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10. 迫りくる模擬試合

 広いテーブルに一人残されたレイ・フロストは、頬杖をついたままぼんやりと宙を見つめていた。


 Aクラス主催のミニ模擬試合に対する意欲は高まっているものの、まだ日程が定まっておらず、今は待つしかない。


 食堂に集まっていた仲間も、ガルド・ブラストは筋トレのメニューを考えると言って席を立ち、マリア・フィンチは図書棟に借りた本を返しに行くと微笑んで去っていった。気づけば大きなテーブルにはレイだけが取り残されている。


 ふと長いため息をついて立ち上がると、食堂の明るい照明が目にしみ、疲れがどっと押し寄せてくるようだった。廊下へ出ると、Bクラス寮の夜はすでに静まり返り、行き交う生徒もまばらだ。遠くから小さな足音や会話が聞こえるだけで、まるで自分が置き去りにされたような感覚がある。


「焦ってもしかたない。明日、連絡がなければ、こっちから動くしかないな…」


 自分に言い聞かせながら部屋のドアを開き、そっと閉める。すべては明日以降にどう動くか次第だと、腹をくくった。


 翌朝、レイは食堂でガルドと顔を合わせ、簡単な朝食を済ませてから学園区へ向かう。マリアは先に図書棟へ寄る用事があるらしく、「あとで教室でね」と先に行ってしまった。外に出ると眩しい青空が広がり、魔力結界の淡い輝きが空を横切っている。ガルドが楽しそうに肩を回した。


「なあレイ、もしミニ模擬試合に短距離走とかあったら、オレも出たいくらいだよ。でも、さすがにないかもしれねえな」


 レイは苦笑して答える。


「Aクラスが主催だし、個人戦が精一杯だろう。それよりクラス対抗戦で力を出そうぜ。氷魔法はそっちでたっぷり使えるんだから」


 ガルドは嬉しそうに笑い、「そうだな。クラス対抗戦ならオレも前衛で大暴れしてやる!」と肩をたたいてくる。


 そうしてポジティブな声を交わしながら教室へ向かうと、すでに登校していたマリアが手紙を持って待っていた。


「レイさん、リオン・グレイってAクラスの方がさっき来て、これを置いていきました。模擬試合の日程のことみたいです」


 小さな封筒を受け取り、中身を読むと「今週末の日曜午後、十四時から第4アリーナ。本日昼休みにAクラス棟まで来てほしい」と短い走り書きがあった。レイは声を落としてつぶやく。


「日曜か…意外と早いんだな」


「おお、すぐじゃねえか。間に合うか?」


「レイさんなら大丈夫ですよ」


 ガルドとマリアが口々に反応するなか、レイは「まずは昼休みにリオンと打ち合わせしてくるよ」と決める。


 午前の授業は学術史や魔力理論が続き、ガルドは相変わらず退屈そうだが、マリアとレイはノートをとりながら真面目に耳を傾ける。


 教師のクロエが「いよいよ決まったのね。無理しないようにね」と声をかけ、周りの生徒が「下層出身がAクラス相手に?」「すごい度胸だな」とささやくのを感じ、レイは集中を切らさないよう必死だった。


 昼休み、ガルドたちに「ちょっと行ってくる」と告げて、レイはAクラス棟へ向かう。上層らしい華やかな装飾が目に入り、改めて“ここは別世界だ”と感じる。どこに行けばリオンがいるか見当がつかず廊下をうろついていると、偶然セリス・アークが向こうから歩いてきた。


 赤茶色の髪をまとめ、Aクラスの制服を品よく着こなす彼女は、レイを見つけるとわずかに目を見開くが、その表情はどこか冷たい。


「…レイ、何してるの」


 ただそれだけを問いかける彼女に、レイは平静を装って応じる。


「リオンに呼ばれて、ミニ模擬試合の打ち合わせしに来たんだ。場所がわからなくて探してて」


「そう。わたしは詳しくないから答えられない。あれはリオンの主体だもの」


 セリスは視線をそらしながら言葉を切り捨てるように放つ。レイの胸に鋭い痛みが走るが、「わかった」とだけ返すことしかできない。


「…がんばりなさい。氷を暴走させないように」


 棘のある言い方でそう言い捨てると、セリスはそのまま背を向ける。まるで下層時代の面影を否定するかのような態度に、レイは何も言えない。


 その後ようやくリオンを見つけると、彼は「セリスに会った?」と軽口を叩きながら、本題である日程とルールをあっさり伝えてくれた。今度の日曜14時から、第4アリーナでデュエルをメインに複数のAクラス有志と戦うという流れらしい。レイは「危険でもやるしかない」と腹をくくる。


 午後の授業後、ガルドとマリアはクラス対抗戦のチーム編成のミーティングへ行くという。レイは「明日以降に参加するから、俺は個人練習を優先する」と伝え、演習棟へ向かった。


 そこでは氷の出し入れを繰り返し、絶対零度が暴走しかけないよう根気よく制御を練習。


 夕方、引き上げるころに出口でセリスを見かけたが、彼女は視線を合わせず通り過ぎる。互いの力を磨くために必死なはずなのに、まるで隙間風が吹いているようで、レイの胸に切ない感情が募る。


 翌日、リオンから「Aクラス有志が4~5人集まる。数戦やって途中棄権でもいい」と追い打ちの連絡があり、レイは緊張と期待を抱える。ガルドは「よーし盛り上がってきた!」と興奮し、マリアは「危険だから本当に気をつけてね」と優しく心配する。


 一方でセリスは何も言わず、廊下で目が合いそうになっても逸らすばかり。レイはその態度に胸を痛めながらも、やはり当日の試合で力を示すしか方法はないと腹を決めた。


 週末が近づき、ガルドとマリアはクラス対抗戦の打ち合わせに精を出しながら、レイの試合を応援してくれる。レイは「迷惑かけないようにする」と微苦笑しつつ、日曜に迫る大舞台のことを考えると落ち着かない。


 夜、ベッドに腰掛けて氷魔法の小さな練習をしながら、かつて下層でセリスの火炎暴走を防いだ記憶を思い出す。あのときはあんなに近かったのに、いまではこんなに遠い。


「俺は俺で、やるしかない…」


 そうつぶやいて冷気を呼び込み、そして静かに解き放つ。その作業を何度も繰り返し、頭を切り替える。


 迎えた日曜、いよいよ第4アリーナへ向かうレイを、ガルドとマリアは玄関先で見送ってくれる。「氷撒き散らすなよ!」「応援してるからね」と軽口や励ましをかけられ、レイは「行ってきます」と穏やかに微笑んだ。


 アリーナにはすでにAクラスの面々が集まり始めており、リオンが「来たな」と手を振る。その近くにセリスはいないが、気にしている余裕はない。今は“絶対零度”の力をぶつけ、Aクラスに危険なだけじゃない自分を示すしかない。


「よし、準備できた?」


 リオンの問いにレイは短く答え、胸の奥で高まる氷の魔力を感じながら深呼吸をする。負けるわけにはいかないと決意したところでアリーナの空気が張り詰め、手際良く段取りが進められた。


「Aクラス有志によるミニ模擬試合、デュエル形式で開始する。まずはレイ・フロスト対……」


 リオンが対戦カードを読み上げ、レイは中央へ歩き出す。対峙するのはAクラスの少女。いつしか空気が静まり返り、見守るAクラス生や教師の視線が一斉に集まる。レイはセリスの姿を探そうとする気持ちをかろうじて押さえ込み、氷魔法をじわじわと指先に呼び出した。


「絶対零度…暴走させるわけにはいかない」


 ごく小さくつぶやき、スタートの合図とともに相手の魔法に対峙する。氷と風がぶつかり合い、アリーナに鋭い衝撃音がこだまする。レイの視界が一気に戦いの色に染まり、すべてが動き出した。やるしかないのだ。

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