9. ミニ模擬試合への切符
夜のBクラス寮ロビーは、どこかいつもより熱のこもったざわめきに包まれていた。クラス対抗戦のチーム編成をめぐって、生徒たちが円卓やソファを占拠し、わいわいと作戦やメンバーを話し合っている。
レイ・フロストはその様子を眺めながらも、心ここにあらずといった表情だ。頭の中には、つい先刻まで気になっていた“Aクラス主催のミニ模擬試合”のことがちらついている。
「よし、オレらの計画はこんな感じで固めようぜ! 明日から練習メニュー詰めないと!」
ガルド・ブラストが甲高い声を上げると、周囲が一瞬そちらに注目する。
彼は意に介さず、「土魔法のオレは、短距離走や障害物演習にも通用するはずだし」と自信満々に胸を張った。
「わたしは回復とサポートで貢献するしかないけど……攻撃はみんなに任せるわね」
マリア・フィンチが控えめに言うと、周囲のクラスメイトから「助かるよ、マリア」「回復要員がいてくれるのは大きい!」と声が飛び、彼女は少し頬を染めながら視線を落とした。
一方、レイは口を開きかけて言葉に詰まる。心配そうにマリアが「レイさん、どうしたの?」と小声で聞いてくると、レイは苦笑まじりに答えた。
「ごめん。さっきからAクラスのミニ模擬試合が気になってて……」
「おまえ、もう書類出したんだろ? 結果はいつわかるんだ?」
レイはうなずきながら視線を落とし、「たぶん、今日か明日には審査の結果がわかるはず。リオン・グレイが“実力確認テストをやる”って言ってたから、それを乗り越えないと本番には出られないみたい」と漏らした。
「リオンか……貴族のAクラスらしい奴だろ? なんだかワクワクするな」
ガルドはどこか嬉しそうに笑い、マリアは心配げな面持ちで「ほんとに危なくない? 無理しすぎないでね」と釘を刺す。
そこへクロエ教師がロビーへ入ってきて、「皆さん、騒ぎすぎずに小グループで話してね。上層部から苦情が来ないように」と声を上げ、生徒たちは「はーい」と一応返事をする。
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翌朝、レイはどこか落ち着かない気分を抱えたまま学園へ向かった。
Bクラスの教室に入るや否や、廊下のほうから「フロスト、ちょっといいか?」という声がかかる。振り向けば、金髪のAクラス生――リオン・グレイが淡々と書類を手に近づいてくる。
「審査、通ったよ。つまり、君はミニ模擬試合に“仮参加”が決定だ。ただし、本番に出る前に“実力確認テスト”を受けてもらうことになってる。……今日の放課後、空いてるか?」
リオンは事務的な口調で言い、レイは驚きを浮かべながらも「はい、放課後なら大丈夫です」と即答する。
「じゃあ、演習棟の第3アリーナへ来てくれ。Aクラス側が数名立ち合って、君の魔力や戦い方を軽くチェックする。問題なければそのまま本戦に出られるよ」
書類をひらひらさせながらリオンは淡く笑み、“絶対零度の氷使い”に興味があると口にする。
「セリスも少し気にしてたみたいだし、本番で驚かせてくれればいい」と肩をすくめ、そっぽを向いて去っていく。
(セリスが気にしてる、か……)
その言葉に胸がざわつくが、レイは考え込む余裕もなく席に戻る。セリスがどう思っているかはわからないが、少なくとも顔を合わせるチャンスは近づいているかもしれない。
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午前の授業は、封印術基礎の座学。クロエやグレンが教室を巡回しながら、生徒たちのプリントをチェックしている。
レイはノートを開きつつも、放課後の実力確認テストが気になって集中しづらい。下層で暴走しかけた氷魔法を、きちんと制御できるかどうか――失敗すれば“Aクラスの場に出るには危険すぎる”と却下されそうな怖さがある。
昼休みになり、ガルドとマリアに「放課後にテストがある」と話すと、ガルドは「そっか! オレらも見に行けるか?」と喜び勇んで問うが、レイは恐縮して首を振る。
「ごめん、外野が入れるか微妙なんだ。リオンも何も言ってなかったから……」
「まあ仕方ねえな。終わったら結果教えてくれよ!」
ガルドが朗らかに笑い、マリアは「うん、気をつけてね。焦って怪我しないように……」と優しい声をかける。レイは二人の気遣いに感謝しながら午後の授業をこなし、放課後を待ちかねた。
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放課後、レイは演習棟の第3アリーナへ向かう。普段Bクラスが使うエリアとは異なり、床や壁の造りがより頑丈そうで、魔力衝撃に対応した結界が張られているらしい。
ドアを開けると、リオンの他に数名のAクラス生が集まっており、なかには「あれが下層出身の……」「氷魔法らしいわよ」とヒソヒソ声が飛び交っている。
「来たね、フロスト。じゃあ説明するよ」
リオンが淡々と状況を語る。2分以内に動くゴーレム型標的をどれだけ攻撃できるかを見るだけでOK。危険と思われれば不合格、無事に制御できれば参加本番へ進める――それだけの短いテストだという。
「わかりました……お願いします」
レイは息を呑み、ゴーレムの召喚を待つ。魔法陣がうっすら光り、土色の人型が床からせり上がってくると、一斉に動き出す。
「始め!」というリオンの合図と同時に、レイは掌に冷気を集める。いつもの一気に膨張させるスタイルではなく、小さく刻む制御を意識して短い氷弾を次々発射する。
パシューン、と涼やかな音が鳴り、ゴーレムの脚部が白く凍り始める。周囲から「おっ」「思ったより精度高いか?」と驚きの声が飛ぶ。レイは内心でほっとしかけるが、すぐにゴーレムが強引に動きだしてバランスを取り戻す。
(まだだ……連続で打つしかない)
レイは呼吸を整え、何度も氷弾を撃ち込む。胸の奥から湧き上がる“絶対零度”が暴れそうになる感覚を必死で抑え込むのがつらいが、ここで引いては試合に出られない。
残り30秒の声がかかったとき、大きめの氷弾を作り一気に射出する。ゴーレムの胸部に直撃した塊が爆裂音を立て、土くれの上半身がガラガラと崩れ落ちる。それと同時にレイは痺れるような余韻を必死で引き戻し、暴走を防いだ。
「そこまで」
リオンの声が響き、ゴーレムは魔力が途切れたのか動きを停止。
レイは息を吐き、手の震えをこっそり隠すように握りしめる。
Aクラス生たちが驚いたようにざわつき、リオンは「危なっかしいが、十分合格範囲だな」と頷く。
「君の氷魔法、やはり特殊だけど、そこそこ制御してるみたいだ。怪我もないならOKだろう。正式にミニ模擬試合へ参加していいよ」
そう言いながらリオンが近づき、レイの腕を軽く叩く。
ほっとしかけたその時、アリーナの扉が開き、赤茶色の髪がゆらりと揺れる。
「……セリス、今来たところか。フロストのテストはもう終わった」
リオンが笑みを向けるが、セリスは「そう」と短く言うだけで、視線をレイに一瞬投げたあとすぐ目をそらす。
レイは意を決して「参加、許可されたみたいだけど……大丈夫なのかな?」と声をかけた。
セリスは「リオンがいいって言うなら別に」とつぶやき、踵を返して去ろうとする。
(やっぱり……ちゃんと話せない)
気まずさが胸を締めつけるが、セリスは「打ち合わせがあるから」とだけ言い残し、扉の向こうへ消えた。
リオンが肩をすくめ、「気にすんなよ。あいつも楽しみにしてるんじゃない?」と慰め半分に笑うが、レイは複雑な思いを抱えたまま立ち尽くした。
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数分後、レイがアリーナを出ると、廊下でガルドとマリアが待ち伏せのように立っている。
心配で駆けつけたらしい二人を見て、レイは思わず笑みをこぼした。
「どうだった? 怪我とかしてないよな!」
ガルドが腕を掴んできて問いただし、レイは安心させるように笑ってみせる。
「大丈夫。審査は通って、ミニ模擬試合に出られることになった。なんとか制御できたよ……ギリギリだったけど」
「よかった……ほんとによかった」とマリアが胸を撫でおろし、「セリスさんは?」と小声で尋ねる。
「いたけど、あんまり話せなかった」
肩を落としてそうつぶやいた。
ガルドが「ま、しゃーねえよ」と慰めるように背を叩く。
ちょうどそこへ廊下を通りかかったクロエ教師が気づき、「どうだったの?」と声をかけてきた。
「合格したみたいです」と返すと、クロエは目を輝かせて笑う。
「そう! それはよかったわね。危険もあるだろうけど、あなたには大きな一歩かもしれない。くれぐれも無茶しないように、でもしっかり成長してきてね」
「ありがとうございます。クラス対抗戦もあるし、練習詰めが続きそうだけど……頑張ります」
レイの決意に、ガルドとマリアも深くうなずいた。
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夕方、三人はBクラス寮の食堂でやや早めの夕食をとり、レイの合格を軽く祝うような空気に包まれる。
だが、実際のミニ模擬試合の日程はまだ決まっておらず、ガルドは「早く日程わかんねえのか」ともどかしそうに唸り、マリアは「両方(クラス対抗戦と模擬試合)を並行で準備するのは大変ね」としきりに心配する。
レイは「そうなんだよ、セリスのことも含めて……」とこぼしかけ、苦笑して言葉を濁す。
「ま、焦らず全部やるしかねーよ」
マリアも「うん、練習計画を立てればきっと大丈夫」と励ましてくれる。
(全部きちんとこなせるか、自信はないけど……やるしかない)
心中でそうつぶやき、レイは改めて明日からの忙しさに備える。あれこれ考えても始まらない。
セリスと話をするにしても、模擬試合の本番にせよ、行動を続けるしか道はない。
そんな思いを抱えながら、レイはガルドとマリアと共に賑わう食堂を後にした。