7. クラス対抗戦へ
夜のBクラス寮ロビーでは、クラス対抗戦の正式な日程が掲示され、ざわついていた生徒たちも徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
レイ・フロストはガルド・ブラスト、マリア・フィンチと共に掲示板の前に立ち、今まさに貼り出されたスケジュール表を見つめる。
「これがクラス対抗戦か……」
淡い照明に照らされた文字を追いながら、レイはつぶやく。チーム制と個人制の模擬戦や、属性別の競技種目が列挙されており、かなり複雑な得点方式が採用されるらしい。最近ようやく氷魔法の制御に手応えを得つつあるとはいえ、ここで勝ち抜くほどの実力があるかどうかはまだ自信が持てない。
横でガルドが腕を組み、鼻息を荒くする。
「へえ、個人戦もあるんだな。じゃあ、オレも暴れがいがありそうだぜ!」
彼は土属性を得意とする前衛タイプ。力を存分に振るえる場があると知り、期待に胸を膨らませている。
一方、マリアは控えめに掲示板を覗きこむ。
「わ、私は……回復魔法やサポートが中心だから、直接の攻撃は難しいかも。チーム戦で力になれればいいけど」
“癒やし手”としての素質が高い彼女は、どうやら大きな攻撃を任されるのをあまり望んでいないようだ。レイはそんな二人のやりとりを見守りつつ、どういう形で試合に出るべきか考えあぐねていた。
すると、廊下の端からクロエ教師が微笑みながら近づいてくる。
「皆さん、試験に向けてやる気が上がってるみたいね。レイ、補講の予約はもう入れた?」
問いかけに、レイははっとして首を横に振った。
「い、いえ……まだです。やっぱり早めに申し込まないと、枠が埋まっちゃいそうですよね?」
「そうね。希望者は多いから、早めに書類を提出するのがいいわ。グレン教師にも話を通してあるから、スケジュールを合わせてくれるはずよ」
そう言うと、クロエはレイへ簡易的な申請用紙を手渡す。どの部分を重点的に補講したいか、いつなら時間が取れそうかなど、記入すべき項目が並んでいた。
「わかりました。ありがとうございます。……今晩中には出しておきます」
「期待してるわよ」
クロエが優しい声で励まし、肩に軽く手を置くと、レイは少しだけ照れながらガルドたちと目を合わせる。横からガルドが「よーし、パパッと書類出して、明日から本格的に練習だな!」と声を上げ、マリアもうなずきながら「回復魔法の個別指導、わたしも受けてみたいな……」とつぶやいた。
そんなふうにモチベーションを高め合ってから、三人はそれぞれの部屋へ戻る。レイはベッド脇の机で申請用紙を広げ、“氷魔法の制御を中心に実技補講を希望”と書き込み、明日の朝には提出するつもりでペンを走らせた。
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翌朝、レイは朝食後に職員室を訪ね、書き上げた申請用紙を持ってグレン教師の元へ向かった。
グレンは何やら書類に目を通していたが、レイの姿を見るなり「ああ、フロスト。補講のやつだな?」と声をかけてくる。
「はい、これを……お願いします」
用紙を差し出すと、グレンはざっと目を通してから軽く頷いた。
「氷魔法の段階制御……まあ、あれは特殊だ。きちんと時間をとったほうがいい。午後の空きコマはすでに埋まってるが、放課後ならなんとか調整できるようクロエが言ってたからな。任せろ」
短い返事だが、頼もしく感じられる。レイは安堵しながら「ありがとうございます」と頭を下げた。早めに空き時間が決まれば、計画的に練習もできそうだ。
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午前の授業が終わり、昼休みになると、ガルドやマリアと学食の窓際席に集まる。
ガルドは魚のフライを頬張りながら、「オレは午後から演習場で、土壁の展開を教わるんだ。やっぱ体を動かさねえと!」と笑顔で語る。マリアはスープをすくいつつ、「わたしは図書棟で回復魔法の資料を読み込んで、夜に実技エリアが空いてたら試すつもり」と話していた。
「俺は補講の予約が取れそうで、明日の放課後ぐらいに見てもらう予定になりそう」
レイがパンをほおばりながら説明すると、ガルドが「いいな! 遠慮せず特訓してもらえよ!」と背中を叩き、マリアも「バッチリじゃない」と微笑む。
ガルドはふと思い出したように顔を上げ、「そういやセリスって最近どうしてんだ?」と尋ね、マリアが苦笑して「Aクラスの子たちとよく動いてるみたい。私は遠巻きに見るばかりだけど……」と答えた。
レイは視線を落として「……そうだな」と一言。昨日も廊下で姿を見かけたが、やはりろくに言葉を交わすこともなく通り過ぎたばかりだ。
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午後、ガルドは演習場へ、マリアは図書棟へ向かい、レイは自主練許可のある室内演習室で氷魔法を細かく試みることにした。
無人に近い空間で、一度に大量の魔力を放出しないよう注意しながら、段階的な冷気の操作を繰り返す。とはいえ監督がいない状況で大技を撃つわけにもいかず、あくまで“小さく出す→即座に引く”の反復練習がメインだ。
(事故ったら大変だし……でも、少しでも慣れたい)
恐れを抱きながらも、氷魔法をコントロールするイメージをさらに体に刻み込みたい。短時間で切り上げる頃には、腕のあたりが妙に疲弊していたが、手応えも少しだけあった。
(補講で教師がいれば、もう少し踏み込んだ実験もできるかもしれない)
そんな期待を抱きながら室を出て廊下を歩くと、向こうに見慣れないグループが立ち話をしているのが見えた。上層寄りの制服に赤茶色の髪が混じっている――セリスだ。
一瞬、挨拶しようか迷ったが、彼女はAクラスの仲間に呼び止められたようで、ちらっとレイを見やっただけでそちらへ向き直ってしまう。レイは声をかけられず、再びすれ違いになったことに軽い苛立ちを覚えつつ、歩みを続けた。
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夕方になり、ガルドとマリアが合流してBクラス寮へ戻る。
ガルドは「土壁、もうちょいで使いこなせそうだ!」と息巻き、マリアは「回復魔法の詠唱リズムが思った以上に体力を消耗するみたいで……」と肩をすくめる。レイはセリスとのすれ違いを心に引っかけながら、「明日の補講でさらに氷魔法を安定させよう」と、胸の中で密かに誓った。
「レイ、顔が暗いぞ。もしセリスのことなら、今はあんまり無理してもすれ違うだけかもだよ」
マリアがさりげなく気を遣ってくれ、ガルドは「そうそう。とりあえずおまえ自身の訓練が先決だろ」と軽く拳を突き出す。レイは微苦笑し、「わかってるよ」とひとことで返した。
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翌日の放課後、レイはクロエ&グレンの個別補講を受けるため、演習棟へ足を運ぶ。
すでに数名のBクラス生が別の教師と組んで練習しており、奥まった区画でレイは氷魔法の実践に取り組んだ。今回は一回の魔法放出を少し大きくして、その暴走をどれだけ抑えられるか試すというプログラムだ。
「レイ、昨日の自主練もしてたんでしょ? じゃあ、その成果を見せてもらおうかしら」
クロエ教師が微笑み、レイは深呼吸をして氷魔法を呼び出す。恐れはあるが、段階的な制御を体に染み込ませるのが今日の目標だ。
一気に冷気を放出するのではなく、複数のステップで魔力を膨らませては制御し、膨らませては制御し……その繰り返し。胸の奥がぎゅっとなる瞬間は何度もあるが、なんとか踏みとどまるたびに手応えを感じる。
「くっ……!」
一瞬、魔力の振動が大きく揺れて氷がビクッと膨張しかけるが、グレン教師が「焦るな、呼吸を使え!」と声を飛ばす。レイはとっさに吸った息を静かに吐き出しながら、氷塊を一段階小さく削ぎ落とすように意識した。
バリリ、とひび割れた音がしたが、爆発的な暴走には至らず、氷はゆるゆると溶け落ちていく。
「……やった」
思わずレイがそう呟くと、クロエ教師が「ナイスコントロール!」と拍手を送り、グレン教師も短く「悪くない」とうなずく。レイは額の汗を拭きながら、胸の高鳴りを鎮めた。
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補講を終え演習棟の外へ出ると、辺りはすっかり夕闇に包まれ、校内には行き来する生徒たちのにぎやかな声が飛び交っている。レイはガルドとマリアの姿を探そうと辺りを見回すが、どうやら彼らは先に寮へ戻ったらしい。
遠目にはAクラスの学生数名が談笑しており、その中で「火炎のセリス、また伸びてるらしいぞ」という噂話が聞こえてくる。レイは胸がざわつくものの、今は自分の課題に集中するべきだと意識を切り替えた。
(セリスとの差は広がってるかもしれない。でも、俺もちゃんと前に進んでる)
自分を納得させるように、レイは軽く息を吐き、寮への道を急ぐ。
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夜のBクラス寮。
食堂で夕食を済ませた後、ロビーのテーブルでガルドとマリアに補講の様子を報告すると、二人とも喜んでくれた。
ガルドが「危なかったけど止められたってのはデカイな!」とテーブルを叩き、マリアも「うん、すごい進歩だよ。あと三週間、きっともっと安定すると思う」と微笑む。
レイは自信がついたような気がして、「でも、まだ完璧じゃないから練習しないと……」と苦笑する。
「そろそろ部屋戻るか。オレは筋トレしてから寝るわ」
ガルドが大きく伸びをして席を立ち、マリアも「わたしもノート整理しておきたいし……おやすみね」と笑顔で去っていく。レイは一人残りかけたが、ふと掲示板の方に目が引かれた。
そこには “Aクラス主催のミニ模擬試合告知” なる紙が貼り出されている。数日後の夕方に行われ、他クラスからも一部参加を受け付けると書いてある。試合規模は小さいが、研修的な意味を兼ねているらしい。
「セリスはここに出るのかな……」
つぶやきながら紙面を見返す。上層貴族やAクラス生が中心になるなら、レイにとってかなり敷居が高いが、参加すれば何か突破口が見えるかもしれない。
複雑な思いを胸に、レイは階段を昇りながらあれこれと考え込む。自室の扉を開き、机に向かう頃には、短い時間で明日以降の練習や補講、そしてミニ模擬試合への参加をどう組み合わせるか――頭の中でスケジュールを思案していた。
どこまでやれるかわからない。それでも、セリスとの距離を縮めるには行動あるのみ。氷魔法の制御が進歩すれば、堂々とAクラスの舞台にも挑めるかもしれない。
そう思いながらレイは明かりを落とし、少し揺れる気持ちを抱きつつ静かに目を閉じた。