第64話 決定的な言葉
「九条ォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「「っ!!!」」
背後から迫ってくるおぞましい気配。
振り返るとそこには、髪はボサボサで目は充血しきった須藤がいた。
「須藤……!」
「テメェ!!! ふざけんじゃねェぞォ!!! 俺の、俺の……アァ!!!」
須藤が頭を抱える。
「瀬那、俺の後ろに」
「う、うん」
瀬那が俺の背後に立ち位置を変える。
その様子を見て、さらに須藤の様子がおかしくなった。
「アァ……ちくしょうがァ……ちくしょうがァッ!!! 俺様の宮子だぞ! 何テメェが親し気にしてんだゴラァ!!! 俺のォ……宮子だァッ!!!」
「っ!!!!!」
瀬那がびくりと体を震わす。
話はしていたが、裏の顔の須藤を見るのはこれが初めてなはず。
きっと怖いだろうし、ある意味悲しいだろうし。
複雑な心境のはずだ。
「宮子ぉ……宮子ォ……俺を満たせることができるのは、お前しかいないんだよォ……なァ、いいだろォ? 俺と一緒に来いよォ!」
須藤が瀬那に手を伸ばす。
「――瀬那に近づくな」
その手を払いのける。
「ぴぎゃあっ!!!! テメェ、俺様に何しやがるッ!!!」
「もう一度言う。瀬那に近づくな」
「なんでテメェがきめんだよ……宮子は俺のモンだろうがァ!!!」
「違う、瀬那は瀬那のものだ。誰のものでもない。だから須藤のものでは絶対にない」
「ッ!!! 俺のモンじゃねぇだと? じゃあテメェのモンだって言いてェのか? アァ⁉⁉⁉」
「誰のものでもないって言ってるだろ」
「うるせェ! 口答えすんなァ!!!」
ダメだ。
もう会話が通じない。
須藤は俺を睨みつけ、よだれをびちゃびちゃと垂らしていた。
こういう自尊心が高い奴ほど、一度壊れてしまえば一気に脆くなる。
「俺はァ……俺はァ……須藤北斗様だァッ!!!!」
これ以上、須藤の好き勝手にさせられない。
俺は須藤の方に一歩踏み出す。
「ッ⁉⁉⁉ な、なんだテメェ!」
須藤が一歩後ずさる。
「一つ聞かせろ。――萌子ちゃんを攫ったのは、お前か」
「は、はァ? 何言ってんのかさっぱりだなァ?」
「黒幕は瀬那を目的にしていた。そしてお前は、瀬那にしつこくメールしていた。瀬那に異様なまでに固執していた。だから萌子ちゃんを誘拐した。そうじゃないのか?」
「お、俺様がそんなことするわけねェだろォ? だって……」
「――それは、俺の目を見て、ちゃんと“嘘”じゃないって心から言えるか?」
「ッ!!! お、俺はァ……!!!」
この動揺っぷり、間違いない。
やはり須藤だ。
須藤が萌子ちゃんを攫った。そうに違いない。
ただ、物的証拠がまだない。だから残念だが……ここで拘束することはできないだろう。
――だが。
「そうか。わかった」
「アァ⁉ さっきからテメェは何が言いてェんだ!!!」
「“一つ”、忠告しておく」
俺はさらに踏み出し、手を伸ばせば届きそうなくらいにまで須藤に近づく。
そして上から、須藤の目をしっかりと捉え、睨みつけた。
「俺の周りに何もするな。わかったな?」
「ヒィッ!!!!!!!!!!!」
須藤が尻もちをつく。
その顔は恐怖でいっぱいになっていて、体はガタガタ震えていた。
戦いは、相手の勢いを削ぐのがセオリー。
不戦勝が、一番いい。
「行こう、瀬那」
「う、うん」
瀬那と並び、歩き始める。
これで須藤が諦めて、大人しくしてくれればよかったのだが……。
「ちょっと待てッ!!!!」
須藤がのそりと立ち上がる。
その目は瀬那をとらえていた。
「俺はまだァ、宮子から答えを聞いてねェんだよォ……」
なんて諦めの悪い奴だ。
いや、これほどまでに自尊心が肥大化しているからこそ、このしぶとさがあるんだろう。
「宮子ォ!!! 今の俺を満たせれるのはお前しかいないんだァッ!!!! 俺について来いッ!!! お前、俺のこと好きだよなァ⁉ 知ってんだぜ⁉⁉⁉ 俺もお前のことが好きだ! 愛してる! だからァ――俺の手を取れェッ!!!!!!!」
須藤が言い放つ。
瀬那はうつむいた後、俺の前に出た。
須藤と面と向かう。
「北斗。確かにあたしは、北斗のことが好きだった」
「ッ!!! だったらァ……!」
「でも、もう北斗は好きじゃない」
「…………うぇ?」
瀬那は続ける。
「最近の北斗、様子がおかしくて変だし、あたしが声かけても邪険に扱うし。メールも頻繁に送ってくるし、今も意味わかんないことずっと言ってるし……ぶっちゃけ“気持ち悪いよ”、北斗」
「なっ……!!!!!」
「それに、あたしの妹を攫ったんならもっと許せない。絶対に許さない」
「み、宮子ォ……」
須藤が瀬那に手を伸ばす。
しかし、瀬那は自ら須藤の手を払いのけた。
「ッ⁉⁉⁉」
そして突き放すように言った。
「二度とあたしとその周りに近づかないで」
決定的な一言が須藤にグサリと突き刺さる。
胸を押さえて膝から崩れ落ちる須藤。
「……ふざけんじゃねェ。ふざけんじゃねェ」
須藤がぽつりと呟く。
すると少し遠くに止まっていた車から声が聞こえてきた。
「北斗様! それ以上は……!!!」
「うるせェッ!!!!」
一蹴すると、須藤が立ち上がる。
「俺様は負けねェんだ……最後は全部、俺様の思い通りになんだよォ……」
こいつ、まだ……。
「全部取り返してやる。奪い去ってやる。宮子ォ……お前もォ……!!!!」
「――そこまでよ」
俺の背後から声が聞こえる。
そこに立っていたのは……。
「ッ!!! 彩花、弥生……雫ッ!!!!!!!」




