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第9幕(Ⅲ)そこに刻まれるは、 Sacrum  Ars magna(後)

「ここは。」


ルルディが瞳を開いた時、彼女の目に映ったのは、そこはもう先程の図書の部屋ではなかった。そして彼女は思わずあれは夢だったのかと自問してしまう。

何故ならば、その場のどこにも何も無かったから。

目が潰れると器官が反射したほどの、あれ程迄に眩しかった光さえ全くの余韻も残さずに霧散していたのだから。


だが、と冷静さを取り戻しつつある理性が分析する。

むしろ少し薄暗いような場所に目が慣れないことがあの光の残照といえるのかもしれないと。

当惑に引き込まれそうになりそうな自制心との葛藤をぐっと呑み込みながら、ルルディは今はたた懸命に目を凝らし周囲を見回した。


やはり。

そこには何も無い。


彼女はそうっと足を踏み出す。

これは、とにかく一歩でも進んでみるしかないか、と。


彼女が居るそこは広い空間のようだったが、視界には書物らしきもは一切映ってこないようにみえた。


一歩、一歩を慎重に前に踏み出していく内に、彼女の目が徐々に暗闇に慣れてきたようだった。更にぎゅうっと目を凝らすとそこに薄っすらと浮かび上がる様に見えてくる。


そこに道のようなものが敷かれているように見受けられたルルディは、臨機応変と自由自在の融合という自分お得意の好奇心に沿うように己の思いのままにその道に沿って歩き始めた。


と、その道程の向こうに、なにかしらの存在を察知したルルディは、それが床から浮遊して在るのを見て取るやいなや彼女自身がなにかしらの衝動に突き動かされたかのようにそこに向かって走り出した。



大きな。

立体的な。

それは床から宙に浮いてゆっくりと回転しているように見えた。



ルルディがそこに近づくにつれ、その回転の速度が緩まっていくようだった。そして彼女の動きに連動するかのようにゆっくりとゆっくりと失速して螺旋を描き始めたかのようなその動きは、ルルディがその正面に立った瞬間、彼女の体温がその渦に弾んだかのような感覚でもって瞬時にその回転は止まったのだった。


暗闇にぼんやりと発光しているかのような立方体にルルディはそっと慎重に手を伸ばした。


そこに熱くも冷たくもない不思議な発光体というようなそれはどの面も滑らかなようだった。と、彼女の手触りが凹凸を感じてそこに止まる。

これは、とその凹凸を自分の指で丁寧に探りながらルルディの脳裏に閃きのように浮かんだのは、これか、という啓示のような解答こたえだった。

彼女は自分の首元からペンダントを外すと、その鍵を躊躇なく凹凸に挿し込んだ。



時間がそこに存在しないかのよう、自分の五感がそんな物理的な矛盾を諭そうと感性を解放するかのような次元の鼓動が音律となってゆっくりとゆっくりと。

その立体は角度をもって斜めに立ち上がり、発光の只中で一冊の本のようにその面が開いたのだった。




『始祖の子。泪の愛し子よ』



ああ、とルルディの存在から吐息が漏れるのは、彼女自身の奥底に痺れるようにのその音色ことばが浸透してきた故に。



『光の愛し子よ。そなたは、まだ開かれておらぬ。』



「開かれる、とは。なに?」



『そなたには。対価がない。そなたはまだ聖女王では・‥』



ルルディが自分の存在そのものに積もろうとするその音律ことばを頭脳に解析させようと、自分の口から言葉を継ごうとしたその時、彼女の背後から音が言葉となって耳に響いた。



「暁の闇に閉じよ。」



その呪文のような言葉によってなのか、浮遊して光に漂っているかのような立体は自身を消却させるかのようにすっとその姿を消した。





視界が揺れたかと感じた次の瞬間、ルルディは図書の館の二階窓の側に立っていた。



いったい何が起こったのかと考える余裕も無いまま自分の身に降りかかった驚嘆に近い白昼夢のごとき出来事に、ルルディは声すら失ったかのようだったが。


なに?

確かな気配。

自分に刺さる視線。

彼女はハッと振り返った。


「だれ?」




黒い闇に薄っすらと浮かぶシルエットに問う。




コツン、コツンと彼女に向かってゆっくりと迫る靴音がルルディの耳から心臓に痺れのような振動となって彼女を震わす。




接近するにつれてその輪郭が露わになっていく、それはがっしりとした躯体の男性だと認知できた。




「だれなの?」


そちらに向かってもう一度問うルルディの声は震えを打ち消すように凛とした音色となってその暗闇を灯すかのよう。



互いの距離が三歩ほどの所で靴音が止まった。


ガラス窓から差し込む月の光に彼という存在を顕在化させたかのよう。


暗闇を封じ込めた夜の泉のように深い深い緑柱の瞳がルルディを見つめていた。


ルルディはその瞳の奥底から渦巻く螺旋に自分が吸い込まれていくかのような錯覚を覚えた。



そして。

彼女は、その瞳から、彼から目が離せない。



「私は、夜の図書の館の護り人だ。そちらは?」


冷静な声色で淡々とルルディに言葉が向けられた。


「わたしは・・・。」


「いや、伯爵の客人か。こんな夜中に一人で出歩いては危なかろうに。」


「私は、その、調べたいことがあって。」


「なるほど、明日まで待てない、ということか。」



ルルディはこの男はいったい何者なのだろうかと思い巡らす。

が、当然のごとく答えは見つからないまま、ただ疑心を載せた瞳を彼に返すことしかできなかった。




「で、何を知りたい?」



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