第74話 平穏な一日目
忙しない準備期間を駆け抜け。
二日間にわたる文化祭が始まった。
「フランクフルトいかがですかー!」
「2年B組、お化け屋敷やってまーす!」
「校庭特設ステージで演奏するのでよかったら……」
「焼きそば売ってますよ~!」
「パンフレット配布してまーす!」
生徒以外の外部の人間も訪れるため、学校は人でごったがえしていた。
また生徒たちの熱量も相当で、校内には熱気がこもっている。
そんな中、俺たちはというと……。
「大正ロマン喫茶、め~ぷるやってまーす!」
「こちらの席どうぞー」
「一列になって教室側にお並びくださいー!」
「ご注文どうぞ!」
「三番テーブルパンケーキ入ったよ!」
「ドリンクお願いします!」
「材料足りてる⁉」
「紙コップ補充して~!」
忙しなく手と足を動かす。
俺たちの出し物は大正ロマン風の喫茶店。
従業員は皆、ちょっと現代風の着物を着ており、キッチンとホールに分かれて働いていた。
ちなみに俺はキッチン。
そして花野井たち美少女四天王はもちろんホールだ。
「おまたせしました! ケーキセットです!」
「あ、ありがとうございますッ!」
やはり美少女四天王がいるということもあって半端ない客入り。
「おいおい! 花野井さんの着物姿やべぇだろ!」
「可愛い! めっちゃ可愛い!」
「葉月さんもヤバいよな~! 見てて癒される……」
「瀬那さんの色気ヤバいだろ! しかも着物で……」
「おい見ろ! 一ノ瀬さんだ! クールな感じたまんねぇ……」
「なんだこの店! 顔面偏差値高すぎだろ!」
「美少女やべーっ!!!」
あまりの注目度に、 正直キッチンの手が回ってない状態だ。
店でもこんなに忙しくなることはない。
作っても作っても新しい注文が入って……。
「大丈夫?」
「瀬那! ホールはいいのか?」
「一旦ね。キッチンのヘルプ行けって言われた。手伝おうか?」
「頼む」
「おっけい。んじゃ作り方教えてよ。わかれば作れると思うし」
「瀬那は普段から料理するんだもんな」
「ま、まぁね」
ほんのり頬を赤く染めた瀬那に作り方を教えつつ、並んで調理する。
「やっぱり手際いいな。慣れてる人の手つきって感じだ」
「っ! ほ、褒めてもなんも出ないし……ふふっ、でもありがと」
瀬那のおかげでキッチンの回りがよくなり、何とか危機を脱する。
やっと一息ついていると、急に肩を叩かれた。
「わっ!」
「葉月か」
「どう~? 驚いた~?」
「そ、そうだな」
実は気づいてたとか言えない。
「お疲れな様子だね~。まぁあれだけ注文入ったらそうなるよね~。だから、私がマッサージしてあげるよ~」
そう言って、葉月が俺の肩を揉んでくれる。
程よい力加減で、思わずほっと息をつく。
「気持ちいいよ」
「よかった~。老後もこうやって九条くんの肩揉んであげるね~」
「あぁ、ありがとう」
「どういたしまして~」
……ん?
なんか今老後とか聞こえた気がするけど、気のせいだよな。
「…………」
というか。
さっきから花野井にじっと見られてる気がする。
「は、花野井?」
「うわっ! りょ、良介くん⁉ 急にどうしたの⁉」
「それはこっちのセリフなんだが……」
「いや私はね? 弥生ちゃんを呼び戻しに来たっていうか……でも、なんかずるい」
「え?」
「……よしっ!」
花野井が覚悟を決めたように拳を握りしめ、俺の背後に回る。
そして葉月と同様にマッサージを始めた。
葉月が肩で、花野井が腰。
「えいっ、えいっ! ど、どう? 気持ちいい、かな?」
「めっちゃいい……」
「ほんと⁉ ふふっ、よかった!」
二人にひたすらマッサージされる。
おかげで随分と疲労感がなくなり。
再び忙しくなった頃には、初めのようなテンションで注文をさばいていった。
「ねぇ見て、あのキッチンの人」
「やば、手際よすぎだろ」
「マシーンかよ……」
「ってかめっちゃイケメンじゃない⁉」
「カッコよくて料理できるとかヤバ……」
混雑する教室の中でひたすら料理に没頭する。
すると肩を再びポンと叩かれた。
叩かれた方を見ると、そこには不満そうな顔をした一ノ瀬がいた。
「あ、一ノ瀬。お疲れ」
「……さっきは随分とお楽しみだったわね。女の子二人にマッサージされて」
「え? ま、まぁ気持ちよかったけど」
「ふぅん? 気持ちよかったんだ? ふぅん?」
さらに一ノ瀬が拗ねる。
首を傾げていると、一ノ瀬が俺の方に体を寄せ、耳元でささやいた。
「でも、良介の気持ちいいは全部、私のものなんだから」
「っ⁉」
言葉と生暖かい吐息も相まって、ドキッとしてしまう。
一ノ瀬はそんな俺を見て満足そうに微笑むと、俺にひらひらと手を振ってきた。
「じゃ、またね。良介っ♡」
ホールの仕事に戻っていく一ノ瀬。
俺はその姿を見ながら、ふっと笑みをこぼす。
まったく、一ノ瀬は……。
こうして、大盛況の一日目が終わり。
何事もなく終えられたことにホッとしながら、ゴミを持ってゴミ捨て場にやってくる。
「ふぅ、よし」
ゴミを捨て、立ち去ろうとしたそのとき。
待ってましたと言わんばかりに、校舎の陰から人が出てきた。
「よォ、九条」
「……須藤」
須藤と向かい合う。
秋に近づく冷たい風が、俺たちの間を通り過ぎていった。




