊張感を柔らかな膜で包む込むかのように彼女が彼に向けてその胸の鼓動を編む込むかのように紡いだ言葉が、その場の沈黙を破る。



「レイブン。約束を覚えてる?」



凛としたもの言いの内に、少しだけ不安定な情緒が揺れているのを感じさせる彼女の声はレイブンの胸に言葉では表現しがたいものを響かせ、彼の無意識が理性的な意識を凌駕するかのようにレイブンの心に打ち込まれたかのようだった。



「くっ。」


切なさの入り混じった苦悶の念から彼自身が洩れたかのような声が鳴ったかと思うや、何か意を決したかのように馬の手綱をぎゅっと握り締めたレイブンの動きは速かった。


瞬時に彼はルルディの身体を馬上にまで抱き上げると、そのまま自分の前に乗せる。




「レイブン様?」と自分たちの主の衝動的な行動に驚愕の声をあげる従者たちに彼は一言だけ言い放つ。


「先に行く。後から来い。」


そして彼は屋敷の門から飛び出すかのようにそのまま馬を走らせる。



ルルディは疾走する馬の上で揺れながらそうっとレイブンの胸に自分の背を預けようかと少しだけ葛藤していた。


レイブンは彼女の微かな動きに気付かないのか何も言わない。

だが、ぐいっと彼の片手はルルディの腰を支えなおし、そして彼はただただ馬を走らせる。



彼女はそんな彼の胸元から発せられたかのような熱が彼女の背に触れるかのような、そんな圧倒的な彼の温もりに包まれるなかで、己の心底に沈殿しつつあった濁りのようななにかがじんわりとが浄化されてゆくかのような感覚にずっと強張っていた自分自身の全てまでもがゆっくりと蕩けるかのようにほぐれていくかのような錯覚さえ覚えながら、彼女はそっと、だがもう迷うことなく倒れ込むかのように彼に自分を預けた。



彼女の柔らかな温もりが彼の胸で包む込まれるのを、壊さないように自分の両手で覆うように彼自身で守護するかのように抱きとめるとレイブンは彼女に言葉を繋ぐ。


「しっかりつかまってろ。」


たったその一言をぶっきらぼうに放るだけのレイブンにルルディはゆっくりとコクンと頷いて彼女の頬をそっと寄せた。


レイブンは彼女を抱きとめている腕にぎゅっと力を込めて自分の胸に抱きしめるかのように彼女を包みこむと、更に馬の速度を上げて駆け出した。



行くの?と彼女の心の声が問う、その音色が馬上の二人に鳴り響いているかのように、レイブンとルルディはその答えを聞き漏らすまいと必死で何かに縋りつくかのような時間を前に、ただ進むべきその時を、その道を、その語られる何かをただ、一心に、一身でもって走り続けるしかないかのように、馬上で受ける風の薫にすら互いが互いに溶け込んでしまいたいかのごとくにただただ走り続けるのだった。





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