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第1幕 宵闇の夢は可憐に・・・。

そこに花が咲くのではなく華が生きていた。


幾重ものレースに縁どられた首元からスッと伸びた先には何とも形容しがたい煌きが異彩を放っていた。


透き通るほどの白い肌に載るはローズの瞳。


ピンクサファイアともピンクダイヤモンドとも表現される淡い色合いの宝石がくっきりと整った鼻筋の上に煌きながら、その場の人々を見回していた。


そして潤んだ唇がにっこりと笑顔を向けたその先にいたのは、黒い髪の一人の男。


少し浅黒い肌の筋肉質な肢体を紺色の軍服の礼装に包み、周りより頭一つ抜きん出て、人の輪から外れていることすら気にもとめない風で立っている、その男。


彼女は思わず「ふふふ」とこみ上げる可笑しさを極上の微笑みに昇華させた。


すぐにでも彼の所に駆け寄ろうとはやる気持ちを抑えると誰にも悟られないように優雅に身体の向きを彼の方に捉えその足をさりげなく踏み出そうとしたとき、斜め上に気配を感じ聞き覚えのある声に絡めとられる。


「この国で唯一の高貴なる星。

皇女殿下にご挨拶申し上げます。」。


(あ、、、これ、捕まったかしらね。)


彼女は心に立ち上がる苛立ちを自制心でなだめながら声のする方にゆっくりと微笑みを返す。


「ビステオン公爵。」とだけ呟くように言うとそっと手を差し出す。


「このよき宵にお目にかかれます誉をいただけまして光栄に存じます。」


差し出された彼女の手にそっと触れると手の甲にゆっくりと唇を下す。

時間をかけながらもそう感じさせない仕草は生まれながらの高位貴族としての自信に満ち溢れている。


そこからたくさんの若い青年貴族達に取り囲まれ、身動きがとれないまま、しばらくしてふと目線を泳がせると。


(いない。)


広間の隅の方で知る顔にだけ会釈を交わしてそこに居た彼の姿が彼女の視界から失われていた。


(どこに行ったのかしら。ああ。こういう場は好きではないはず。もしかして、もう帰ったのかしら?)


色々な考えが頭の中を回りだした彼女は周りの会話に適当に相槌を打ちながら、自分の心の中の失望感を持て余していた。


差し出される青年たちの手を笑顔で振りきると休憩室に向かうふりをしながら彼女の足はそうっと、誰にも見つからないようにそっとバルコニーのガラス扉の方へ向かった。

バルコニーに滑り込むかのようの会場の外へ脱出した彼女は外気の冷たさに触れて強張っていた身体の緊張が緩むような気がした。


「ふう。笑ってばかりのお人形さんも疲れるわね。」


思わずぼやきの声さえ漏れる。

彼が居ないのならもう帰ってしまいたいのに。

皇女としての務め故にまだこの場所から去るわけにもいかず、更にまたため息がもれる。


バルコニーに頬杖をついて夜空を見上げる。


「今夜の星の明るささえ私の憂鬱な気持ちを照らしてはくれないわ。」


そう呟いて空から庭園に目線を落とした時、彼女は自分が夜空の星のような煌きに一瞬射られたかのような感覚に囚われた。


「え?」


彼女が自分に向けられた鋭い視線を感じたその先には。

そこで彼女の瞳を見つめている、のは。


彼だ。


「レイブン。」


叫びにも似た歓喜の声が飛ぶ。


一瞬絡まり合った視線を断ち切るかのように即座に彼は瞳を伏せると頭を下げ皇女殿下に礼を取って立ち去ろうとした。


「レイブン。待って」


彼が行ってしまう。


彼女はテラスから身を乗り出さんばかりにして彼の名を呼ぶ。


彼は彼女にまた名を呼ばれてその足を止めた。


彼女には彼が闇に溶けて消えてしまうように、そんなふうに彼女の前から去ってしまいそうに見えた。その瞬間、彼女は自分の身体が心に吸い込まれてしまうかのような錯覚さえ覚えながら、彼女の脳裏には自分が皇女として祝いの宴に居ることさえ瞬時に消え去ったのだった。


彼女は自分のドレスの裾を少し持ち上げるとまずヒールの靴を脱いで片手に持った。


そしてもう片方の手でドレスの裾から溢れるペチコートを軽く後ろから巻くように持つとバランスを取りながらテラスの手摺に足をのせて彼の方に向いて腰掛けようとする。


その間に闇に立ち去ろうとする彼に向けて彼女は片手のヒールを思い切り投げた。


レイブンが彼女が空に放った靴の軌跡に気配を感じ、足を止めてそこに視線を奪われた瞬間、闇を照らすかのように鈴のように声が鳴り響いた。


「レイブン!」


その名だけを持って、彼女は彼に向けて飛んだ。


彼に向けて。思い切り。己の全てで。彼に。


その夜の闇に華が煌く。


銀色のドレスが彼女をふんわりと包み込むように広がって彼女は彼に向かって咲いた。


「!」


レイブンは瞬時に華に駆け寄ってその腕に抱きとめた。


「ふう。」と安堵と満足げな互いにため息が漏れた。


そして、


「ルル!何を考えてる!馬鹿なのか?」


レイブンが彼女を叱咤する声が抱きしめれたルルディに響き渡る。


ルルディは腕を伸ばしてレイブンの首に絡ませた。


ぎゅっとレイブンの胸元に自分の顔を寄せると、そこからレイブンを見上げてにっこりと笑った。


「レイブンが私を落とさせるわけないもの。そうでしょう?」


怒りの表情から毒気が抜けてレイブンがブツブツを何か呟きながらもルルディを抱き上げている手に少し力がこもったのをルルディは気づいていない。


「おまえってやつは。まったく。」


そのままレイブンはルルディの靴を拾い上げると抱きかかえたルルディを庭園のベンチに座らせ、そっと靴を履かせる。


「ルル。何歳になった?」


「ふふ。大きくなったでしょう?私、もう子供じゃないのよ。」


彼女に靴を履かせる為に俯いていたレイブンがふいっとその顔を上げてルルディの顔をじっと見た。


そこには何の言葉も無いのに、そこに何の感情も載せないレイブンのその眼差しの深さがルルディの胸を打つ。


何か、何か言わなくっちゃ。


何故私の心臓はこんなに焦っているのだろう。


自分の脈を鎮める為にルルディが口を開く。


「私、ちゃんとしたレディなんだから。」


ちょっとだけ斜めに顎をもちあげながら、自分が早口になっている気がして尚焦る。


なんだか、暑いのかもしれないなど、頭の中まで混乱し・・・。


「フッ。」


頬を赤く染めながら焦っておしゃべりするルルディをみながらレイブンは思わず微笑んだ。


そして少しだけ悪戯顔で言う。


「・・・・・レディは二階(バルコニーから飛ばないと思うが。」


「そ、それは・・・だってレイブン、私に会わずに帰ろうとしたでしょ?すっごく。ずっと、会いたかったのに。」


「仕事だ。」


彼は彼女の言葉が聞こえなかったように、この会話を切り捨てるようにきっぱりと言い切る。


「え?もうグーリディに帰るの?こっちに来たばかりなのでしょう」


レイブンは国境の地グーリディを領地に持つ伯爵家の次男である為にめったたに皇都にはやって来ない。


だから私がレイブンに会えたのは本当にあの春、私が小さな私と決別したあの春以来四年ぶりだった。


「ルルディ。」


レイブンが私の瞳をじっと見つめて私の名を呼んだ。


「なあに?」


見つめかえしながら、私はレイブンの瞳の奥底をのぞき込みたい思いに胸が痛くなる。


なんて綺麗なんだろう。


黒曜石の深い神秘。


目が離せないわ。


「俺は・・・」


何かを言いかけたレイブンの声が別の声にさえぎられた。


「ルル。」


白い礼服に金のモール、金の紋章を胸に飾っているのは皇族の証。

そして皇女を愛称で呼べるのは。


「皇国の光、皇子殿下にご挨拶申し上げます。」


レイブンが膝を折って礼を取った。


「お兄様?」


ルルディは兄の登場に驚きを隠せない。


「ああ、アクリスティット卿。立ってくれ。」


レイブンの礼に丁寧に応じると、ルルディの側に立つ。


「ルル。君が居なくなったことに会場の皆が気付き始めているよ。特に君と踊ろうと躍起になっている彼らがね。」


茶目っ気たっぷりに含み笑いでルルディの手を取って立たせる。


「ああああ。」


兄の言葉に思わずルルディは不満のこもった大きなため息を吐いた。

そんな彼女に彼の声が被ってきた。


「皇子殿下、皇女殿下。私はこれにて失礼させたいただきます。」


レイブンは丁寧にそう言葉を捧げると、膝をついたまま更に頭を下げて礼を取った。


「レイブン。」


彼とまだ話し足りない気持ちのルルディではあったが、皇族に膝を折って頭を下げたままのレイブンを見て気持ちを切り替える。


「レイブン。庭園の案内をありがとう。感謝します。」


この言葉でレイブンの名分は立つだろう。


今度こそ暗闇に消えていったレイブンの後姿を見つめていると、皇子がルルディの手を優しく握りしめて言った。


「ルル。さあ行こうか。」


「ええ、ありがとう。お兄様。」





その後の退屈な時間をなんとかやり過ごし自分の寝室で疲れた体を横たえながら、ルルディは今日のレイブンとの再会の時を思い出していた。


ずうっと会いたくて、会いたかったレイブンとの今夜の時間はまるで夢のようだったわと思いながら、彼女はあれはもしかしたら本当に私の夢想だったかもしれないのかしら?等とも思えてきて。


彼女の胸に過る様々な想いがそんな儚げな思いに絡まるかのようなそんな夜を胸にルルディはようやく眠りについたのだった。



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