第81話 自分より大切な人
開放的な屋上。
強い風が吹きつける中、須藤と睨み合う。
「焦った顔して……どうした? 嫌なことでもあったのか? アァ?」
「……一ノ瀬を解放しろ。今すぐに」
「おいおい、もう少し俺と話そうぜェ? それともなんだ? “裏の顔”がバレちまった俺とはもう話したくねぇってか? アハハハハッ!!!」
須藤がケラケラと声を出して笑う。
須藤の右手は背中に回っていて、何かを隠し持っているようだった。
これじゃ下手に出れない。
「よくできてたよ、あの動画。まさか俺がお前の動画を流すことまで見越したうえで反撃を仕掛けてるとはなァ! さすがだよ! 俺様をここまでコケにできただけのことはある」
「……お前と話すつもりはない。今すぐに一ノ瀬を解放しろ。さもないと……」
「さもないと、何をするつもりなんだァ?www 言っておくけどなァ、俺様にもう失うモンは何もねぇんだよ! どうせ俺様が犯してきた犯罪もサツにバレちまってんだろ? ならこの後は捕まるだけだァ! そんだけしか俺の未来はねェ!」
須藤の言う通りだ。
こいつにはもう失って傷つくものがない。
それをわかっていながら、俺は……。
「おい見ろよ上!」
「須藤と九条じゃね⁉」
「やっぱりマジだったんだ!」
「須藤くんに捕まってるのは一ノ瀬さん?」
「おいおいどうなってんだよあれ!」
「ヤバくねぇか⁉」
「何やってんだよ警察は!」
すぐ下にある校庭からざわざわと声が聞こえてくる。
ふと校門の方を見ると、パトカーが数台止まっていた。
もう警察は駆け付けているようだが……クソッ。
遅かったか……!
「捕まるって言っても、一生刑務所に入るわけじゃない。だから……」
「捕まっちまったら終わりなんだよォッ!!!」
須藤が声を荒げる。
ドタドタと大人数が階段を駆け上がってくる音が遠くから聞こえてきた。
「でも俺様は、“完敗”で終わるつもりはねェ。こんだけお前に色々されてェ……無傷で勝たせるわけがねェんだよ!」
そう言って須藤が右手を俺に向けて突き出してくる。
「ッ!!!」
「地獄まで道ずれ(道づれ)にしてやるよ。――九条ォッ!!!!」
ずしりと重い拳銃の銃口が俺をとらえる。
明確に今、自分が命を他人に握られているという感覚があった。
これが“死ぬ”っていう恐怖なのか。
「キャーーー!!!」
「おい! 拳銃だ!」
「須藤が拳銃持ってるぞ!」
「撃たれんじゃねぇか⁉」
「どうすんだよこれ!」
「九条くんが撃たれる!」
「一ノ瀬さんも危ないだろ!」
悲鳴があちこちから聞こえてくる。
須藤は気にする様子もなく、荒く息をしながら俺を睨んでいた。
階段を上ってくる足音が大きくなる。
そして、
「警察だ!」
「須藤北斗! お前を逮捕す……」
「近づくんじゃねェッ!!!」
「「「「「ッ!!!!!」」」」」
警察の動きが止まる。
須藤は銃を振り回し、後ずさりした。
「もしそこから一歩でも動けば撃つ! 俺は本気だァッ! 目ェ見ればわかるよなァ? 俺がマジで撃つってことがよォ!!!!」
「っ…………」
これじゃ警察も動けない。
それに須藤側には一ノ瀬がいる。
下手に動けば確実に誰かの命が危うくなるだろう。
警察が動かないことを確認すると、再び銃口が俺に向けられる。
「九条。お前はァ……雫のことが大切だよなァ?」
「……それがなんだ」
「それは……“自分の命”よりも大切かァ?」
「さっきから何が言いたいんだお前は」
「ったく、無駄話もさせてくれねェってわけか。まぁいい。じゃあ単刀直入に言わせてもらうぜェ」
須藤が下卑た笑みを浮かべながら、言い放った。
「お前、屋上から飛び降りて死ね。さもないと――雫を撃つ」
「ッ!!!!!!」
須藤の言葉が冗談じゃないことぐらい、もうわかる。
俺が飛び降りなきゃ一ノ瀬が死ぬ。
でも、俺が飛び降りた後はどうなる?
それで一ノ瀬が助かるという保証もない。
……もし一ノ瀬が人質に捕られていなければ。
そしたら俺が……。
「早くしろォッ!!! お前が死ぬか、こいつが死ぬかァッ!!!!!」
「…………」
そんなの、選択肢は一つしかない。
一歩を踏み出す。
空がよく見える、“フェンス”に向かって。
「良介ッ!!!」
一ノ瀬が叫ぶ。
「良介は死んじゃダメよ! 私は気にしなくていい! だから……!」
「それはできない」
「どうして……」
できるわけがないんだ。
俺が生き残って、一ノ瀬が死ぬなんて。
そんなの、選べるわけがない。
「――だって、一ノ瀬が大切だから」
「っ!!!!!」
自分よりも大切だと、そう思える人だから。
「なにイチャついてんだよッ!! 早く行けッ!!! 飛び降りろォッ!!!!」
一歩ずつ歩みを進めていく。
俺が今からできることなんてない。
きっと俺が今から須藤に突っ込んでも、この手が届く前に須藤は引き金を引く。
だから俺は動けない。
……でも、もし一瞬でも須藤の意識がそれれば。
その隙に俺が……!
「……っ⁉」
足を止める。
「おいッ! 何止まってんだよォッ!!! 早く行け!!! こいつを殺されてェのかァ⁉」
「…………」
耳を澄ませる。
間違いない。“近づいてる”。
「いい加減にしろォッ! 撃つぞ!!! 撃つからなァ!!!!!」
須藤が言った――その時。
遠くからプロペラの音が聞こえてくる。
それはどんどん大きくなっていき、そして――
「りょうちゃん!!!」
声が聞こえてくる。
それは屋上のドアからでも、校庭からでもなく。
「なにィッ⁉ へ、ヘリコプターだとォッ⁉⁉⁉」
須藤が頭上を見上げる。
屋上の上に現れたヘリコプター。
そこには瞳さんと荒瀧さん、そしてヘリコプターを操縦する金光さんの姿があった。
――今だッ!!!!
「ッ!!!!」
俺は渾身の力で地面を蹴った。




