第11幕(Ⅰ) 星雨の夜に・・・リューリランの雫を・・・捧げん(前)
その最後の夜、ルルディは幾夜も続いたこの深夜の訪問がもう終わることをこの護り人に告げるべきかを迷いながら図書の館に足を運んでいた。
いつものように図書の館の扉を開けると、今日もまたルルディが来るのを見越していたかのようにフロアの魔石灯が夜を照らしている。
ルルディの瞳は護り人の姿を探す。
彼はルルディの名を尋ねなかったし、彼自身も自ら名を告げようとはしなかった。
「お前は”知る”人で、俺は護り人。本の前ではただそれだけだ。」
彼は実に素っ気無い言葉を更にその不愛想で挟み込むかのように淡々とした態度で、ただ次の文献を魔石画に投影して話しを続けるだけ。
本当に俗世に興味の無い研究肌の聖魔士という感じだな、とルルディは面白さを感じたのを思い出しながらいつも彼がいるフロアの奥の方へ歩いていく。
だが、今日はいつもの場所に彼の姿はない。
「どこにいるんだろう。」
ルルディは辺りを見回す。
「あれは・・。」
いつもとは違う色で魔石灯が辺りを照らしている場所に気付いた。
ルルディはその薄っすらと紫色に照らす魔石灯の所に行くと、そこからまた違う場所に紫の淡い光が灯っているのを見つける。
ルルディは部屋中に散りばめられたかのようなその紫色に導かれるように道を進んでいく自分を楽しんでいる自分を感じた。
そして最後に導かれた紫色の光の先にたどり着いたのは階段だった。
真っ白な石造りの階段の一段一段をルルディはゆっくりと踏みしめながら昇っていく。
二十段ほど昇った先には真っ白な石造りの丸いフロアが広がっていた。
天井はガラス張りの円蓋となっている。
ルルディは天井を見上げた。
「星が・・・・。ここまで降ってきそう。」
自分の頭上に流れるように煌めく星の美しさに声が出ない。
「来たか。」
彼女の静かな感嘆を包む込むかのように護り人の声が響いた。
ルルディは彼のいる方へと駆け寄る。
「ここは。なんてきれいなの。星が、こんなに・・・。」
自分の中の衝動的な興奮に心がざわめくまま、ルルディは言葉を紡ごうとした。
「そうか。」
多くを語らずただ頷く彼が自分の心を受け止めてくれた気がして、ルルディはそのことに心に何かがふわりと舞い落ちる気がした。
「こちらへ。」
彼がルルディの手を取って椅子に座らせる。
同じ白い石のテーブルには茶器が置かれていた。
「茶は好きか?」
飾らない言葉はいかにも彼らしくて、ルルディは彼にコクンと頷きながら自分の心がクスリッと温かく笑う気がした。
彼は少しだけ口角をあげると、ラベンダー色に反射する透明のポットを片手に持ち、もう一方の手をポットに添えて何かを念じたかのように見えた。
それに応えてポットの中が熱で曇る。
茶葉がポットの中でクルンとジャンピングしているのをルルディはじっと見ていた。
彼が慣れた手つきでポットからルルディのカップにお茶を注ぐと、湯気と共に立ち上る茶香がルルディの鼻孔に広がった。
「これは・・・。」
仕草で、どうぞと彼が茶を勧めてくれた。
ルルディはカップを持ち上げると、口元に近づける。
そこから更にまた吸い込まれた香りがルルディの胸に薫ってゆくのが五感で伝わる。
「リューリラン。」
口に含んでゴクリと喉を潤すと・・・同時に、思わず呟いた。
何故だろう。
飲むたびに心が安堵するかのような香り。
彼はルルディに向かい合って腰を下ろし、彼もまたカップのお茶をゆっくりと口につけている。
二人とも何も言わずただお茶を口にしているだけ。
だが、その静寂が織りなす時間は発せられない言葉を呑み込みながら彼と彼女の唯一の空間となって・・・それは誰の錯覚なのか…教えて欲しい、と。そんな切実さが込み上げてきそうに胸を締め付けて・・・・
かちゃりっとカップをソーサに置いたのはどちらだったか。
その音にルルディの理性が疑問を読んだ。
「この茶はリューリランの花?」
「知っていたのか?」
彼に少しばかりの驚きが見えた。
「ええ。伯爵夫人が教えてくれた。」
「辺境伯夫人が?」
「ええ。それに皇城・・でなく家でもよく飲むの。とても香りがよくて好きなお茶よ。」
「そうか。そうなのか・・・それはよかった。」
吐息を吐くかのような彼の優し気な切なさは、私の視点の過ち・・・なの?
何故なのか、彼女は自分の頬はかあっと熱く火照るんのを止められず、それは焦りとなって言葉が勝手に口から踊り出す。
「リューリランの花の茶葉だと夫人は言ってたわ。
リューリランの花。見つけるのがとても難しい花なのだと。
ここの蔵書でも記載が見つからなかった。
ずっと気になってる。どんな花なんだろうって。
あなたはそれを・・・見たことがあるの?」




