第71話 集うVIPと決起集会
ひとしきり泣いて。
あれから一体、どれだけの時間が経ったんだろう。
随分前に予鈴は鳴っていた気がするし、校内はやけに静かだ。
俺と一ノ瀬の呼吸の音だけが響いている。
「ありがとう、一ノ瀬」
「別に、私はお礼を言われるようなことはしてないわ。ただ授業をサボって男の子を空き教室に連れ込んで押し倒しただけだもの」
「そう言われると、だいぶヤバいな」
「知ってるでしょ? 私って結構“ヤバい”のよ」
「あはは、まぁヤバいには色々意味があるからな」
一ノ瀬の胸が、呼吸に応じて上下する。
ゆりかごにも似た心地いいリズム。
いつまでもこうしていたいが、もう時間だ。
俺がゆっくり頭を一ノ瀬から離し、向かい合う。
「もういいの? 残念だわ。あと二時間くらいはこのままでもよかったのだけど」
「俺もそうしてたいけど、これ以上は情けないからな」
「ふふっ、意外に良介って意地っ張りよね。それにちゃんと男の子してる。そんなの一番気にしてなさそうなのに」
「父さんに男とはこうあるべきだって色々仕込まれたからな」
女の前で涙は見せるな、とも言われたっけ。
まぁそこらへんは柔軟に対応ってことで。
「良介」
一ノ瀬が座った状態で俺をまっすぐ見る。
「大丈夫?」
そう訊ねられて、俺は……。
「もう、大丈夫だ」
自信をもってそう答えた。
すると一ノ瀬が満足そうに頷いて立ち上がる。
そして顔にかかった銀色の髪を耳の後ろにかけると、実に可愛らしく微笑んで言うのだった。
「ふふっ、よかった」
♦ ♦ ♦
地下のとある一室。
扉を開けるとそこには見知った面々がすでに集まっており、俺に視線が集まった。
俺はみんなの間を通っていき、前に立つ。
「皆さん、今日は集まっていただきありがとうございます」
「何言ってんだ。こんな緊急事態に集まらない奴がいるわけがねぇよ」
荒瀧さんが覚悟を決めた表情で言う。
その後ろには荒瀧組の幹部全員が控えており、皆同じ表情だった。
「それに、良介くん直々の招集ともあれば駆け付けないわけにはいかないよ。……俺たちだって、大切な場所をあんなんにされて憤ってるんだからさ」
「長谷川さん……」
彼もVIPの一人で、大物政治家。
こうして裏社会に顔を出しているが、悪いことをしているわけではない。
むしろその逆だ。
「昔仁に会って、社会には色んな人がいて、色んな側面があるってことに気が付けた。こうして本気で社会をよりよくしようって連中がいることもね。俺はその恩がまだ返せてない。だからやろう、良介くん」
「私も同じ気持ちだ。それと同時に、されるがままだった自分を情けないと強く思っている」
拳を握りしめ、悔しそうに顔を歪ませる金光さん。
彼もまたVIPの一人で、資産百億越えの投資家だ。
「仁との出会いが、あの店での日々が私に彩をくれた。だから私もできる限りを尽くすよ。これはそういう戦いなんだろう?」
「……はい」
俺が答えると、部屋にエンターを叩く音が響き渡る。
「なるほど……ソイツのよく出入りしてるところはそう遠くないっすね。近くの監視カメラをちゃんと偽装してるみたいっすけど……これくらい、お茶の子さいさいっす」
「二宮さん……!」
彼もVIPの一人で、凄腕ハッカー。
現在は超大手IT企業のシステム管理を一任されているらしい。
「俺も仁さんには救われたっす。中坊の俺を拾ってくれて、飯食わせてくれて……それにスナックこずえは俺のホームっす。だから……とことんやってやりますよ」
父さんの築き上げてきた人脈が、ここに集結している。
やっぱり父さんは、スナックこずえはここまで愛されていたんだ。
……ほんと、何一人で片付けようとしてたんだ、俺は。
「良介くん。二宮くんの言う通り、やるならとことんやろう。うちもちょうど調べていたところだ。――一掃するぞ」
「羽生さん……!」
彼もうちのVIPの一人で、警視総監。
普段は忙しくてあまり来れないが、今日は無理に時間を作ってきてくれた。
「仁との出会いは散々だったし、いい思い出ばかりじゃない。アイツはただのチンピラで……でも、人情に溢れる奴だった。弱いのに誰かを見捨てることはできなくて、正義感に溢れていて……良介くん、君によく似ているよ」
ふっと笑う羽生さん。
俺が父さんと似ている、か。
よかった。なりたい自分に近づけているみたいで。
「他にもこん中にはたくさん、仁やこずえさん、そして店に感謝してる奴がいる。仁に出会って人生変わって、幸せになった奴ばっかだ。……だから後悔させてやろう、“俺たち”に喧嘩を売ったことを」
荒瀧さんが俺を力強く見る。
その視線を受け止めると、辺りを見渡した。
数で言えば二十……いや、三十人はいる。
これほどの“力”を持った人がいれば、きっとやれる。
須藤のねじ曲がった欲望を、正面から叩き潰す。
「やりましょう――全員で、徹底的に」
覚悟しろ、須藤北斗。
これが俺の、俺たちの“本気”だ。
どこに手を出してしまったのか、思い知らせてやる……!
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
「あんっあんっ♡ 北斗様ぁ、北斗様ぁっ!」
「オラオラっ! もっと感じろ! オラよォッ!」
「あああんっ!!!」
アァ、最高だァ!!!
気持ちィイイイイイイイ!!!
「北斗ッ!!!!!!!!!」
勢いよく扉が開かれる。
慌てて部屋に入ってきたのは父さんで。
「お前がやったのか⁉⁉⁉ 違うよな⁉ 違うと言ってくれぇええええッ!!!」
「……ふぇ?」




