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第9幕(Ⅰ)そこに刻まれるは・・・Sacrum  Ars magna(前)

独りだけで行ってみたい。


ふとそう思い立ったルルディはそっと部屋を抜け出そうと決めた。

彼女の部屋は屋敷二階の一番奥に位置しており、扉の前には護衛騎士達が交代で詰めている。

正面からは厳しいな、というか無理だと警備の配置を思い起こしながら彼女はふうっと溜息を漏らす。


だが。どうしても、行きたい。この夜に。


そんな切実さが彼女の胸の奥で膨らんでいく。

そしてそれはもう彼女の理性によって封じ込めることが難しくなっていた。



ふう、んと彼女は足音を忍ばせると部屋の四方の壁に目を凝らす。

そしてうっすらと彼女の視界に浮かび上がったのは壁紙に同化しているかのように在る扉だった。


そう、だいだいこういう造りになっているのよね、としたり顔で彼女は鍵のない扉を静かに開く。


二階一番奥のこの部屋はおそらく普段は辺境伯夫婦の共用部屋なのだろう。そして当然その両隣には辺境伯と夫人の各々の個室が設けられているはずなのだ。それも彼らならば互いの扉に鍵は必要としないだろうというルルディの読みは見事に的中した。


そっと音と立てないように隣室へと足を伸ばすとそこに溶け込んだ黒い闇が彼女に迫ってくるかのよう。それを振り切るかのようにルルディはその瞳で月明りの射しこむガラス戸を見出すと、足早にそこへ向かいバルコニーへ続くガラス戸を開け放った。



ああ、と月の光を浴びた心が吐息を漏らす。



ルルディは誰にも気付かれませんようにと半ば祈りにも似た気持ちを捧げながら、月夜に自身を晒して前に踏み出すとバルコニーの端に寄った。

バルコニーの端方で欄干に寄りかかるかのように伸びた木の枝が視界に入ると、彼女の口角がきゅうっと上がりその顔に満足気な微笑みが浮かんだ。


ルルディは夜の静寂に音が響きませんようにと祈りながら、何気にどちらかを誘うかのような枝ぶりのその木に親し気に自分の手を伸ばして軽くポンポンと挨拶を交わすと、軽く吸った息をすっと吐くそのタイミングに乗せるかのようにするりっと慣れた感覚で太い幹沿って彼女自身が撓りながら滑り降りた。


少し危うげではあったが無事に着地した彼女は、久しぶりだが勘は鈍っていないなと自分の中で高揚する記憶に自分を浸す、その心地よさに包まることを己に赦した。



ああ、よく皆で悪戯っ子みたいに木登りしたものだった。

そうそうあの時から既にメリーの心配と小言の入り混じった過保護ぶりは健在だったな、とメリーの顔さえ浮かんでくる。


それから彼女は、体を動かすのは久しぶりだがやはり適度は運動は大切なのだな、と神妙に納得する自分が妙に面白いと感じたのだった。

明日は演武場を借りで一汗流そうか、などと爽快な気分に浮かれたかのようにルルディは屋敷を抜け出したその足を真っすぐにそちらへ向けた。

黒闇を照らす月明りに横たわったかのような静寂の中、ルルディは花の残り香に包まれた庭園をゆったりと歩き出したのである。




まるで何度もこの場所に包み込まれていたかのような情を胸に起こさせるのは、この庭園を造った伯爵夫人の人柄によるものなのだろう。


と、そういえばこの鍵、とルルディはペンダントのことを思い出した。


「いつかきっとお使いになる時が参りますわ。」


伯爵夫人が鍵を渡しながらそう言い添えたのは、私が”読む”ことを我慢できない性分なのだという想定内だったのだな、そう思うと、ルルディは自分の内側に微かに囁くかのようにクスクスと鈴が転がるような愛し気な笑いが込み上げくるのを、もうそのままに。

彼女はその喜悦の余韻が庭園の花々の香気に匂い立つままに。

その月夜に”秘”されているものが何なのか、そこに晒されるものは何なのかと心が移ろうままに、花の道を歩き続けた。



皇国だけでなく大陸中で辺境の要と認知されている通り、アウリスティット家はセレフィネソフィア皇国を守る剣であり国防の守護者である。

それ故に辺境の地に根を張って生きている彼らは、皇都には必要最低限の機会にしか姿を現さないことでも有名である。


そして更にモルティ山脈麓は魔の森とまでいわれ皇国、周辺諸国からは恐怖の対象でしかない為、安易にそちら側を訪れる者は多くは無い。それ故にこの名高い家門の情報もまた決して多くはないのだ。


これは孤立しがちな地形によるものであることが要因の一つではあるが、この辺境にて生きる矜持を持ってこの地に住む者達の気質によるところが大きいのだろう。それと同時に、この地が辺境伯夫妻の善なる慈愛にて治められていることが領地全体にアウリスティット家への深い忠誠と敬愛をもたらしてることは間違いないのだろう。



ここは、まるで一つの”国”と言っても過言ではないほど、人々の想いが満ち足りた場所なのだな、とルルディはふと自分が君主として彼らを羨ましく思うことに気付いて足を止めた。

そして彼女に問いかけるかのようにそこを照らす月の光を掬い上げるかのように両手を広げながら闇夜の尽き見上げてすっと目を閉じる。

そしてルルディは庭園の花の芳香を自身に吸い込んだ。








そこに到着したルルディは図書の棟の正面ドアの前に立っていた。

彼女は鍵を差し込み、そこに開いた扉から中に入ると、それに伴って自動的に明かりが灯り一瞬で室内が明るくなった。


「これは。鍵と魔石が連動しているのか。なかなか面白い仕組みだな。

皇城でも取り入れたいものだ。」

 



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